第75話 暑中見舞い
しかし、なかなか入りづらい。
僕は炎天下の中、秋芳部長の家の前を、行ったり来たりしていた。
今日は部長の家で、部長と深谷先輩とで合宿の打ち合わせをすることになっていた。
集合時間の15分前にはすでに着いていたのだが、これが家になかなか入りにくくて困っていた。
インターホン鳴らして、部長じゃない家族の人が出たら気まずいのが理由だ。
僕が外にいることに気がついて、部長か深谷先輩が迎えに来てくれないか、と期待して周辺をうろうろしていたのだが、どうやらやっぱり気付いてもらえないようだった。
さすがに、もう暑くて限界……
部長に電話しよう……
携帯に直接電話して、来てもらうことに。
『おはようございます。春山です』
『春山くん? どうしたの?』
『部長。家の前につきました』
『今、行くね』
これでひと安心。
玄関の前で静かに待つ間、身だしなみの最終チェックをする。
茶道の時と同じように、服装をしっかりと整え、靴下も新しい白いの履いて来た。
ハンカチ持ったし、顔も洗ったし。
けど……歩き回ったせいで、ちょっと汗かいてしまったかも……
気持ちを落ち着かせながら待っていると、玄関の扉の鍵が開き、中から部長の姿が現れた。
「いらっしゃい。暑かったでしょ? 早く入って」
「すみません。お邪魔します」
恐る恐る中を覗き込む。
が、いたって普通の家。
そうだと分かっていても、なんだか緊張する。
だって、これから年頃の女の子の部屋に入るんだし。
たびたび妹の部屋には入ることはあるが、家族や妹は女性としてカウントはしてない。
「入って、入って」
「失礼します」
涼しげな灰色のショートパンツに、水色のシャツを着た部長は、髪をポニーテールにし、見る人を爽やかな気持ちにさせてくれる。
部長って、普段の家での格好って、こんな感じなのかなー
まー 部長は何処で何を着てても可愛いんですけどね。
そう思っても言葉には出さないでいた。
中に入ると今までいた外気とは違って、どこからか心地よい風が顔をさすっていく。
そんな中を僕は部長に促され、廊下を歩き、階段を上り、手前の部屋へと案内される。
「ここだよ、私の部屋」
と言って、なんの変哲もないドアを開けてくれる。
ここで生活してるんだよなー
なんかアイドルのお宅訪問みたいで緊張する。
見てはいけないような、変な物とか、出てこないよね?
「みーちゃん待ってるから、先に入ってて」
「はい」
「お茶持ってくるね。冷たいのでいいの?」
「はい」
そう言い残して、また階段を駆け下りていった。
ここが部長の部屋か……
開かれたドアの中へと入っていくと、部屋の真ん中には、行儀よく座ってる深谷先輩が。
この前買い物に行った時と同じような格好で、同じような表情でこの場にいる。
深谷先輩も、何処にいても変わらないなー
「深谷先輩、おはようございます」
「おはよう」
軽く挨拶したあと、回りを見渡す。
女の子の部屋ってこんな感じなんだな。
奥の窓際にベッドがあり、入って右側にいろんな本が詰まった本棚と机があり、左側には低めのチェスト、その上に小物などが置かれてある。
家具も特に変わり映えのしない物だが、なぜか全体的に優しくてあったかい雰囲気が漂ってくる。
部屋は綺麗に整理整頓されて、部長のいつものとは違うお香のいい香りがしてる。
なんだか、自分の部屋と違って、雰囲気が良く感じられる。
「ちょっと、なにじろじろ見てんのよ」
「え? あ、はい、すみません」
深谷先輩に怒られてしまったので、黙って座る。
もうちょっと見たかったのに。
せっかく部長の部屋に来たというのに、深谷先輩の存在感が強すぎで、女の子の部屋にきたという感動が薄まってしまっている。
「あの……暑いですね」
「夏だからね」
そして深谷先輩のとの会話は、一瞬で終わる。
部長、早く戻ってこないかな……
話も続かないし、あたりを見渡すこともできないし……窮屈だな……
「…………ょっと、お姉ちゃん!」
……ん? 部屋の外から部長の声が……?
