第93話 就寝 3日目
無駄に広い部屋には二人分の布団が、なぜか隣り合わせに並べて置かれている。
この家に残された僕と秋芳部長は、今日の夜を共にする。
とはいっても、やましい意味はまったくない。
普通に、ただ、同じ家で、同じ部屋で寝るという、ただそれだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
目の前の寝巻き姿の部長も、今は敷かれた布団の上に座って、いつもと変わりなく僕と話をしているだけだ。
別にこれから事件が起きるような雰囲気ではない。
そうだよ、これから寝て、起きたら朝になっているだけ。
別になにもない。なにもしない。なにも起こらない……
どうやら部長のスマホに、深谷先輩から連絡が来たらしい。
みんなは無事に家にたどり着いたようだ。
時刻は現在、23時ではあるが……
「みんな無事に着いてよかったですね」
「そうだね、ひと安心だね」
「じゃあ、もう寝ましょうか?」
「そうだね」
明かりを消そうと立ち上がると……
「待って!」
「はい?」
「電気は……つけておいて」
怖いんですね、分かりました。
でも、明るいと寝れないんだよな~
「……で、部長? なにしてるんですか?」
「布団をくっつけてるんだよ」
僕の目の前で、布団を引きずる部長。
なにをしているのかは、見れば分かります。
なんで僕の布団に部長のを近づけているのか?
という理由を尋ねているわけでして……
っていうか、重ねすぎじゃない?
部長の布団の左半分が、僕のところの右半分の上に乗っかって……
面積的には、もう、一つ分の布団と変わりないよ?
こんなのでお互い寝てたら、結局一緒の布団で二人寝ているのと変りないよ?
「ちょっとそれは……近すぎないですか?」
「え? だって寄り添って寝ないと、凍死しちゃうよ?」
「……部長、今、夏ですし。ここ雪山でもないですし、遭難してもいないですし……」
「怖くて心が凍死しちゃう」
「なに、馬鹿なこと言ってるんですか」
僕は無言で自分の布団をひっぱり、距離をあける。
部長の口から、低く悲しそうな「ぁぁ……」という声が漏れる。
「じゃあ、もう寝ますよ。おやすみなさい」
「まって!」
「今度はなんです?」
「……なんか音が……するよ?」
音?
「風の音ですよ」
相変わらず雨風は強く、建物に風がぶつかる音と、雨が屋根に当たる音が家の全体を包み込んでいる。
でも確かに意識して耳を澄ませば、縁側のほうから、雨戸の隙間から風が吹き抜ける音だろうか? リコーダーを鳴らしたような甲高い音が……聞こえてくる。
それに合わせて雨戸を叩きつける音が、誰か外からノックしているように……聞こえなくもない。
「ねぇ、なんだろう?」
「風です、ただの」
気にしなければ、単なる雨音なのだろうけど、部長にとっては恐怖心をかき立てる不安要素でしかないようだ。
それはきっと意識すればするほど、気になってくるのだろう。
もう部長は、背中を丸めてビクビクして、怯えた子猫みたいになっている。
これでは怖がって、いつまでたっても眠れないようだ。
そんな部長が、だんだん不憫に思えて、可愛そうでもあり……可愛くもあり……
確かに可愛いのだろうけど、残念ながら僕はすごく眠たいのだ。
今はどんな欲求よりも睡眠欲が勝っている。
ここは無視して寝よう。
「おやすみなさい」
「寝ないで! 春山くん!!」
痛っ!
そんなに背中叩かないでくださいよ、もう……
「じゃあ、ちょっと見てきますよ」
「まって、私も行く!」
結局僕は起き上がって、縁側の様子を見に行くことに。
そして部長も小動物のように僕の腕にしがみついて、身をかがめながらついて来る。
そんなに一人にされるのが怖いのだろうか?
部屋を出ると真っ暗で、そんな暗闇でも部長の恐がる様子が手に取るようにわかる。
握り締める手に力が入ってるし、それでいて震えてるし。足も全然前に進んでいないし。
そんな部長を引っ張りながら、スマホの明かりを頼りに廊下に出る。
確かに、この広い家の長い廊下は怖いところがある。
だからあんまり廊下の先の、暗闇の奥には目を向けないようにする。
得体のしれない何かが、今にもひょっこりと顔を出しそうで……
部長も怖いんだろうけど、でも僕だって怖い。
もし強盗とかやって来たら、太刀打ちできないもん。
でもここで僕がしっかりしないと……
どうしよう。なにか気のきいたことを話して、部長の不安を取り除かなくては。
「すごい雨ですね」
「……うん」
「外に出れないと、完全に密室ですよね」
「……うん」
みっしつ……
密室で二人っきりって、別の意味で危険じゃない?
