第86話 尻に敷かれる
前回のあらすじ
春山くん、砂浜に埋められる。
僕は頭だけを出して、すっかり砂に埋められてしまった。
そんな僕の頭をめがけて、秋芳部長、南先輩、遠野先輩が交互に、輪投げの要領で浮き輪を投げつけてくる。
みんな下手くそだから、ボコボコ顔面に浮き輪が当たって、痛くてしょうがない。
そんな三人は遊びに夢中で、僕に熱い眼差しを向けている。
かつて、この僕が今以上に、こんなに注目されたことがあったであろうか?
それは一人の人間としてではなく、単なる遊び道具として見られているのかもしれないけど……
幾度となく浮き輪をぶつけら、その度に悔しがる声が聞こえる。
「もうちょっとだったのに……」
「おしかったなー」
「次、あたしー」
そうして投げた人が、浮き輪を回収しに僕のところまでやって来るのだが……
目の前でしゃがんだり、屈んだりして、前屈みになったりするので……
その……
なんというか……
視線が……
ちょうど女の子のデリケートな部分に……
いってしまうわけでして……
見たいわけじゃない。見えてしまうんだ。
これはしょうがない。不可抗力だから。
そう考えると、ここからの眺めも悪くはないと言えば……悪くない、のか?
目の前で水着の女の子が胸を揺らしながら僕を目掛けて浮き輪を投げ、僕の目の前でしゃがみ込みながら浮き輪を拾おうとするのだから。
きっとクラスの三馬鹿達なら、この状況を喜んで受け入れるだろうけど。
僕はそこまで変態ではない。
あぁ、あいつらは、今、どこで何してるのかな?
高校一年生の青春の夏を、ちゃんと満喫してるだろうか?
僕なら、今、砂浜に埋まってます。
そんな痛みに耐え、やましい思いを振り払いながら我慢していると……遂に……
「やったー 入ったー」
部長の投げた浮き輪が、ストンっと、きれいに僕の首に収まった。
長かった。
ようやくこれで解放される。
……しかし、浮き輪が首に入ると目の前がなんにも見えなくなるのね。
僕からは浮き輪の内側しか見えないよ、これ。
目隠しされてるみたいだから、早く浮き輪を取るか、僕を掘り出して欲しい。
「輪がかかったら、その景品もらえるんだよね?」
景品? そう話す部長の声が聞こえる。
お祭りとかの輪投げだと、輪が入ったお菓子やおもちゃはもらえるけど。
僕は景品ではない。
「こいつなんかもらって、どうするだよ?」
「今度はー 射的しよー 水鉄砲――」
視界を閉ざされた僕の耳には、三人の不穏な話し声だけが入ってくる。
「……っと、その前に、いいかな? いーこと、思いついたんだけど」
「なに?」
「どこか、バケツなかったか?」
「バケツ? 確か持ってきてたよ」
「ねぇー どーするのー?」
「ちょい、水、くんでくる」
……なにが起きてるんだろう?
早くここから出たいんだけど。
しばらくすると、浮き輪の上から三人の顔が現れ……僕を覗き込んでいるのが分かった。
なになに、なに?
すごく怖いんですけど。
みんな、うっすらと汚い笑みを浮かべてる。
「ねえ、春山くん?」
「なんですか? 部長?」
「春くんにー 質問でーす」
「はい?」
「前に聞いたよな? だれの水着が一番興奮するかってさ」
「……は?」
確かプール開き直後だったか……部室でそんな話もあったような……どうだったか……
「今日、実際見ただろ! だれが一番なんだよ。答えろ!」
「いや、ちょっと、それは……」
そんな急に言われましても……
それに、誰が一番だなんて。
「答えられないなら、しゃーねーな」
え?
南先輩はそう言うと……
上から水が!
「うわっ! ちょっ!」
バッシャーーー
っと、頭から水の塊が落ちてきた!
どうやら南先輩がバケツの水を、上からかけたようだ。
「早く答えねーと、水、溜まっていくぞ」
「え?」
僕の顔の周りは浮き輪に囲まれ水の逃げ道がない、ちょっとした水槽のようになっている。
ここに水が入れ続けられると……
「ねえ、春山くん。だれが一番似合ってるかな?」
部長のいつもの明るい笑顔が、今回は悪魔の微笑みのように見える
「そんな、選べないですって! みんな……みんな綺麗です!」
「水、とーにゅー」
遠野先輩の合図で水が注ぎ込まれる!
「あー待って! 待ってください!」
死ぬ! こんなところで、本当に溺れ死んでしまう!
「ねぇ、だーれ? 誰の水着がかわいーのかな?」
「……いやぁ、そのぉ……誰がってぇ……」
「水……」
「あ―― 言います! いいます、からぁ……」
優柔不断は嫌われるって、部長も言ってました。
最低一つは選びましょうって、言ってました。
なら、答えます。
答えますよ……
でも、恥ずかしい。
すっごく恥ずかしいですけど……
でも、あえて一人選ぶとしたら……
「ぶ、部長が一番だと思います!」
……
…………
……あーぁ 言っちゃった。
成り行きとはいえ、声に出して言っちゃった。
そんなこと言われた部長とか、みんなの表情が怖くて、そして自分自身恥ずかしくて見ることが出来ない。
でもこれで……おわりに……
うわっ! 水がぁ!?
南先輩の手が止まらない!
