第76話 合宿に行こう
8月のエピソードの始まりです。
電車に乗ること約3時間。
茶道部の合宿先である深谷先輩の田舎までたどり着いた。
ここまで来たら、もう後戻りはできない。
家族以外の人たちとの共同生活など、中学の林間学校や修学旅行くらいしか経験がない。
それも大した良い思い出でもなく、ただ他の人に気を使ったり、不自由で身動きの取りにくい時間が過ぎていくだけのものだった。
これから3日間が始まるのか。
不安や緊張といった感情の中に、実は期待や楽しみにしている自分がいることも、分かってはいた。
駅を出ると、駅前というだけあって商店街があり、小さいながらも駅ビルもある。
バスターミナルもあり人通りもあって、そんなに遠くに来たという印象はない。
田舎というより、ちょっとした地方の町といった感じだ。
時刻は10時を回ったころ。
この暑い夏の日差しは、たとえ僕たちが遠くに行ったとしても、どこまでも追いかけてくる。
この時間でもだいぶ暑いというのに、これからお昼にかけてさらに気温が高くなるというから驚きだ。
街中だというのに、どこからか蝉の鳴き声も響いてくる。
秋芳部長ら先輩たちは、今まで車内で窮屈にしていた反動が爆発したように、騒いでいる。
「みーちゃん、久しぶりだねー」
「そうね」
懐かしそうに辺りを見渡す二人。
そうか、部長と深谷先輩は来たことあるんだ。
部長はプリーツタイプの紺のショートパンツに、灰色っぽい青のブラウスを。
深谷先輩はスキニーデニムに白いシャツを身につけている。
住み慣れた町から遠く離れたこの地でも、部長の可愛さに陰りはないし、深谷先輩も相変わらずいつものままだ。
「いやー きっついなー 3時間は」
「あたし、途中で寝ちゃったよー」
南先輩は白いデニムのミニスカに薄い緑のシャツに、青いキャップをかぶっている。
檻に閉じ込められていた犬が散歩に行きたくてしょうがないように、身体をうずうずさせている。
夏の海が似合いそうな南先輩は、これから海に行くというのに、すでにほどよく日焼けしてる。
全然部活に現れないと思っていたら、どこか屋外で活動してたのだろう。
遠野先輩は白に花柄のワンピースに薄桃色のカーデガンを羽織って、日に当たると溶けてしまいそうに気だるそうに日陰で立っている。
知らない街で、馴染みの人たちが私服でいるという違和感、というか一周回って新鮮な感じがした。
これから向かう深谷先輩の祖母宅は、バスか車で15分ほどの距離。歩くと1時間くらい掛かる所のようだ。
今日みたいな夏に、荷物を担いで歩くのはきつい。
でも、どうやら親戚のおばさんが、駅前まで車で迎えに来てくれるようだ。これから泊まる家の隣に住んでいる方で、わざわざやって来てくれるという。
今、深谷先輩が到着の連絡を電話しているのがそうだろう。こんな日に迎えに来てもらえて、ありがたい。
「春山くん、大丈夫? 荷物重いでしょ?」
「大丈夫ですよ、これくらい」
夏の日差しに負けないくらいの可愛い顔で、部長は僕を気遣ってくれる。
でも、荷物が多いことは事実だ。
しかもこれ、全部、遊び道具でしょ?
「春山、お前、貧弱なんだから、倒れるなよ」
なんだか南先輩が一番生き生きと楽しそうにしている。
僕はまだ大丈夫だが、倒れそうなのは、むしろ深谷先輩と遠野先輩の方だ。
二人とも、この暑さでぐったりしている。
そんなサウナのような状態で、僕たちはしばらく駅前で待つ。
そして10分程して、普通の一般的なセダン型の白い乗用車が、僕たちの方へと向かってきた。
ハザードランプを点滅させ近くに停まると、先に深谷先輩が車に近づき、運転手に挨拶をする。
「お久しぶりです。おばさん」
「あら~ 元気そうね」
「お世話になります」
運転席からふっくらとしたおばさんが現れ、僕たちは「よろしくお願いします」と挨拶をする。
「暑い中、大変だったでしょ」
おばさんは手際よく、みんなの荷物を次から次へと車の中に入れていく。
僕も一緒になって、後ろのトランクに荷物を預ける。すっかり荷物も積み込め終ると、早々と深谷先輩は助手席に乗り込んで、おばさんと会話で盛り上がりっていた。
そして後ろの席に部長と南先輩と遠野先輩が乗り込み……
……って、あれ?
