第85話 砂浜に埋まる
ビーチバレーの勝敗が決まった後は、みんなそれぞれ好きなことをし始めた。
深谷先輩はパラソルの日陰下で、なぜか持参した文庫本を横になりながら読んでいる。
遠野先輩は浮き輪の穴にお尻を入れて、ソファー代わりにしてスマホをいじりながら座っている。
せっかく海に来ているのに海に入らず、日に浴びようともしない。
本当はナメクジで塩水浸かると溶けるとか?
実は吸血鬼で日に浴びると消えるとか?
僕は僕で、さっきのビーチバレーですごく疲れたので、日陰に座って休んでいた。
そして、持ってきた遊び道具の中にスコップがあったので、それを引っ張り出し、意味もなく砂を掘っては、その砂で山を作るということを繰り返していた。
「ねえ、春山くん。海、行こう!」
そんなところに秋芳部長がやって来て、僕を海へと誘ってくる。
「ちょっと、疲れまして……」
「ねえ、行こうよー」
顔を近づけて目で訴えてかけてくる。
そんな目で見られても……
僕の身体はすぐには動けそうにはないほど、ビーチバレーによって酷使されていた。
「もう少し休んだら行きますんで」
「もー じゃあ先に行ってるから、後でちゃんと来てね」
頬をふぐの様に膨らまして、そう言うと海へと走っていった。
あんな細い身体で、よくまだ泳ぐ体力があるよなー
どこにそんな体力が残っているというのだ。
僕は海へと遠ざかっていく部長のお尻を見送ると、また砂を掘っては山を作る作業を、なんとなく続ける。
「なにやってんだ? おまえ?」
また誰か来たと思ったら、今度は南先輩がやって来た。
今まで泳いでたのだろうか? 全身濡れて、キラキラ反射する健康的な身体を僕に見せ付ける。
「なんで穴なんか掘ってんだ?」
「いや……特に意味は」
「この山は、あれか? 春山の理想の女性の胸の形を表現してんのか?」
なに真顔で、中年おじさんみたいなこと言い出してるんだよ。
「そっか、春山は巨乳好きなんだなー」
「ちょっと、南先輩!」
そんなことを、こんな場所で大きな声で言わないでください!
「しかし、お前、けっこうー 掘ったなー」
南先輩は砂浜にあいた穴を覗き込む
確かに、我ながら意味もなく掘り続けた結果、大きなビーチボールがすっぽり入るくらいの深さまで掘っていた。
「せっかくだからさ、お前、入ってみたら?」
「なんでですか?」
「もったいねーじゃん。ここまで掘ったなら、誰か埋めねーと」
もったいない、の意味が分からない。
もったいないから誰かを埋める、も更に意味が分からない。
しかし僕はスコップを奪われると、南先輩はものすごい勢いで砂を掘り進んでいく。
え? ちょっと本気でやるの?
なんでこんなことに真剣になってるの?
「ねー なにしてんのー」
あ~あ、騒ぎを聞きつけて、今度は遠野先輩までやってきたよ。
「穴、掘ってさ。春山でも埋めようかと」
気軽に人を埋めるとか、そんな発言しないでもらいたい。
「おもしろそーじゃん!」
と、ウキウキで手伝いを始める遠野先輩。
あなた、さっき、砂がつくからバレーするの嫌だって、言ってたでしょ?
人を埋めるとなったら、なんでヤル気なんか出してくるんですか?
作業が二人がかりになり、すごいスピードで掘り進んでいく。
なんだか……
ちょっと……
こんなに大きな穴になると……
不安になってきた。
「あの、ちょっと、まずくないですか? さすがに人を埋めるのは……」
やばい! このままでは本当に埋められる!
誰か助けて!
「ちょっと、二人とも」
深谷先輩!
静かに本を読んでいた深谷先輩が僕たちに気がついて、助けにやってきてくれた。
さすが茶道部の良心!
深谷先輩だ!
「ふたりとも、あのね、砂浜は法律で1.5メートル以上掘ってはいけないことになってるのよ」
「え? そうなん?」
「へー」
…………えっ?
「だから、掘るならそれを超えないようにして」
「なるほど、そんな法律あるんだな」
「まー 1メートルあればー 余裕でしょー」
え―――!?
掘ること自体は止めてくれないの!?
