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僕は茶道部部長に弄ばれる  作者: 夜狩仁志
第二章 夏、雨と潮と花火の香り

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第89話 花火をしよう

 夕食も食べ終え、すっかり日も落ち、夜と共に静けさと涼しさが、ここに訪れる。


 秋芳(あきよし)部長を中心に、みんな縁側に集合して、茶道部のささやかな花火大会がこれから始まろうとしていた。


 暗闇でみんなの様子はよく分からないが、楽しそうに心待ちにしているのは、その場の雰囲気から伝わって来ていた。


 そんな僕も、ちょっとワクワクしている一人であるのは確かだった。


 家ではできないし、近所の公園もできない。河川敷も無理。

 だから僕は子どもの頃、家族と田舎に帰った時くらいしかやったことがない。


 実は今回の花火も新鮮で、楽しみでもある。


「あんまり騒がないように。近所迷惑になるから」

「はーい」

「じゃあ、電気消すわよ」


 深谷先輩の合図で部屋の照明が落とされる。


 縁側に置かれた、オレンジ色の火の灯ったろうそく。そして蚊取り線香の小さい赤い炎を中心に残し、辺りは真っ暗に。


「よっしゃ、やるか!」

 南先輩が先陣をきる。


 手に持った筒の先に火をつけると……


 シュ―――


 周囲を一気に明るくさせる光が、擦れるような音とともに放たれる。


 おー すごい!


 眩い閃光が勢いよく噴出してくる。

 暗闇が一気に切り裂かれ、あたりを暖かい光りのドーム状に包み込む。


 光は赤、青、黄色と変化し、そして最後はフッっと消えて、また暗闇に。


 これはー すごいな。


「あたしもー」

「みーちゃんも早く早く」

「一緒にやる必要はないでしょ」


 みんな同時にやれば、夏の夜の庭に大きな光の花が咲いたみたいになる。

 思わず僕も待ちきれず、一本握り締め火を灯す。


 暗闇がいっきに光に切り裂かれ、僕の手元は鮮やかな光の空間が広がっていく。


 あー なんか面白い!

 いーな。夏の日の夜に、みんなと花火なんて。


 最初は子どもの遊びだろうと馬鹿にしていたが……


 あっ、消えた……


 夏の夜に光輝く閃光の色鮮やかな花々。

 一瞬で見るものを惹き付け楽しませてくれるが、それも数分で消えて、闇に覆われる。


 そしてまた、その楽しかった日々を思い出すかのように、花火を握りしめては光を散らす。


 なんだか、これ、中毒性があるんですけど。

 ちょっと、やめられない。

 何本も何本も、つい手を出してしまう。

 どうやらそれはみんなも同じようで、夢中になって花火を手にしている。


「ねぇ、春山くん?」

「はい」


 花火の変化する光によって赤青黄色緑と変っていく顔を、こちらに向ける部長。

 そんな姿もまた、神秘的で綺麗だ。


「春山くん、庭に降りて、向こうで花火持ってくれる?」

「な、なんでですか?」

「ここからだと逆光になって、うまく写真が撮れないの」


 写真、撮りたいの? 

 僕なんかの撮ってどうするの? 

 部長がいけばよくない?


 などとは言えずに……庭に出る。


「どこ行けばいいですか?」

「その木の下が、いいかも。こっちに向かって花火を持ってくれれば、いい感じだね」

「こう……ですか……」


 もう、嫌な予感しかしないんですけど。


「絶対、変な事しないでくださいよ」

「大丈夫」

「こっちに花火向けるとかしないでくださいよ」

「大丈夫だよ」


 花火とかは本当に、しゃれにならないから。


 部長は大丈夫と言うが、南先輩と遠野先輩、笑ってるような……


「ここで、いいですか?」

「おう、花火はうちが付けるわ」


 え? 南先輩が? どういうこと?


 そう言うと南先輩は手にした花火?

 筒ではない輪ゴムのような、輪っか状の花火に火をつけ……


 …庭に花火を投げた!!


「ちょっと!!」


 シュー


 投げ込まれた花火は、火花をあげ高速で回転しながら!


 シュ~~~~


 地面を走り回ってる!


 危なっ! 足! 足にぶつかる!!


 パァーン!!


 ……止まった。


「南先輩! な……なんてこと、するんですか!」

「面白いだろ?」


 なに笑いながら僕の様子を見てるんですか?