この車……5人乗りじゃない?
普通、5人乗りだよね。
で、茶道部のみんなで5人。
運転手のおばさんで1人……
「春山ー 悪いなー これ5人乗りなんだ」
「春くんはゆっくり歩いて来てねー」
はあー?
「ちっ、ちょっと……」
そんなことないよね、冗談だよね。
しかし、冗談にしてはドアが勢いよくしっかりと閉まり、車に元気よくエンジンがかかる。
いやいやいや、まさかね?
……ウインカーが点滅してる。
そして……
あっ! 動き出した!
えっ? 本当に行っちゃうの?
え―――――!?
本当に置いてかれた!
嘘でしょ! どうするの? 場所知らないし!
「春山くん」
「えっ!」
部長!
後ろから声がしたので振り向いたら、部長がいた!
「どうしたの? そんなに驚いて」
「いや、僕一人置いてかれたのかと思いまして」
「本当だと思った? そんなことしないよ」
そんな僕の驚いた様子に、面白そうに笑う。
「みんな先に行ってるから、私たちはご飯とか食料の買出しだよ」
「それならそうと……」
本当に置いて行かれたかと思って、どうしようかと思った。先輩たちなら、本気でやりかねないから恐ろしい。
「じゃあ、買い物に行こう、ね」
「はい」
というわけで、僕と部長は駅近くのスーパーで買い物をする。
部長と二人っきりで買い物。
これ、ほかの人から見たら、どんな関係と見られるんだろう……
知らない土地で置いてかれないように、かごを持って必死に部長に付いていく。
「春山くんは、なに食べたい?」
「なんでもいいです」
「今日のお昼は、そうめんにしようかな?」
「いいと思いますよ」
鼻歌交じりに店内の商品を物色して回る部長。
なにがそんなに楽しそうなんだろう。
買い物をしているだけで上機嫌だ。
……おかげで、良く喋るわ、はしゃぎ回るわ。
(スゴイよ、このお魚! まるまる一匹!)
(スイカあるよ、スイカ!)
(これ美味しそーだね)
(………納豆は、いらない)
目立つから……
ただでさえ美人は注目されるっていうのに。静かにしててほしい。
(デザートとか、アイスも食べたいよね)
(おやつも、必要だよね)
缶詰めとかカップアイス、どら焼きとか、お饅頭を勝手にポコポコ放り込んでいく。
「それから……」
「ちょっと、買いすぎじゃないですか!?」
「3日分だから、これでも少ないくらいだよ」
いや、それにしても……
「今日の夜はバーベキューだよ」
「そうですか」
「楽しみだね」
「んー そうですね」
実際楽しいのだろうか? 面倒くさいだけじゃないかな?
