第97話 花火大会
今日の夜、河川敷で夏の花火大会がある。
僕は秋芳部長に誘われて、深谷先輩と3人で見に行くことになっていた。
花火大会か~ 久しぶりだな~
家から近くの川で、毎年開催されているにもかかわらず、昔家族と見に行ったきり全然行っていない。
夏の暑い日にわざわざ行くのも面倒だし、そんな仲の良い友達もいなかったし、そしてなにより人の数がすごく、花火を見るために人混みの中にいることが堪えられなかった。
まぁ、今年は部長たちと一緒だし、なによりも部長がすごく誘ってくるし。
久しぶりに見に行くのも、わるくはないかな。
花火大会の開始時刻は19時。待ち合わせは18時。
現在、まだ17時過ぎたところなんで、そろそろ仕度をして……
ピンポ―――ン
ん? インターホン?
誰か来た?
荷物か、なにかだろう。
下に妹がいるから、出てくれるだろう。
……と、そのまま部屋にいたら……妹がやって来た。
「お兄、だれか来たよ」
「だれか?」
「浴衣着た女の子」
は!? まさか!?
妹を押しのけて、急いで玄関へと向かう。
そしてそこに立っていたのは……
「ぶ、部長!」
「こんにちは、春山くん。迎えに来たよ」
浴衣姿の準備万端の部長がやって来ていた。
「ちょっと早くないですか?」
「うん。待ちきれなくて」
ちょっと早いよ……しかも家まで来るなんて。
さらに妹にまで目撃されるなんて。
「ねえ、お兄。だれ? 花火見に行くの?」
「うるさい! あっち行ってなさい!」
2階から下りて来た妹を、急いで追い返す。
「春山くんも早く着替えて、花火大会行こう!」
「え? 着替える?」
「……そうだよ。浴衣で見に行くって」
あぁ……確か……そんなようなことを、どこかで言っていたような……
今度の花火大会、浴衣を着てみんなで行こう、って。
でもそんなの着て人が大勢いる中歩きたくないので、適当にうなずいてて話をちゃんと聞いていなかった。
「え――っと、その―― 浴衣、洗濯しちゃって……」
「ねぇー お兄も、この浴衣着て行くのー?」
部屋に戻ったと思った妹が、よけいなことに僕の浴衣を持って、また現れたやがった。
なに勝手に持ってきてんだよ――!
「あー ちょっと帯がどこかいっちゃって、洗濯しちゃったのかな? だから今日は申し訳ないですけど、このままで……」
「……そうなんだ。残念。じゃあ、今度の夏祭りの時だね」
え? 夏祭りにも着て行かないといけないの?
「あー そうですね。その時にはちゃんと……」
そう返事をすると、部長の後ろに隠れていて分からなかった、こちらも浴衣を着た深谷先輩が前に出てきて、そのまま僕に近づいてきて……
僕の肩をわしづかみにした!?
「ちょっと、あんた! なんで浴衣じゃないのよ!」
「え? ええ?」
痛っ! 肩をつかむ手の力が!
イタタタタ―――!!
「す、すいません、今回は……」
深谷先輩も恥ずかしいんですね。分かります。
「ねえ、その可愛い子、春山くんの妹ちゃん?」
「え? えぇ、そういう感じですねぇ……」
部長が背伸びしながら僕の後ろにいる妹を見ようとする。
「お兄が、お世話になって……」
「あっち行ってなさい!」
見られたくない物を隠すように、妹を奥へと追いやる。
恥ずかしいんだよ、なんだか家族を見られるのが!
「ねーねー 誰? すごく奇麗なお姉さんだけど?」
「別にいいだろ。学校の先輩だよ」
馴れ馴れしく聞いてくる妹。
いつもは、そんなんじゃないだろう!
「いーなー 私も浴衣着て一緒に見に行きたいなー」
「お前、友達と行くって言ってたろ?」
「一緒についてったらダメ?」
「ダメ!!」
「なんで? いいじゃん!」
はあぁ~~~
僕は財布から千円札を取り出す。
「ほら」
「やったー なに食べようかな? 焼きそば~ りんご飴~」
「向こうで会っても、他人扱いだからな」
「綿菓子~ たこ焼き~」
僕のバイト代が……
結局、僕はいつものシャツにズボンという服装で行くことに。
部長と深谷先輩は、家庭科室で一緒に作った、あの浴衣を着ている。
部長は青いグラデーションに菊の柄の浴衣に、薄紫の帯を巻いている。
普段とは違う服装というだけで、なんだか別次元にいる清楚なお嬢様のような感じがしてくるから不思議だ。
トレードマークの長い髪の毛は、今日は後頭部で丸めて結んでいる。
顔が小さく可愛らしく見え、全体的にさっぱりとした印象を与えてくれる。
こんな姿を見た人は、誰もが二度見してしまうくらいの美少女だ。
まぁ、部長はなにを着ても可愛くなるからいいよね。
「部長、似合ってますね、その浴衣」
「そう!? ありがとう!」
そう言ってその場で、くるっと回って見せてくれる。
部長の姿を見ていると、浴衣を着るというのも悪くないなと思えてしまう。
カランコロンと下駄を鳴らしながら歩く部長は、その音からも楽しそうにしているのが分かる。
その横を歩く深谷先輩は、紺色の生地に白っぽい帯を巻いた浴衣姿が、どこかいつもより大人びて見える。
深谷先輩も部長に埋もれがちだが、普通に美人なので、二人並んで歩くとすごく絵になる。
