第91話 延長戦
今日は朝から土砂降りの雨。
滝のように音をたてながら降ってくる雨に、庭が亜熱帯の森のようになっている。
そんな外の様子を秋芳部長が悲しそうに見つめている。
「香奈衣、しょうがないでしょ。早く雨戸閉めてちょうだい」
「……うん」
残念そうに雨戸を閉める部長。
「海、行きたかったなぁ……」
昨日さんざん遊んでて、まだ行きたいと?
「しゃーねー 今日は部屋ん中で遊ぶか」
南先輩も大きく伸びをして、あくびしながらそんなことを言う。
部屋の中で遊ぶ気なの?
「ねーねー トランプするー?」
遠野先輩まで……
茶道の稽古はどこいったの!?
「あ、あの~ そういえば、お茶の稽古は、しないんでしょうか?」
ここに来て3日目だが、考えてみれば稽古用のお茶碗を一度も触っていない。
……
…………
お互いの顔を見合す先輩たち。
そして……
「あー そーいや、稽古しに来たんだっけか?」
「も―― すっかり忘れちゃってたよ――」
南先輩と遠野先輩は、完全に遊びのつもりで来てたんだね。
「じゃあ、春山くん、一緒に準備しよう?」
「あー はい」
誘うように部長に言われ、深谷先輩と一緒に稽古の準備のため台所までむかう。
引き出しや棚などを、深谷先輩が道具のしまった場所を思い出しながら、バタバタと探し始める。そうしてようやく茶道の道具一式が探しだされた。
「道具はそろってるんですね」
「もともと祖母が使ってた物を、そのまま置いているだけよ」
どうやら深谷先輩のおばあちゃんが茶道をやっていて、その流れで深谷先輩も茶道を始めて、そして部長も一緒に茶道部に入ったようだ。
用意ができた僕たちは、広間に戻り本来の目的である稽古を始めることにするのだが……
なんだか、みんな元気がない……というより、やる気がない。
今も降り続く雨天のように、どんよりとした空気が漂っている。そして言葉数も少ない。
聞こえてくるのは、雨が屋根を激しく叩き付ける音のみ。
そんなに稽古したくないの?
なにしに来たの?
部長は手にした茶碗をくるくると回しながら、変なことを言い出す。
「晴れてたら……浜辺でお茶会……出来たのにね」
「……なに言ってるんですか? 部長」
「水着でお茶会とか、楽しそうだよ? 水着茶道とか?」
「そんなこと言ったら、千利休もビックリして生き返って、また切腹しますよ」
僕たちは午前中、お茶の稽古をし、その後お昼を食べると、午後からは帰りの準備と部屋の掃除に取りかかった。夕方までには、ここを出て帰る予定だ。
なんだか3日目は、あっけなく終わってしまった。
昨日が楽しかっただけに、このまま終わるのはなんだか消化不良のような気がする。
そしてこの気分を加速させるかのように、雨が降り続く。
しかも、どんどん激しくなってきているような……
ここ近年の夏の雨は激しいから。
急に局地的に大雨降り出したりするから、今回もそうなのだろう。
廊下を掃除しながら、そんなことを考えていると、箒で畳を掃除していた深谷先輩が、スマホを見ながら、不安になるような一言をつぶやく。
「なんか、この辺も危ないみたいね」
え? なに危ないって……
もしかして警報とか、出てるんじゃない?
まさか、この家、流されたりとかしないよね……
「ねぇ、水着で庭に出たら、天然のシャワーみたいで気持ちいいかも」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ!」
こんな時に緊張感のない部長の発言……
「えっ!?」
そんな時に深谷先輩の驚く声が、部屋中を響き渡る。
「線路脇の山が土砂崩れ起こして、電車が運行停止!?」
……土砂崩れ? 運休?
ということは……どういうこと?
「もしかして、帰れないの?」
「おいおいおい。まじかよ!」
「え―― 困るんだけどぉ~~」
みんなのざわめきが、雨の音をかき消すほどに大きくなる。
これは……いったい、どうなるんだ?