「危ないじゃないですか!」

「これネズミ花火って言うんだ。ネズミみたいに走り回るからさ」


 なんて危険な花火なんだ……


「春くんが逃げる動画、撮れたよー」

「遠野先輩……」


「そーだ、いっぺんに3つ点けてくれよ。面白そうだからさ!」

「だれがそんな危険なものに、同時に3つも火をつけなきゃ……」

「春くん、やってみてよー。動画で撮るとーいい絵になりそうー」


 ……


 僕は南先輩からネズミ花火を受け取る。

 そして一個目に火をつけ、もう一個に素早く……あれ、なかなか点かない……あっ、点いた。

 3つ目急がないと……


 あ――!!


 1つ目が暴れだした!


 何とか三つ目にも火を点けることができたが、逃げ遅れる。


「ちょっ! ちょっと!」


 足元を暴れまわるネズミたち。

 それを避けようと足をばたばたさせる


 うっわー あぶなっ!!


 暗闇の中で悲鳴を上げながら踊っている僕。

 庭では僕の悲鳴が、縁側ではみんなの笑い声が響き渡る。


 ……パァーンパァーパァーン!!!


 と、止まった……

 なんてことをさせるんだ……この人たちは。


「春山くん、もうひとつ面白いのあるんだけど、やってみる?」

「もう嫌です」


 今度は部長が変なものを持ってくる。


「大丈夫、今度のは光らないし、動かないみたいだよ」

「光らない花火?」


 なにそれ?


「音もしないし、暴れないし、光らないみたい」

「それ、花火なんですか?」


「これ」


 これって……


 黒い丸い……円柱の……五百円玉くらいの……

 碁石とかオセロの石みたいなのだけど?

 これ、花火なの?


「それを地面において、上に火をつけるんだって」

「はあ……」


 言われたとおり、そのキャンドルのような物を地面に置いて、恐る恐る火をつける。


 大丈夫? 爆発とか、真上に噴出すとかしてこない?


 そして火がついた! と同時に煙が!


 うっわ、すごい煙!

 で、え? なにこれ?


 五百円玉重ねたくらいのサイズの花火から……

 モリモリと黒い、すすみたいな……


 なんか変なのが伸びてきた!


 モリモリ モリモリモリ

  モリモリモリ    モリモリモリ

  モリモリモリモリ モリモリ


 音も光もなく、ただ煙と一緒に、にょきにょき黒い変なのが伸びてきたー


 ……なにこれ……きもっ。


 あっ、止まった。


 煙の中から現れたのは、花火から出現した黒いホースのような燃えかすで、1メートルほど伸びきっていた。


「部長……これ、なんですか?」

「ヘビ玉とかヘビ花火って言われる花火だって」

「ヘビ?」

「ね、なんかヘビが出てきたみたいに、なってるよね」

 部長は面白そうに言うけど……

 これ、ヘビというよりか、うん●だよね、ぱっと見……


「春くん、ちょっと、そこに、しゃがんでもらえるー?」

「え? あ、はい」


「みてみてー 春くん庭で、ウンチしてるー」

「……」


「うわっ、きたねーな、春山!」

「……」


「春山くん、残りの、同時にやってみて」

「……はい」


 これは激しく動かないから、同時に点火も出来るけど……なんなのこれ?


 残りの4つを並べて、一気に火を点ける。


 すると大量の煙りとともに、意思を持ったような黒い塊が増殖していき、本体の数十倍の長さまで伸びて、思い思いのほうへと進んでいく。


 僕はただその様子を、立ちながら見ている。


 それが、約2名の先輩には大うけしている。


「春くん、漏らしすぎー」

「きったねーなあ! 春山! うんこ漏らしてんじゃねーよ」

「……」


 真夏の夜に、汚ない言葉がこだまする。


 年頃の女の子がウ●チとかうん●とか、口に出すもんじゃないよ。

 もう、考えることが小学生なんだよ。


 それに比べて深谷先輩は大人だから、いたって冷静だ。


「春山君、自分で漏らしたものは、後でちゃんと片付けておくように」

「……はい」



 楽しい時間は花火と一緒であっという間に終わり、後はその焦げた匂いと紙の燃えた痕跡だけが残る。

 煙は夜空へと漂い、空と同化し、それが夢だったのか現実だったのかさえも分からなくなるように混ざり合い、そして一つとなって消えていった。


 楽しいイルミネーションが終わりを告げ、みんなは順番ずつお風呂に入りにいってる。

 そこを、僕は一人庭の掃除をする。辺りはまだ火薬と紙の焦げた臭いが漂う。


「春山くん」

「あ、部長」


 そこに部長がやって来た。


「まだ花火あるけど、やる?」

「まだあるんですか?」


 そう言って後ろに隠していた紐みたいな? ティッシュをクルクル捻ったような花火? を取り出して見せてくれる。


「これ」

「これ……ああ、線香花火ですか?」


 なんかあれだよね、ちっちゃくパチパチするやつだっけ?