準備したり片付けしたりと、食べること以外にやることが多くて。
「だからお肉いっぱい買わないと。あと、お野菜も……」
「そんなに買わなくても……」
「春山くん、お肉好きだったよね」
「え? えぇ、まぁ」
「お肉以外に何か食べたいのある?」
「いやー 特に、なんでも」
「お野菜は? たまねぎ、にんじん、ピーマン、しいたけ」
「なんでも食べますよ」
「ソーセージとかもあるよ」
「ああ、それもいいですね」
「うわー お肉、いっぱいあるよ。これとかスゴイ厚いよ。ほらこんなに」
「そうですね」
「お肉はどの種類がいい? 牛、豚、鳥。羊もあるよ」
「普通の牛とかでいいのでは?」
「このヒレとかすごく厚くて美味しそー ロースあるよ。生姜焼きみたいにする?」
「ええ、なんでも」
「やっぱりカルビにする? 味付けのあるよ」
「そうですね」
「ホルモンとかは?」
「ホルモン? かー」
「……」
「……」
「…………ねぇ、春山くん?」
「はい?」
「さっきから、なんでもー とか、どれでもー ばっかり言ってるよ」
「……」
部長が小さな子をしかりつけるような、キリっとした目を僕に向ける。
「たまには自分の考えを言わないと」
「はぁ」
「春山くん、ほかの人のこと気にしすぎだよ。たまには自分の好きなもの言わなきゃ」
「いや……そうですけれども」
「私には、気を遣わないでいいんだよ」
そう言われても、どうしても気を使っちゃいますよ……
「じゃあ、春山くん?」
「はい?」
「もし、春山くんのことが好きです、って言う女の子が10人やってきたら『誰でもいいです』って言っちゃうの?」
「さすがにそれは……」
「『どれでもいいです』て言っちゃうの?」
「……えーっと」
「優柔不断は女の子に嫌われちゃうよ」
10人から好きです、とか詰め寄れるのは困るけど、部長に嫌われるのは……
もっと、いやだなぁ……
「じゃあ、春山くん」
「はい」
「迷ったら最低ひとつ、ひとつは選べるようにしようか」
「ひとつですか?」
迷ったら一つは選べるようにしろ、と……
「どのお肉がいい?」
「それ……じゃあ……カルビで」
「やっぱりねー」
ふふふと笑う。
「テリヤキのハンバーガー食べてたから、カルビとか好きかなって」
……分かってるなら聞かないでよ。
「お野菜はー?」
「玉ねぎ……とか、どうですか? バーベキューのイメージですよね」
「輪切りの大きいの、してみようか!」
「部長、かごに入れすぎですよ、玉ねぎ」
「お魚は?」
「貝とか海老とか……」
「海老!! いいね! 海近いから、美味しいのあるかも」
「部長ー 店内で走らないで下さいよー」
「春山くんー! 伊勢海老! サザエもあるよ!」
「いやー それ高いですって! 勝手にかごに入れないで下さいって!」
「飲み物は何にする?」
「飲み物は、どれ……」
どれでもいいですと言いそうになったのを、抑えて「これで」と炭酸のジュースを手に取る。
久しぶりに飲もうかな。
「乾杯するのにいいかもね」
と、部長がもう一本入れる。
「あんまり買うと怒られますよ」
深谷先輩、飲み物にうるさいんだから。
買い物を終えた僕たちは大きな袋を二つ両手で抱え、部長は小さな袋を持ってスーパーを出てる。
「いっぱい買っちゃったね」
「こんなに食べれるんですか?」
「きっと、すぐ無くなっちゃうよ」
僕たちは駅の日陰で、おばさんの迎えの車を待つ。
「で、さっきの話の続きなんだけど」
「続き?」
横にいた部長が、僕に少し寄って来て耳打ちする。
「もしも、茶道部のみんなから『春山くんのこと好きです』って言われたら、どうする?」
「……そんなこと、あるわけないじゃないですか」
なに言ってるんだよ、急に……
「もし、そんなことが起きたら? 一人選ぶとしたら?」
「そんな、こと……」
みんな大切な先輩たちで、誰か一人選ぶことなんかできるわけ……
「じゃあー だれでもいいんだ?」
「それは……」
「だれ?」
「だ、だれも選びません!」
「え?」
苦し紛れに放った一言に、キョトンとする部長。
「……そっかー そういう選択肢もあるよね」
近づけていた顔をようやく離してくれた。
「じゃあ、今日のバーベキュー、春山くんだけお肉抜きね」
「なんでですか!」
「ちゃんと選ばなかったから」
「肉はカルビ選びましたよ、ちゃんと」
「だれも選びません、って言ったよ?」
「それは茶道部の……」
「どうしようかなー」
そんな意地悪な笑みを浮かべて、また僕を困らす。
結局、選んでも選ばなくても、こんな風になるんじゃないか……




