第99話 写真を撮ろう その1
ん~~~~~
よく寝た―――
いつまでも寝てれるという、夏休みの学生の特権。
次の日も休みなので、夜遅くまでマンガ読んだり、ゲームしたり、動画見たりして、すっかり夜ふかししてしまった。
でも、朝何時に起きても心配いらない。
だって、休みだから。
……今、何時だろう?
スマホを手に取って確認すると、10時過ぎ。
いや、それよりも……なにこれ?
ものすごい数の電話とメールの着信履歴。
マナーモードにしてて、全然気づかなかった。
……しかも全部、秋芳部長からだ。
『おはよう 春山くん』
『起きたかな?』
『今日 遊びに行こう』
『何時ごろ おきるの?』
……
…………
なんの用だ?
あんまり折り返したくない……
ブルルルルッ
あっ、部長からだ。
「はい」
『おはよー 春山くん!!』
朝から空を突き抜けるような、元気のいい声。
寝起きの僕には、大き過ぎて頭に響く。
とはいっても、今はもう、10時過ぎてるんだよね。
「どうしたんですか?」
『遊びに行こう!』
「遊び? どこまでですか?」
『この辺で。そんなに遠くまではいかないよ」
「別にいいですけど……起きたばかりなんで仕度して、ご飯食べてからでいいですか?」
『そしたら……10時30分?』
「いや、あの、部長。今、起きたんで。20分もないじゃないですか」
「そしたら11時!」
「あの、ちょっと早いです」
「……12時?」
後ろの方で「なんでわざわざ暑い時間に出歩くのよ」という深谷先輩の声が。
きっと深谷先輩も誘われてしまったんだな。
「あの、部長。ごはん食べてから行くんで、1時からでいいですか?」
「うん。そしたら1時にいつもの場所ね。面白いものが手に入ったから、早く見せたくて!」
面白いモノが手に入った?
これはもう、悪い予感しかしない。
そして12時45分……
ピンポーン
え? なに? もしかして部長?
早くない?
しかも、いつもの場所って十字路のところじゃなくて、この家のことなの?
玄関を開けると、やっぱり部長だった。
「おはよー 春山くん!」
「おはようございます」
あぁ、すごくキラキラした部長が目の前に。
白いシャツにベージュのショートパンツという格好がまた、まぶし過ぎて目を細めてしまう。
「ねぇ、春山くん、いいもの手に入れたんだよ」
「なんですか?」
「これ!!」
肩掛けの小さなポーチから取り出したものは……
なにこれ?
プラスチックの箱みたいなものに……真ん中にレンズ?
これって……おもちゃのカメラか何か?
「……なんです? これ?」
「撮れチャウん、です!!」
「…………は?」
「あー 春山君、これの商品名よ。『撮れチャウんです』っていう使い捨てカメラのことよ」
「あっ、おはようございます。深谷先輩」
使い捨ての? カメラ?
「部長? これ、ちゃんとしたカメラなんですか?」
「そうだよ。ちゃんと撮れるんだよ」
触ってみるけど、すごく軽くて、安っぽい作りなんだけど、ホントにカメラの機能するの?
というか面白いものって、これのこと?
「デジカメが普及する前の、フィルムで写す形のカメラね。カメラ本体を持ってない人でも、旅行先とかで販売していて、気軽に写真撮影できるから、当時はやったのよ」
そういえば、そんな話もどこかで聞いたような。
深谷先輩、物知りなんですね。
「で? それを持って、どうするんですか?」
「これで写真を撮りに行こう!」
「なにを、です?」
「なんでも。気になったのをこれで撮るの」
「別にこれじゃなくても……」
「デジタルとフィルムのでは、写り方が違うのよ」
「へー」
「あと注意しないと、現像しないと写真を見れないから、その場ではどのように撮れているか確認できないわよ」
「え? 現像? その場で見れない?」
フィルムから写真に印刷? するの? そのまま見れないの?
「深谷先輩、現像って……どうやって写真を見るんです? どれくらいかかるんですか?」
「カメラの専門店行けば、1時間くらいじゃない? そうでなければ、これを送って現像して送り返してもらって……3.4日かかるんじゃないの」
そんなに!
なんて不便なんだ!
昔の人はそうやって写真を撮ってきていたの?
「じゃあ、これ、一発勝負なんですか?」
「そうよ。しかもフイルムにが限りがあるから、撮れる枚数も決まってるし」
「えー」
「データを消したり、撮り直しもきかない」
「え―――!」
「じ、じゃあ、旅行先とかで記念撮影しても、帰って来て確認してみたら、失敗してて写ってないとかあるんですか?」
「当然あるでしょうね」
なにそれ。そんな不便なものを、なんで今さら使おうと思ったの?