逆に部長に変な思いをいだかせてしまうかも?
まるで僕に下心あるような発言。
そんな人間とみられても困るので、僕は慌てて話を変える。
「なんか密室とかって、殺人事件っぽいですよね」
とか言ってみたりして……
痛い、痛っ! イタタタタタ!!
「部長! 腕、つかみすぎ! 痛いですって!」
「春山くんが! 変なこと言うから!!」
そうね、殺人とか穏やかじゃなかったですね。
なんとかして、この場を和ませなくては。
「え~っと、あの、雨降って地固まる、っていうじゃないですか?」
「……うん」
「……で……その……」
「前よりも良くなったり、親密になることだよ?」
「……そう、ですよね」
「なにが親密になるの?」
「……なにが……でしょうね?」
「雨が降ると、私と春山くんが固まるってこと?」
なんだかよけい気まずくなってきた……
そんなことを話しながら、問題の縁側までやって来る。
たぶんこの一か所だろう、音がするのは。
雨戸の立て付けが悪くて、風が入ってきて変な音を出したり、揺れたりしてたのが原因だろう。
僕がそれを閉めなおすと、不気味な甲高い音も、ガタガタと揺れる音もおさまった。
「直りました。これのせいだったんですね」
「よかったぁ~~」
本当に心の底から安心したかのように、大きな息を吐き出しながら話す。
これで落ち着いて寝れるだろうと、僕たちは足早に引き返す。
「しかし、雨は嫌ですね」
「そう? でも、いいところもあるよ」
「そうですか?」
「春山くんは、雨奇晴好って言葉知ってる?」
「いや知らないです。また禅語ですか?」
「うん。雨の日も晴れの日も、両方素敵な日ってことだよ」
「へー 毎日好日ってことですかね。どんな字を書くんですか?」
「雨に、奇妙とか奇怪の……」
「奇妙とか……」
……
痛い……
腕が……痛い!
いた―――いぃ!
「部長! そんなに腕引っ張らないでください!」
なに震えてるんですか!?
自分で奇妙とか奇怪って言っておいて、怖がらないでくださいよ!
いろいろあったが、ようやく僕たちは布団の上で横になることができた。
でも……
「なんで、手を繋いでるんですか?」
「逃げないように」
さすがに一緒に寝ることできず、ちゃんと隣の布団に部長が寝てはいるのだが、そのかわりに僕の手を握ってくるのだ。
「別に逃げたりなんて……」
「さっき勝手にどこか行っちゃったでしょ?」
「あれは、トイレに……」
「寝てる間にどこか行ったら、嫌だから」
寝てたら、いてもいなくても分からないんだし、怖くないでしよ?
しかも部長は、こっちに顔を向けながら寝てるもんだから、顔と顔が正面向かい合ってしまって気まずい。
仰向けに寝れば、電気つけっぱなしで、まぶしくて寝れない。
というわけで僕は、手を繋ぎながら顔は逆を向いて寝る。
首が……痛い。
でも、手を握るだけですんだから良かった。
同じ布団に入ってこられたら一大事だ。
ただ部長のことだから、気を抜いたらこっちに潜り込んで来るよ。
しかし、本当に怖い話、苦手なんだね。
そんな部長よりも、なんだか強くなった気がして、ちょっとだけ優越感を感じてしまう僕がいる。
そうなると僕にも悪い心が……いたずら心が出てしまうというもの。
いつも、からかわれてるから、今日くらいは……
「部長」
「なあに?」
顔を向けずに話しかける。
「手を繋ぐのはいいですけど、意味ないかも、ですよ」
「意味……ない?」
「明日の朝どうなってるか知りませんよ」
「えっ?」
「僕の手以外、どこか行っちゃってるかも……」
「それ……どういう……こと?」
「手を握ってるからどこにも行かないだろうと思ってたら、朝、起きたら残された手だけ握られてて、僕の体は消えちゃってるかも」
「……」
「僕が手だけを残して、お化けに連れていかれちゃってるかも」
なんってね。
えっ、痛っ……
手が……
痛い、痛いいたい!
イタタタタ―――!!!