深谷先輩はそのまま戻っていき、また本を読み始め、目の前の先輩たち二人は、重機の様に砂を掘り進める。
そして……
……僕は首だけを残し、すっかり埋められてしまった。
「春くん、さらし首にされてるみたいー」
こんな僕の姿を見て笑う遠野先輩。
そんな縁起でもないことを言わないでもらいたい。
面白そうにスマホで僕の写真撮ってるけど、こんな画像どこで何のために使うんだよ。
あー なんだか体が砂に包まれて、ジャリジャリして変な……感覚だ。
そして中は意外とひんやりしてる。
ただ顔だけが熱気に当てられて暑い。
埋められた僕の視界は、今までに見たこともない世界が広がっていた。
視界の下半分が砂。上半分が海と青い空。
こんな光景、初めてだよ。
そして、これで最後にしてもらいたい。
目の前には、僕のことを面白そうに笑う先輩二人が立っている。ここからだと、ちょうど見上げるような位置に。
なんか、下から見上げるアングルが……変態的で悪いことをしているような感覚が……
遠野先輩のスカートみたいな水着の、中身が見えて……まるで覗き見しているような、変な罪悪感が……
どちらかと言えば、むしろ僕の方が悪い事されてる側なのに。
「よし! じゃあ、せっかくだから、この春山を使って遊ぶか?」
春山を? 使って? 遊ぶ?
なんか日本語、おかしくない?
「ボーリングはー?」
「いいね、ビーチボールで?」
ちっ、ちょっと?
「僕、ピンじゃないですよ! そんなのぶつけられて、首折れたらどうするんです!」
「ボーリングというより、的当てか?」
「ダーツとか?」
これは脱出しないと、何されるか分かったもんじゃない!
二人の遊びに、これ以上付き合ってられない。
手を動かして中から砂を掘って脱出し……
……あれ? 動かない?
全然、体が砂で埋まって……動かせられない。
え? うそでしょ……
自力じゃ出られないの?
よく雪崩とか土砂崩れで生き埋めになったという話を聞くけど、本当に埋まったら出られないんだ!
あぁ……ちょっと甘く見ていた。
「じゃあ、輪投げしようぜ」
「わなげ?」
「この浮き輪を春山の首に入れたほうが勝ち」
「おーけー」
「ちょっと待ってください!」
そんなのぶつけられたら、それこそ顔面が……
「だれかー 助けてー」
僕の必死の叫びは、周囲にとどくこともなく、砂浜の波や風の音で無情にもかき消えてしまう。
だれかぁ……
と? 視界の片隅に誰かの足が?
見上げるとそこには深谷先輩が!
「深谷先輩! 助けて下さい! ここから出してく……」
バシッ!!
痛っ! え? なに?
今、頭を本で叩かれたの?
「今、本読んでるんだから、静かにしなさいよ!」
え??
僕……叩かれたの?
海なんかで本読んでる人に?
うるさいから静かしなさいって?
え? なんなの?
深谷先輩が消え、かわりに浮き輪を構える遠野先輩の姿が視界に入る。
ちょっとその持ち方、おかしくない?
フリスビー投げるような……
「いっくよー」
あー 飛んできた! 真正面から!
ブフッー!!
もろ、顔面にぶつかった!
いくら中身が空気だからって、当たると普通に痛いって!
「あー 残念ー」
「次はうちだな」
身動き一つとれない中での、目の前に浮き輪が飛んでくるという、この恐怖感。
今度は目の前で南先輩が浮き輪を両手で掲げる。
上手く輪の中に首が入ればいいのだが、ちょっとでもずれればダメージを負うことに。
そして南先輩は浮き輪を、そのまま上に高く放り投げる。
浮き輪は空高く中を舞い、そのまま落下して……
ドズッ!
いったー!!
頭上から降ってきた浮き輪が、脳天に直撃する。
「あー おしいー」
上から降ってくるのは目視出来ないだけあって、また別の恐ろしさを感じさせる。
だれか……もう誰でもいいから助けて……
「あれー? 春山くん、なにしてるの?」
そ、その声は!?
部長!!
「春山くん、全然来てくれないから、どうしたのかなーって思ったら……なんで埋まってるの?」
「……なんでですかね」
それは僕も知りたいです。
視界の中に部長が加わるが、その姿を確認できただけでも、こんな状態にも関わらず、なんだか安心してしまう自分がいた。
「香奈ちゃんも、輪投げするー?」
「輪投げ?」
部長が遠野先輩の持つ浮き輪と、僕の顔を交互に見合す。
そして、僕のことを見つめると……
すごくいやらしい笑みを浮かべた!
「私も、やる!」
そうか……この人も……
茶道部全員、敵だったか……