そんなカメラを手にした部長は、玩具を手に入れた子どものように、楽しそうに身を乗り出して話してくる。
「ね? 面白いでしょ?」
「ま、まぁ……面白いと言えばぁ……」
「時間差で写真が出きるなんて、タイムカプセルみたいだよね」
「んー まー そうなんですかね」
「まさに、一期一会、だねっ!」
あー
これは部長が好きなやつだ。
このおもちゃ、絶対部長、お気に入りだよ。
「で、これどうやって使うんですか?」
「たぶん普通に……」
「画面ないですけど?」
「そこの上に四角い穴があるでしょ」
深谷先輩が説明してくれる。
なんでそんなに詳しいの?
もしかして現役の頃に使ってた?
「ええ、これですか?」
「それを覗き込んで、四角く見えてる部分が写るのよ」
え? そんなもんなの?
見えてるところが?
そのまま写るの?
なんてアバウトで、アナログなんだ。
「で、画面ないですけど、どこ押せば撮れるんです?」
「ここを、たぶんここを押すと、撮れるのかな?」
部長と僕とで、カメラを交互に触りまくる。
ああ、確かに右上に、ボタンらしきものが……
「これ押すんですか?」
カシャ
「あれ? なんか音しましたけど?」
「春山君……今ので撮れてるわよ」
「え? 本当ですか? もしかして、押したらいけませんでした!?」
ぜんぜん変なところにカメラ向けてたよ?
あー しかも撮り直し、きかない!
「でも、みーちゃん、押しても何にもならないよ」
部長が、こっちにカメラを向けてボタンを連打するが、なにも起こらない様子だ。
「フィルム巻かないと、次の撮れないわよ」
え? フィルムを? まく?
「右の方にギザギザのゼンマイみたいのあるでしょ」
「部長、これですね」
部長のかわいい親指で、それを右へギリギリと回していく。
「あっ、止まった」
「それで次のが撮れるわよ」
なんだか不便極まりない。
昔はみんなこうだったのだろうか?
「じゃあ今からこれ使って、何か写真を撮りに行こう!」
「なにかって、何です?」
「気になったもの、なんでも」
「まさか……それを探しながら、この辺を回るんですか?」
「うん!」
なんでこんな暑い日に……
でもこれは面白そうといえば、面白いのかも。
何より部長がもう、のりのりである。
「で、とりあえず、どこ向かいますか?」
「ん~ 公園とかに、いいのないかな?」
これ、見つからないと帰れないパターンだな。
早めに見つけて帰ろう。
「あーそうそう。これ一つでね、27枚撮れるんだよ」
「写真がですか? 逆に27枚しか撮れないんですね」
なんだか限りがあって、やり直しがきかないって、すごく怖いな。撮るのに慎重になってしまう。
まるで人生みたいだ……
「ちょうど3人いるから、1人ずつ順番で気に入ったの撮っていこう」
「1人9回ですか」
「私、春山くん、みーちゃんの順で撮っていこうか」
「別に私は撮りたいものなんて、ないんだけど」
こうして僕たちはカメラの被写体を探しに、真夏の日差しのなかを町に繰り出していった。
道を歩く部長が、カメラを持ってキョロキョロあたりを見渡す。
もうこれ、盗撮者の動きだよ。
そうして、真夏に日差しに照らされながら、僕たちは公園の前までやってくる。
その時、公園の前の道を、茶トラの野良猫が堂々と横断しているのが目に入った。
「あっ! 猫! 猫ちゃん!」
部長の声に反応して、猫がびっくりして公園内に逃げ込む。
「待って! 写真撮らせてー!」
部長が中腰で走りながら猫を迫っていく。
そんなことしたら、猫じゃなくて僕だって逃げてくよ。
僕と深谷先輩は園内への消えていく部長を追いかけることもなく、歩く速度を速めることもなく目で追うだけ。
「部長……どこいったんでしょうか?」
「もう、放っておきなさい」
公園はこの暑さのせいか、子どもたちはだれも遊んでいない。
そのかわりに、頭に響くほどの蝉の鳴き声が、僕の聴覚を周囲から襲ってくる。
僕たちは日陰のベンチを探しに、そこに座る。
暑いなー
あっ、部長、戻ってきた。
「部長……髪に葉っぱ、ついてますよ」
「ほんと?」
「顔も土ついてますよ」
密林にでも探検してたのかと思われるほどの格好。
いったいどこまで猫を追いかけていたんだ?