その時だった。
雨ではない玄関の戸をドンドンと叩く音がしたのは。
深谷先輩が向かう。
「……ええ、ええ、はい」
どうやら隣のおばさんが尋ねてきて、これからのことを話しているようだ。
みんなが玄関へと向かう。
そして僕もなんだか気になるので、後をついていく。
玄関では、セカセカと焦った様子のおばさんが、今の状況を深谷先輩に説明しているところだった。
どうやら電車が運休しているのは確かなようだ。
「……でね、車で電車が動いているところまで送ってあげられるけど、この雨だと時間が……」
「すみません。ありがとうございます」
「渋滞しているかも。何時に着くか……」
おばさんの車で電車が動いている駅まで送っていってくれるようだ。
ただこの天気で道路が渋滞していたり、どこかの道も通行止になっているかもしれないと。
だから何時に帰れるか分からないようだ。
というより、そもそも5人しか乗れない車で、どうやってみんなで帰るというのだろうか?
「私は明日用事があるから……帰らないと」
「うちも部活が」
「あたしはバイトー」
深谷先輩も、南先輩、遠野先輩も、もちろん明日の予定があって、今日中には家に帰りたいだろう。
部長だって……
「私、ここに残るよ」
「香奈衣!」
え? 部長、残るの?
「特に予定もないし、明日にでも、ゆっくり帰って来るよ」
「あなた大丈夫なの! 一人で!」
そうそう、部長は怖がりだから一人でこんなところで留守番なんて……
「一人じゃないよ。春山くんがいるし」
……は?
今まで他人事のように聞いていたが、急に自分の身にふりかかってきて……
思わず驚いて、体がビクッと揺れてしまった。
「ちょっと香奈衣! なに言ってんのよ!」
「そうですよ部長! なんですかそれ!」
「春山くん、別に明日予定ないでしょ?」
「いや、まあ、そうですけれど……」
部長とこの家で一晩2人っきり!?
年頃の男女が夜2人で!?
まずくない? いろいろと!?
部長は平気でそんなこと言ったけど、大丈夫なの?
っていうか僕はすごく恥ずかしいし、気まずいし!!
「うちに泊まってもいいのよ」
と、隣のおばさんが親切に声をかけてくれる。
ここは、おばさんのご好意にあまえましょう?
「ん~ 大丈夫だよね? 春山くん」
「え? いや、ちょっとそれは……」
「そう? 香奈ちゃんがそう言うのなら…… そしたらみんな、早めに仕度しちゃいましょう。車で送るから」
「みんな、急いで準備して帰るわよ。これ以上雨が激しくならないうちに」
そして、おばさんは戻っていき、深谷先輩の号令でみんなも急いで準備をしに戻る。
あぁ……
なにこれ?
これ、もぅ、決定なの?
「香奈ちゃんと春くん、2人っきりだって!」
「これは事件が起きる疑いが」
「まー でも、春くん、人畜無害だからー」
「そんな度胸も甲斐性も、こいつには無いから、なんにもできねーだろうしな」
僕はいまいち状況が把握できず、その場に取り残される。
「香奈衣、何かあったらすぐ電話しなさいよ」
「大丈夫」
「迷わず110番よ」
「大丈夫」
いったいどういうこと?
え? もしかして……
ちょっと落ち着いて、今僕のおかれた状況を確認してみよう。
みんなは、車で電車の動いている駅まで送ってくれるってこと?
車に乗れるのは4人まで。
で、もしかしたら道が混んでたりすると、時間内に戻ってこれないかも知れないから、往復出来ないかも。
で、乗り切れない僕と部長は特に明日の予定もないから、ここでもう一泊して明日にゆっくり帰るってこと?
ということは……
今夜は……部長と、2人っきり!!?
「あ、あの、部長~?」
僕は部長に考えを改めるように説得しようとするが、そこにはなんだか楽しそうな部長と、それとは対照的な心配そうな顔をした深谷先輩が。
「春山くんがいれば、怖くないから安心だね」
部長……それってどういう意味?
僕が怖くないの? 僕がいれば独りじゃないから怖くないの?
嵐の日に、部長と2人っきりで過ごす夜。
僕はちょっと、不安で怖いんですけれども……
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
延長戦、突入です。
とはいっても、次回「お風呂に入ろう 3日目」と「就寝 3日目、そして朝」の2つのエピソードで合宿編は終わりとなります。
これからも読んでいただけますと、嬉しいです。