「一緒にやりたくて、とってたの」

「やりましようか」


 確かに華やかさには欠けるが、これはこれで趣があるというか……

 テレビとかで見る程度で、僕もあんまり詳しくはないけど。


 僕たちは庭にしゃがんで、お互い線香花火に火を灯す。


 あの壮大できらびやかな、大勢の人たちが見守る打ち上げ花火と違って、この線香花火は実に寂しく光り、そして消えていく。


 でもそんな小さな光に照らされていく部長の横顔は、だれよりも美しかった。


「春山くん?」

「はい?」


「この線香花火をね、人間の一生でたとえた人がいるんだ」

「人の一生ですか?」


 そういって、また一本の線香花火に火を灯す。


 着火してすぐに、先端がクルクルっと丸まって、小さな丸い火の玉がぶら下がる。


「この状態が起承転結の起で、生まれたとき、命の始まりだって」


 そのうち、パチパチっと可愛らしい小さな火花を、激しく飛び散らす。


「ほら、元気に花火が弾けだした! これが承で、成長して一番勢いがある次期」


 そして火花は静かに……


「で、音も光も小さくなってきたよね。落ち着いて細く、柔らかくなった。これが転」


 火花は元気なく流星のような小さな光を落としながら……


「そして最後、花びらが散るように、静かに下に落ちながら……」


 あっ…… 消えて落ちていった。


 儚い。なんて寂しいんだ。

 部長がそんなこというから、僕の胸は、濡れタオルを絞ったように、ギューっとなってしまった。


「でも、みんな好きだよね。線香花火」

「そうですね」


 確かに日本の人たちの心を震わせるのだろう。


 これも、わび、さび、というのか、儚さを演出しているというか……

 風情があっていい。


「私たちは今、どの辺にいるのかね?」

「え?」


「激しく燃えている時かな?」

「どう、ですかね……」


 そんなことを花火を持ちながら呟く部長。

 そんな様子が、なんてもの悲しく、それでいて綺麗で……


 こんな気持ちは初めてかもしれない。

 花火が消えることなく、いつまでも光り輝いてもらいたい。


 この瞬間がずーっと続いて、終わって欲しくない。


「最後の一つだよ。春山くん、やる?」

「僕は……部長、どうぞ」


「じゃあ、一緒にやる?」

「えっ?」


 花火を差し出す部長の、僕がその一番上を持つ。


 庭に出て2人向き合って座り込んで、同じ1点を見つめる。


 部長の顔が近い。

 ほんと、顔がすごそこまで……

 花火を持つ指もずらせば、触れてしまいそうな……そんな距離で、


 2人で火をつける。


 パァーっと、僕たちが小さなオレンジの光に包まれる。

 まるでこの世界に僕と部長の2人しかいないように、辺りは暗く僕たちの存在だけを明るく灯しているかのように。


 線香花火は激動の、そして短い一生を懸命に光輝き、僕たちの身も心も暖かく照らしてくれて……

 そして消えていった……


「終わっちゃったね」

「そうですね、楽しかったですけど」


「ねえ、春山くん? 線香花火のおまじない、知ってる?」

「え? いえ……」


「願い事して、最後まで火の玉が落ちなかったら、叶うんだって」

「えっ? そうなんですか?」


 終わってから、そんなこと言われても。


「今、落ちなかったよ。叶うかもね、願い事」

「そ、そうですか?」


「ねぇ、最後、どんなこと思いながら、見てたの?」

「そ、それは……」


 この世界に僕と部長しか……いないみたい……だ……

 ……なんて、言えるはずがない!

 それを願っているわけでもない!


「別になんにも」

「なにも? なら、今のままで、満足してるってことだね」


「それは……」


 暗闇でも部長の、その整った輪郭や姿は簡単に分かるし、見えなくても脳内に焼き付いている。


 そして今もきっと、可愛らしい笑顔を僕に向けていることだろう。


 それに対して、きっと僕の顔は赤くなっているにちがいない。

 この暗闇ならバレることはないだろう。

 でも、思わず僕は顔を背ける。


 顔を向けた先には、僕たちの一部始終を目の前で見ていた草木があり、風か吹くたび葉を擦らせながら、冷やかしているように笑いだしていた。

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