「いいの撮れたよ!」
「よかったですね」
部長が嬉しそうにカメラをかかげる。
が、何が撮れているのか、今確認することはできない。
「写真、できるのが楽しみだね」
そう言って、カメラを僕に渡してくる。
ああ、今度は僕の番?
なにを撮ろうかな……
せっかく公園にいるんだから、1枚はここで撮っておこう。
ん~ どうしよう……
ブランコに乗ってみる。
……ん~ なにか違う
一人シーソー。
……虚しい。
ジャングルジムに登って見下ろした風景
ん~ なかなか……
逆にジャングルジムを撮るとか。
ん~ これは……
ここからだとジャングルジムの隙間から、向こうでベンチに座ってる部長と深谷先輩が見える。
それがまるで遠近法で鉄棒の上にちょこんと小人の部長たちが座っているかのように見える。
よし、これにしよう。
でも、ピントとかどうすればいいの、このカメラ?
「撮りましたよー 部長ー」
「どう? うまく撮れた?」
「いやー わかんないです。できてみないと」
「なに撮ったのかなー 楽しみだね」
なんだかドキドキする。
自分でも、できてからのお楽しみだから。
「そしたら次は、みーちゃんだね」
「はい、撮ったわよ」
え? うそ? 早っ!
部長と話している間に、いつままにか僕の手からカメラを取り、そしてもう撮影していた。
「今度は香奈衣よ」
「私はこれ撮りたいんだー」
これ? そういってやってきたのが、
「水飲み場?」
手を洗う下向きについた蛇口と、水を飲むように真上に向けられた蛇口。
さっき部長が手と顔を洗ってたのだ。
「こんなの撮ってどうするんです?」
「これじゃないよ。これの水が出ているところ」
といって上向きの蛇口をひねる。
水の長細い柱が垂直に天に向かって伸びる。
「これ、噴水みたいでしょ?」
「まぁ、これなら綺麗かもしれないですね」
「じゃあ、撮るから水出してくれる?」
「え? 僕がですか?」
そんなの自分でやれば……
あれ?
この水飲み場の蛇口って……手でひねって放すと、バネの力で元に戻っちゃう?
ひねってる時だけ水が出るんだ。
なるほどね、これなら出しっぱなしにならなくてすむんだ。
……ってことは、僕はこの蛇口をひねったまま、ここにいないといけないの?
「いいよー 春山くん!」
そういうことか……
僕は水飲み用の水道の蛇口をひねる。
水は、夏の真っ青でまぶしい空に向かって勢いよく飛び出して、日差しを受けキラキラと輝きながら高く舞い上がる。
そして今度は地球の重力にひかれて落ちて……
うわっ、つめた!
水が降ってきた!
水が、体に……
うわ―――
でも、写真を撮るまで、この場を離れられない。
「部長! もういいですか!?」
あれ? 部長がいない?
あっ、いた! 横にいた。
……しかも、ゲラゲラ笑いながら。
「なにしてるの? 春山くん?」
「なにって、撮ったんですか!?」
「うん」
僕は蛇口から手を離し、落ちてくる水を回避する。
「撮ったなら早く言ってくださいよ! ビショビショじゃないですか」
「ありがとう、おかげでいい写真取れたよ」
「そうですか」
「綺麗に撮れたと思うよ。春山くんを」
は? 吹き上がる水を撮ってたんじゃないの?
水に濡れる僕を撮ってたの?
くそー どんな写真なのか、確認したくてもできない。
「はい、次は春山くんの番」
僕は……
ちょっと気になってた、木の下へとやってくる。
木で日陰になったところから、公園内へとカメラを向ける。
そうすると木漏れ日によって、光のカーテンが降りているように見えるからだ。
すごく綺麗で、いいなと思ったが、写真ではどういう感じで写るのか分からない。
でも……この瞬間を撮っておきたくて……
シャッターを押した。
「撮りましたよー」
部長たちのところに戻り、深谷先輩にカメラを渡す。
「春山くん、どう?」
「いやー ちゃんと撮れたか心配ですけど」
最初は面倒くさいなと思っていたが、これもなんだか面白くなってきた。
「みーちゃんは、なに撮るのかなー」
「……終わったわよ」
え? もう?
いつの間に……
いったい深谷先輩は、何を撮ってきたのだろうか?
でも、それが分かるのは2.3日後となってしまう。
気になる……
けど、分からない。
なんだか、もどかしいな……