「ちょっと、勝手に行かないでよー」
「かわいい妹のために、運んであげてるんでしょ」
……部長以外の、女性の声?
なんだかバタバタと、音が部屋まで近づいてきて……いきなりドアが開くと、一人の奇麗な女性が入ってきた。
「いらっしゃいー」
ふわふわ巻きのボブヘアの、部長に似た顔の若い20歳前後の女性。
シャツにズボンというありふれた服装だが、背がスラっと高くスタイルの良い、奇麗な人だ。
「ちょっと、お姉ちゃん! 勝手に入らないでよ!」
なんか部長が外で騒いでる……
お姉ちゃん、って言ってるみたいだけど、この方、部長のお姉さん?
その女性は、グラスとお菓子の盛られたお皿を乗せたお盆を下ろすと、深谷先輩と親しそうに話しかける。
「みっちゃん、久しぶりねー また大きくなったんじゃない?」
「ご無沙汰してます」
「……で? この子が?」
その視線は僕に向けられた。
この不敵な笑みを浮かべて僕を見る顔……見たことあるな……誰かに似てる……
「お邪魔してます。いつも部長にお世話になってます、春山です」
「へー 君が春山くんかー こちらこそお世話になってるみたいね。香奈衣の姉です」
やっぱり部長のお姉さん。
大丈夫? 口を押えながら笑いをこらえてるけど……
「あの香奈衣がねー 部長とかー」
そっか、この方が部長のお姉さんなんだ。
部長も成長すると、こんな感じの大人な女性としての魅力が備わるようになるのかな?
奇麗な人だけど……中身は、やっぱり部長の血の繋がったお姉さんなんだな、と分かる。
「飲み物、ここ置いとくから。ゆっくりしていってね」
「もー 入らないでよー!」
そんなお姉さんは、部長に引きずられて部屋の外へと連れ出されると、ドアが大きな音をたてて閉められた。
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「早く戻ってよ!」
「今の子が春山くん? かわいいじゃん」
「うるさいな――! も――!!」
なんだか外が騒がしいけど、大丈夫なのかな?
姉妹喧嘩でもしてるんじゃ……
あ、部長、戻ってきた。
「ごめんね、お待たせ」
「……あの、大丈夫ですか? 騒いでましたけど……」
「え? なにが?」
「……今の部長のお姉さんですか?」
「今の人は、知らない人、だよ」
「はぁ……そうですか……」
何事もなかったかのような、澄ました顔でいる部長だけど……まぁ、いいか。
「春山くん、初めてだよね、部屋くるの?」
「え? ええ、そうですけど……」
「アルバムとか見る?」
「アルバムですか?」
いきなり? どうしたの?
部長の写真?
見たいような、なんというか……
「香奈衣、今は違うでしょ」
間髪いれずに、深谷先輩が叱りつける。
「えー ん~ じゃあ、また今度ね、春山くん」
また今度、があるんだ。
「春山くん、クマ好き?」
「は?」
今度はなに?
アルバムの次はクマ?
部長は本棚の上の、どこかで見たような記憶のある、黄色いクマのぬいぐるみを、抱きおろす。
あれ? よく見れば机の上に置いてあるクマのぬいぐるみ……
見覚えがあると思ったら、僕が誕生日に部長からもらったのと同じのだ。優しく触るぬいぐるみ。色だけ違うけど。
どういうこと? ペア?
2個セットで、気に入ったから僕にもくれたの?
「香奈衣、落ち着きなさい」
「えー」
また叱られてる……
「春山君、あなたも物色しすぎ。さっきから部屋の中、見すぎなのよ」
「……すいません」
なんで僕まで怒られるの?