「……ぁ、あのぉ……深谷先輩も……似合ってますね」
「……この裏切り者がっ!」
うぐっ……
僕に向ける深谷先輩の恨みのこもった視線が痛い。
深谷先輩の視線から逃げるように、僕は辺りを見渡す。回りをいつもより多くの人が歩いているように見える。
きっと花火を見に行く人たちだろう。
浴衣を着た若い人たちが、何人も道を歩いている。
それは会場の河川敷に近づくにつれどんどん増えていき、しまいには車が通るのが困難なくらいの人が道路を歩く感じに。
「わぁー すごい人だね」
「そうですね」
河川敷に着くと、部長が驚きの声をあげる。
そこはもう一つの人の流れる川みたいになっていた。
「もっとすいてる所に行きましょ」
そう言って良さそうな場所を探す深谷先輩に、僕たちはついていく。
みんな考えることは一緒なんだな。
どこもかしこも人だらけで、窮屈でしょうがない。
僕たちは花火の打ち上げ場所から、遠ざかるかたちに歩いていき、そして川に掛かる橋の下までやって来た。
「もう、ここでいいんじゃない?」
「そうですね」
深谷先輩がその場に立ち止まり、そう宣言し僕たちの居場所は決まった。
花火大会開始まで、もう少し時間がある。
その間僕は、部長と深谷先輩が話している姿を、ぼけーっと眺めている。
不思議だなあ。
こんな僕が、こんなにも充実して楽しい日々を送っていられるなんて。
半年前なら考えもしなかった。
夏休みに……
可愛い女の子と……
しかも浴衣を着て……
花火大会に来るなんて。
まるで夢のよう……
って、もしかして僕、死んじゃうんじゃない?
夏の夜に咲く花火のように。
散る間際の一瞬に、一番強く輝くように。
そして今が、人生で一番輝いている時で、その後あっけなく死んじゃう……
儚いなあぁ。
今まで楽しいことが起こりすぎて、なんだか先が不安になってきた。
一期一会なんて言わずに、毎日続けばいいのに……
あっ、でも、毎日、花火大会は飽きるかも。
「春山くん? どうしたの? 難しい顔して?」
「え、あっ、なんでもないです」
考えごとをしていたら、部長と深谷先輩が心配そうに僕の顔を覗いていた。
「お腹痛いなら、早くトイレ行ってきなさい! コンビニ行けば貸してくれるでしょ!」
「……あ、あの、深谷先輩、違います。大丈夫です」
だんだんと日が沈んでゆく。
そして夏の明るい太陽が地平線へと退場すると、今日の主役の夜が訪れる。
みんなが、今か今かと待ち望む。
同じ一点を誰もが眺める。
そして予定の時刻……
夜空が一瞬明るくなる。
そこに目を向けると、黒い夜空に大きな光の花が開いていた。
花火だ!
そう思ったころには、すでに光は黒い空の中へと消えてしまう。
「部長、始まりましたね」
「うん!」
合宿の時にやった手持ち花火も奇麗だったが、久しぶりに見る打ち上げ花火は、大きく綺麗で、迫力が違い、それだけに心を揺さぶるほどの感動を与えてくれる。
自然と湧き上がる歓声。
そして破裂する花火の音。
ここからは、花火の打ち上げ場所から離れているが、それでも大きく見える菊の花の形をした花火が、夏の夜空にいくつも咲き乱れる。
みんなが過去も未来も忘れ、今のこの瞬間の花火が咲き誇る一瞬に注視していた。
花火がリコーダーのような甲高い音をたてながら飛び上がる。
そして……
放射線に広がる虹色の光。
遅れてやってくる破裂する音。
バラバラっと、滝のように散らばり、流れ落ちる光。
「綺麗だね……」
うっとりとした瞳を夜空に向ける部長。
「そうですね」
僕のその言葉は花火にも、それを眺める部長にもむけられた言葉だ。
「みんなが同じ場所で、同じことを共有して、気持ちが一つになるって、素敵だよね」
「え?」
部長のそんな言葉が、花火の打ちあがる合間に、僕に響いてくる。
確か……前にも部長が言ってくれたような……茶道のお茶会も……
見渡せば観客は誰もが空を仰ぎ、次々と打ち上げられてる花火を見ながら、感嘆の声をもらしている。
この夏の夜に、花火を通してみんなの気持ちが一つになっていた。
横を向けば、さっきまでカリカリしていた深谷先輩も、その身なりの恥ずかしさなど忘れて、次々と生まれ出てくる花火を見入っていた。
確かに、みんなで美しいものを見て、感情を一緒に共有できるということは、とても素敵なことだと思う。
そうすると……もしかして部長も、今僕と同じ気持ちでいるのだろうか?
夜空に鮮やかな花火が咲く。そして一瞬で散って消えていく。
消えた後の静寂。しんと静まりかえる夜空。
「本当に……綺麗で……素敵ですね」
多くの観客は夏の夜空を彩る花火に目が釘付けとなっていたが、そんな中僕だけは隣にいる部長の横顔を眺めていた。
部長の横顔と大きく開けた瞳が、菊や柳の花火が空一面に広がるたびに、さまざまな色に変化していった。
それが打ち上げ花火よりも儚く、そして美しく見えたので……
しばらく僕は花火のことも忘れて、部長の横顔を見惚れていた。
次回「花火大会~その後に」と続きます。




