第90話 就寝 2日目
夜も深まり、僕は一人別室で横になる。
今日は泳いだり花火したりで、ぐっすり眠れそうだ。
なんだかんだで、もう2日経ってしまった。
明日はもう片付けて、準備して、帰るんだなぁ……
なんだか、このまま眠って明日になるのが、もったいない気がしてきた。
秋芳部長らも、まだ起きているようだ。
広間から、みんなの話し声がまだ聞こえてくる。
こんな時間でもおしゃべりが絶えないとは。
昼間あんだけ騒いだのに、まだしゃべる元気があるんだね。
ここまでうっすらと、女の子の笑い声やら、悲鳴やらが漏れてくる。
いったいどんな話をしてるんだろう?
明かりのない部屋で一人目を閉じて横になっていても、否応なく話し声が僕の耳の中に入ってきてしまい気になってしまう。
修学旅行とか林間学校でみんなと寝る時には、よく恋の話とかで盛り上がるのが定番……なのかな?
そしたら今みんなは、恋話に花を咲かせているのだろうか……
そういえば、部長って彼氏とか、いるのかな?
……
…………
あんな美人なら、いるよね、普通は。
茶道部のみんなはレベル高いから、彼氏が出来ないことなんてないよね。
部長たちは、どんな人が好みなんだろう。
もし部長に相手がいたとしたら、どんな人なんだろう?
部長とつり合うくらいの人となると、相当かっこいい人になるよ。
あとは、お金持ちとか、頭がいいとか。
少なくとも僕のような平凡な、何のとりえもない男は出番がない。
……でも彼氏がいる素振りなんてないし。
そもそも、部長はいつも深谷先輩といるし。
それ以外はほとんど部活だし。
僕と一緒にいることの方が多いし。
それとも、こっそり芸能人みたいに、みんなに内緒でデートしているとか……
……
…………
広間からの話し声が聞こえなくなった。
どうやらみんな寝てしまったようだ。
僕はまだ眠りについていない。
考え事してたら、寝れなくなってしまった。
むしろ逆に目が冴えてしまった。
ん~ そして暑いし、のど乾いた……
……冷蔵庫に確かまだジュースがあったような。
取りに行こうかな。
起き上がり部屋を出て、みんなを起こさないようにゆっくりと、音を立てずに廊下に出る。
他の部屋も廊下も真っ暗だ。
明かりは手元のスマホのみ。
ゆっくり歩いても、廊下はみしみし音が出る。
ようやく目がなれた頃に、なんとか台所の前までたどり着き、扉を開け……
……っ!!
胸に何かが突っ込んできた衝撃が!
何かとぶつかった!!?
出会いがしらに!!
向こうからやって来た何かと!!
え? なに? 人!
だれ!
ぶつかったと思われる人影? は、声にならない小さな悲鳴を上げると、その場にストンっとへ垂れ込んでしまった。
びっくりした……
お化けじゃないよね、先輩の誰かだよね……
僕の足下で小さくうずくまっている誰かを、暗がりの中、目を凝らして確認する……
「……部長?」
その可愛らしい体格と長い髪の毛は、きっと部長だ。
なんだぁ……部長かぁ……びっくりしたー
ぶつかった時、思わずちょっと飛び上がっちゃったよ。
だが僕以上に、部長は驚いてしまったらしく、その場で両手をついて座り込んだまま動かない。
「あ、あの~ すいません、驚かせちゃって」
しゃがんで声をかけるが、表情はここからではよく見えない。でも、身体を小刻みに震わせており、呼吸も荒いのが伝わってくる。
冗談抜きで過呼吸になるんじゃないかというくらい、背中が膨らんだり縮んだりしている。
本当に驚かせてしまったようだ。
心配になるほどに……
そんな部長は、手を胸に当てて呼吸を落ち着かせようとしている。
「大丈夫ですか? 水持ってきますね」
僕は急いでコップに水を入れてきて、部長に差し出す。
それをゆっくり手にすると、少しずつ口に流し込んだ。
そして大きく息を吐き出すと……
「……もぉ……びっくりぃ…しぃたよぉぉ……」
ようやく言葉を話してくれた。
それを聞いて僕はホッとする。
「ごめんなさい。ほんと、すみませんでした。ちょっと喉乾いたんで、飲み物取りに来ただけなんです。まさか部長がいるなんて」
「……私も、水飲みに」
力なく答える。
声がまだ細く振るえている。
「立てますか?」
部長は力なく首を横に振る。
え? 立てないの?
「え~と、どうしましょう?」
「おんぶして」
おんぶ?
腰が抜けたの? そんなにびっくりしたの!?
「春山くん、動けないから、おんぶして」
「……は、はい……」
本当か嘘だか分からないが、やらないときっとここから動かないだろう。
この場に置いていくのも、なんだか申し訳ないので、ここは部長に従う。
仕方なく僕が背を向けてしゃがむと、部長が僕の背中に体重を投げ入れてくる。
うっ、うわぁ~
ちょっと、感触が、生々しい……
そして、薄い寝巻き越しに、部長のぬくもりとふくらみが感じ取れる。
肌と肌を遮っているのは薄い生地のみ。
背中には柔らかいものが押し付けられている感覚が、はっきりと分かる。
思ったよりも軽いんだなぁ、女の子って。
部長の長い髪が、動くたびに僕の横顔をかすめて、鼻をくすぐるシャンプーの甘い匂いを漂わせる。
静まり返った屋内で、自分の早くなっている鼓動の音が聞こえそうで恐い。
僕は部長を背負って、ゆっくりと歩く。
部長の吐息が耳の裏に吹きかかる。
部長……
怖いのは分かりますが……
そんなに力いれて……くっつかないでくださいよ……
そんなに誘惑にも負けず、部長たちの寝床である広間までやってくるも……
「そのまま、まっすぐ行って」
「え?」
まっすぐ?