深谷先輩にたしなめられた部長は、椅子に座り直し話し始めた。
「それでは合宿の説明をします」
ようやく本題へと話が進んだようだ。
その部長からの合宿の説明をまとめると……
8月3日から5日までの二泊三日。
場所は深谷先輩の田舎の祖母の家……だったところ。
ここから電車で3時間かからない程度の所らしい。
数年前まで祖母が住んでいたが、一人になって歳も歳なので今は深谷先輩の家族と一緒に、この街で暮らしているとのこと。
でも、家はそのまま残してある。
その隣も親戚の家なので、日ごろから実際使ったりして、管理とかはなされているとのこと。
そこに茶道部5人全員が3日間過ごすらしい。
そしてなんと、そこから歩いて海までいける距離らしい。
この時期のなると近くの浜辺は海水浴場として開放される。結構穴場の場所で夏のピーク時でも空いていて、楽しめるようだ
車で少し走ったところは全国的に有名なビーチがあるので、みんなそこに集まってしまい、こっちのほうは地元の人が中心で集まるらしい。
「楽しみだねー」
「そうですね」
本当に楽しそうに話す部長。
そんな顔して話されたら、僕も本当に楽しそうになってくるから不思議だ。
「あと……はい、これ」
「なんです、これ?」
「合宿のプログラム。予定表だよ」
部長から手渡された、光沢のあるポストカードのようなサイズの厚紙。表一面には合宿の予定が書き込まれており、裏は白紙。
初日には、合流時間がかかれている。その後……
午前中、掃除。
お昼を食べた後、稽古をして、バーベキュー大会? その後のトランプ大会?
なんじゃこれ?
二日目、午前から夕方まで海水浴。夜、花火大会?
稽古しないの?
三日目、午前稽古して、午後掃除して帰宅。
……
…………
これが、今回の合宿の予定? なの?
ほぼ遊んでいるようにしか見えないのだが。
「交通費は悪いけど各自負担ね。食費とかも後でまとめて計算して、払ってもらうけど、いいかな?」
「……大丈夫です」
お金のことは問題ないけど、内容に少し問題が……
「なにか分からないところある?」
「部長、分からないところだらけです」
「じゃあ、春山くんだけ今日は居残りで、私と補習だね」
「あっ、分かるようになりました。問題ないです」
「後ね、その予定表、裏にしてみて」
「裏ですか? なにもないですけど」
「裏にはね、写真を印刷するの」
「写真を?」
「そうすれば、暑中見舞いの出来上がり」
「暑中見舞い? そんなの、渡す相手、いないですよ?」
今時、こんな暑中見舞いのハガキ出さないよ。
それにこれ、ハガキじゃない。写真というかポストカードみたいのだし。
「これは、自分自身への暑中見舞い、だよ」
「は?」
また部長が笑顔で変なこと言ってきたよ……
「今回の合宿で写真撮るでしょ。その中で一番気に入ったのをこれに印刷するの」
「はぁ……」
「みんなと過ごして楽しかった時の自分が、未来の自分むけて写真を残すんだよ」
「……」
「暑い日が続きますけど、いかがお過ごしですか? 私は今、楽しんでますよ、って」
「……」
「そうすれば、素敵な思い出になるよ!」
…フッ……
思わず笑ってしまった。
らしいなー
部長らしいわー こんなこと考えるのは。
暑中見舞いというよりか、単純に合宿の思い出でしょ?
時が過ぎたある日のこと、予定表とその写真を見ては、昔のこの日のあの時、こんなことあったね、と思い返す……
「いいんじゃないですか? これ。そしたら、この3日間の合宿でたくさん写真を撮って、一番思い出に残ったのを、印刷してもらいますよ」
「うん!」
部長は、それはそれは嬉しそうに、笑いかけてくれるのだった。
人生初の夏の合宿。
期待と不安とが入り交じる、良くも悪くも一生の思い出に残るようような……
きっと忘れることのない、一度っきりの、青春の季節。
そんな夏になるような、淡い予感がした。
7月のエピソードはこれにて終了です。読んでいただきありがとうございます。
次回から8月編です。8月はイベント盛りだくさんです。合宿に、花火大会、夏祭り。初のバイトに、写真を撮ろう、夏の宿題、真夏の稽古。
合宿編だけでも結構な話数になりそうです。買出しに、流しそうめん、バーベキュー、トランプ、怪談、海水浴、ビーチバレー、浜辺で埋まる、夜の浜辺、花火、などなど。
更新が遅めですが、気長にお待ちいただけたらと。
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