「部長、強く握りすぎ! 痛いですって!!」
「春山くんが! 変なこと言うから!!」
「冗談ですってば! 消えたりなんかしませんよ! っていうか、なんでこっち来るんですか!?」
「体が消えちゃわないように、抱きしめて捕まえておく!!」
「消えないですから! 離れてください!!」
はぁ―――――
暴れたから全然眠れない……
「怖くて眠れないよぉ……」
部長は別の要因で寝れないらしい。
「ねえ、春山くん、なにかお話して」
「はなし、ですか?」
「うん」
「なんの? ですか?」
「なんでも」
なんでもって言われても……
「じゃあ、春山くんの昔話、聞かせて」
「僕の昔の話?」
「うん。どんな子だったの?」
「どんなって……なんにもないですよ。普通の……なんにもない」
「なんにもないの? 思い出とかも?」
ん~
改めて思いだそうとしても、これといって話すような思い出などない。
……そうだね、なんにもない人生だったね。
つまんない、目立たない、地味で、ありきたりな人生。
部長に面白おかしく話せる経験談も、なんにもない。
誰にも自分のことを話せないって、なんか悲しいなぁ……
「そしたら、春山くんの未来は?」
「未来?」
「うん。将来の夢とか、目標とか」
「夢……」
やばい、なんにも考えてない。
ただ、とりあえず家の近くの高校に入ろう、くらいしか考えてなかった。そして高校生活は特になにをするわけでもなく、普通に過ごしてそのまま卒業するのだろう、としか考えてなかった。
誰にも自分の夢や将来のビジョンを話せないって、小さな人間なんだなぁ……
そしたら部長は?
部長の思い出なんで、いっぱいあるだろう。
将来の夢は?
部長はどんな未来を想像しているのだろうか?
「あ、あの、部長の夢はなんですか?」
「……私の?」
「はい」
「……私は……ね……」
部長もそろそろ進路を考える時期だ。
高校卒業したらどうするのだろう?
部長……
部長……?
「あの、部長?」
……返事がない。寝ちゃったの?
早くない?
まぁ、寝つきはいつも、いいよね。
「おやすみなさい。また明日……」
僕は部長の顔を見ることなく、握られた手を振りほどくこともせず、そのまま眠ることにした。
◇◆◇◆◇◆
……ん~ 朝、かな?
電気つけっぱなしなのでよく分からないが、なんだか朝っぽい。
そしてすごく晴れてそうな気がする。
雨の音とか、もう聞こえてこない。
部長は……?
……横で小さな寝息をたてながら、気持ち良さそうに寝ている。
部長を起こさないように、僕はゆっくり立ち上がる。
僕の手を握っていた部長の手がはずれ、スルスルっと下に落ちていく。
今日はきっと、晴天だよ。
だって雨戸の隙間から、すごい量の光が、外からあふれて漏れてきている。
ゆっくりと滑りの悪い雨戸をずらすと……
まっぶしいー!
いかにも夏の日の朝を表現したような、太陽の光が降り注ぐ。
あぁ……いい天気だ。
僕がしばらくボケーっと、草木や土が湿っている庭を眺めていると、玄関の戸を叩く音がした。
「はーい」
返事をして向かい、戸を開けると、そこには隣のおばさんが訪ねに来ていた。
「おはようございます」
「大丈夫だったかしら?」
「はい、こちらは特に」
「良かったわ~ みんなを送って帰ってきたら、もう12時になっちゃつて」
「それは大変でした」
「でね、今日は何時ごろ帰るの? 駅まで送ってあげるから」
「えーっと、そうですね」
「おはようございます」
と、元気のいい朝の挨拶が僕の後ろからされた。
あれ? 部長? もう起きたんですか?
「香奈ちゃん、おはよう。今日はいつごろ帰る予定なのかしら?」
「今日、天気もいいので、海に泳ぎに行こうかと」
え?
「なので、お昼過ぎくらいに帰ろうかなと思ってます」
「あらそう、そしたらまたお昼ぐらいに声かけに来るから」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、ゆっくりね」
そう言い残し、おばさんは帰ってしまった。
残されたのは、また僕と部長。
部長の顔は、今日の日差しのように明るく生き生きとしている。昨日の姿は、まるで夢のようだ。
「あ、あの~ 部長?」
「春山くん、いい天気だから海に行こう!」
今日は帰るんじゃないの?
もう、さんざん遊んだじゃん。
「いやぁ~ でもぉ~」
「今日はみんないないから、気を使わなくていいんだよ」
「ん~」
「ねっ? 行こう!」
「……」
「ねぇ!?」
「……まぁ、そうですね……せっかくだから」
「やったー!! じゃあ、準備しようね」
部長……
みんなに気を使うから、じゃないんです。
部長のことが気になって、しょうがないんです……
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
このエピソードで合宿編は終了です。次回からは、夏休み編に戻ります。
次回「お姉さん」「残暑見舞い」「バイトに行こう」「花火大会」「写真を撮ろう」「夏祭り」の予定です。