「ちょ、え? なんで? 言ったじゃないですか!」
「……なんか、むかつくから」
「ちょっとぉー!」
「でもね、私が今着てるこの水着、選んでくれたのは春山くんだよ」
「え? マジで!?」
「うっわぁー 春くんがぁー? キモッ」
部長がまた要らんことを、ニコニコしながら言う!
「なんか春くん、調子に乗ってるから、氷も入れるー!」
え? なんだって!?
「たしかー クーラーボックスに氷とか……」
やめて!!
真夏の砂浜で凍え死ぬか、溺死するから!
………そして、
「春山くん、危ないところだったね」
「危うく、陸で溺れるところでしたよ」
秋芳部長が目の前にしゃがみこんで、タオルで僕の頭を拭いてくれる。
なんとか砂浜で溺れることは回避されたが、顔がビショビショに濡れてしまった。
南先輩は散々騒いだ後、また一人海に泳ぎに行ってしまった。
遠野先輩は、また浮き輪をソファー変わりにして寝てるし、深谷先輩は浜辺で優雅に読書している。
そして僕は埋まったまま、すでに乾いた頭を部長に撫でられ続けている。
「あの、なにしてるんです?」
「なんだか、かわいいから」
まるでペットの子犬を撫でるかのように、ずーっと僕の頭を触り続ける。
「ちょっと、やめてくださいって」
「えへへ」
気持ち悪いなー もー
しかし、それにしても……
目の前で、部長にしゃがまれると……
その……
目線的にちょうど……
白い水着で隠された恥部というか……股間が……
「あの、部長。ちょっと前が見えないんで、どいてもらえます?」
「え? そう?」
部長はゆっくりと立ち上がると、白い太ももで遮られていた視界が、一気に明るく広がる。
ちょっと僕には、今の光景は刺激が強すぎた。
こころなしか、なんだか体も熱くなってきたし。
しかし安心したのも束の間「えい!」という声とともに、僕の頭の上に柔らかい二つの何かが乗っかった?
なんとなく、この重さと柔らかさと、視界の両端から白い太ももが伸びているのが見えることから……
「……あの、部長? なにしてるんです?」
「え? 座ってるの」
「降りてください! 人の頭の上に、お尻乗せないでください!」
「えー ちょうどいい高さだったのに」
部長がゆっくりと腰を持ち上げると、頭にのせられたお尻の柔らかいお肉の重みと感触から解き放たれる。
まったくもう。
人の頭の上に座るなんて、部長も非常識なんだから……あれ?
今度は……
……後頭部に何か柔らかいものが?
両耳からも、柔らかいものに頭全体が挟まれる感覚がする。
そして、頭を手で撫で回される。
「部長? もしかして、後ろにいるんですか?」
「うん」
もしかして、今のこの状況、太ももで挟まれてれるの? 僕は?
ってことは?
両耳に当たるフカフカ柔らかい感覚は、部長の内もも?
後頭部に当たる感触は……部長の……
「離れてください!」
「えー」
「なんで、こうも、くっつくんですか!?」
「なんだか触り心地がよくって……」
おかしいって!
普通、異性の人に自分の身体を接触させようと思わないでしょ?
しかも水着で……
下半身を……
人の頭に……
「部長! 遊んでないで、そろそろ、ここから出してくださいよ」
「え~」
なんでそこで悩むの?
「でも、出しちゃうと、春山くん、どこか逃げちゃうし」
「……行かないですって、どこにも」
逃げるのは……それは部長が追ってくるからです。
「ちゃんと海で一緒に泳いでくれる?」
「泳ぎますから」
「本当に?」
「ホントです」
「じゃあ……そろそろ出してあげようかな」
部長は僕からゆっくりと離れると、スコップを持ってきて僕の周りを掘り出してくれる。
よかったー ようやくここから抜けられる。
部長は一人で僕の周りの砂を、がんばってかき出してくれる。
しかし、その姿は……
がんばってくれてるのは、分かるのだが……
四つん這いになって、前かがみになりながら、砂を掘っていくもんだから……
完全に女豹のポーズ……
お尻を突き上げて。
さらに胸元がこっちに向けられると、胸の、谷間が……
それはもう、目の前で……
って、なんで! そこで! 後ろむくの!!
お尻が!!
近い、近い、ちかい!!
顔についちゃうから!
あ―― もう!!
今すぐ目を閉じたい気持ちだが、閉じたら閉じたで何されるか分かったもんじゃないし。
部長が砂と奮戦する中、僕は平常心を保つため煩悩と戦うこと数分……
「これで、どうかな?」
僕を覆っていた上半身の砂が取り除かれ、両手が動かせられるように。後は自力でなんとかできそうだ。
「ありがとうございます。ようやく出れそうです」
「じゃあ、一緒に海、行こう」
「……」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと、休憩を……」
「休憩?」
ちょっと、その……
部長があまりにも接近しすぎて、きわどいポーズをするものだから……
僕の意思に反して、下半身が暴走してしまって……
穴から出るに出られなくなってしまった。
「大丈夫?」
しゃがんで見下ろす部長。
いや、だから目の前でしゃがまないでくださいって!
まさか部長の姿を見ていて、ちょっと興奮しましたなんて、恥ずかしくて言えっこない。
恥ずかしくて、穴があったら入りたいって……
まさに、こういう状況を言うのかな……