「寝ないんですか?」
「うん。まっすぐ」
言われるまま、おぶさって縁側まで行く。
「開けて」
「開けるんですか?」
僕は片手で、たてつきの悪い雨戸を一ヶ所あける。
その間、落ちないように部長の両手が僕の首に巻きつき、しがみつく様に身体を密着させてくる。
引き戸を開けると、縁側に下ろすよう部長に言われる。そして僕も横に座るよう促される。
はぁ~ ようやく解放された。
もう、いろいろと心臓に悪いよ。
「寝ないんですか?」
「びっくりして、もう寝れないよ」
「すみませんでした」
「春山くんは悪くないよ。みんなが寝る前に怖い話するから……」
さっきまで話していたのは怖い話だったんだ。
「部長は怖い話、苦手なんですか?」
「怖いのは、いやだね」
「心霊とか……」
「言わないで! そんな言葉!」
あぁ、これは本当に怖いのがダメなんだな。
ちょっと部長の弱点を知ることが出来て、喜んでしまう自分がいた。
「今、笑ったでしょ」
「……笑ってないです」
こんな暗闇でも、どうやら顔に出ていたようだ。
しだいに僕の目も闇に慣れていき、部長の姿、表情が青白く浮かんで見えてきた。
その姿は、どことなく神秘的で、儚くも美しいヒロインを連想させてくれる。
そんな部長は、真っ直ぐと庭を眺めていた。
庭からは虫の音が聞こえ、草と土の匂いが生暖かい風に乗って漂ってくる。
夜空の厚い雲と雲の合間から、これから太っていくであろう痩せ細った月が、僕たちをうっすらと照らしだしている。
部長はさっきの怯えた様子はどこへやら、今は嬉しそうに足をぶらぶらさせている。
さっきまでは、部長への申し訳なさと心配な気持ちでいっぱいだったが……
今はこんな雰囲気なもんだから、なんか、気まずいな……
夜、こんなと所で、二人っきりだなんて……
……
…………
……しばらくの静寂……
……そしてそれを先に切り裂いたのは部長だった。
「明日で終わりだね、合宿」
「そうですね」
「あっという間だったね」
「ええ」
「楽しかったなー」
「僕も、楽しかったです」
まさかこんな経験をするとは思っていなかった。
ここに、みんなと来れて、良かった……
「また来年……」
そう僕は言いかけて、口を止めた。
来年、3年生になる部長たちは、きっと忙しくてそれどころでは……
部長もその事は、十分承知しているはずだ。
だからあえて何も答えず、変わりに……
「まずは茶道部が存続しているか、だね」
「……そうですね」
確かにそうだ。
新入部員呼び込まないと、部員が足りなくて廃部になってしまう。
僕の代で消えてしまうのは、いやだなぁ
「春山くん、ありがとうね」
「え?」
不意にかけられた感謝の言葉に、僕は驚いて部長を見る。そこには宵闇の中でも分かるくらいの、明るい笑顔があった。
「春山くんが入部してくれたから、春山くんが居てくれたから、今日みたいな日を送れたんだよ」
「僕はただ……」
そんな……
誰かから感謝されることに慣れてないから、部長からそんな言葉をかけられると、どうしたらいいか分からなくなる。
「今年の夏も、一期一会。来年の夏も、一期一会」
そう、静かに、本当に楽しそうに部長はささやき、その言葉は夏の夜空の雲の中へと溶けていった。
僕の方こそ部長には感謝している。
こんなにも、素敵な思いを……
一生に一度しか起きないような経験をさせてもらって。
いつまでもここで部長と一緒にいようと思えば、いくらでもいられる。
でも、早く寝て明日に備えなくては。
そう、僕たちには明日が、先の未来がある。
「そろそろ寝ますか」
「うん。そうだね」
「立てます?」
「大丈夫、だけど、私が布団に入るまで付いてきて」
「……え?」
「一人じゃ怖いから……」
「はあ……」
僕はゆっくりと立ち上がり、布団へと戻る部長の後をついていく。
そして、ちゃんと部長が横になるのを見届けて、ようやく僕も部屋へと戻ろうとする。
「ありがとう、春山くん。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
また、明日……
◇◆◇◆◇◆
……ん~
朝……かな?
まだ寝足りないけど……
なんだか広間の方が騒がしくて、目が覚めてしまった。
なんだろう?
また事件? 今回は足跡、つけてないよ。
まだ動きの鈍い身体を起こして、みんなのところへと向かう。
「あの~ おはようございます」
「ああ、おはよう」
そこには深谷先輩と……
南先輩と遠野先輩に囲まれた足下に、まだ眠ってる部長の姿が。
「香奈衣! 早く起きなさいって!」
部長、起きないんですね。朝は弱いから。
もしかして、学校ある日って、いつも深谷先輩がこんなふうにして起こしてるの?
「春山~ 全然びくともしないんだよ」
「春くんが、目覚めのキスしてあげればー 起きるんじゃないー?」
「そんなわけ、ないでしよう」
まったく……本当に気持ち良さそうに寝ている。
一体どんな夢を見ているのやら。
「もう少し寝かせてあげて下さい。夜、いろいろとあったので」
「なに? いろいろあったって?」
朝からイライラしている深谷先輩に睨まれる。
「あっ、いぇ、なんでもないです……」




