第77話 そうめんを食べよう
みんなと遅れること40分ほど。
僕と秋芳部長は、深谷先輩の親戚のおばさんに車で迎えに来てもらい、祖母宅に到着した。
垣根で囲まれた木造の平屋建て。
外から見ても、結構広そうな家だ。
玄関も立派だし、大きな植木とかあるし。
中にお邪魔すると、古い木の臭いと……
……この匂いは? 蚊取り線香?
昔、僕の家の田舎に遊びに行った時の匂い……
この匂いを嗅ぐと、自然ある田舎で過ごした夏休みを思い出す。
木の廊下を奥へと進んでいくと、いきなり草木の植わった庭が目に飛び込んでくる。
これ、縁側っていうの?
そぐそこが中庭になっている。
雨戸や障子を全部開いているので、屋内にもかかわらず開放的な一つの大きな空間が広がっているように感じる。
明るい夏の日差しが室内へと飛び込んで、蛍光灯を必要としないくらい中を照らし出す。
そんな縁側に面した大広間に、みんなが居た。
南先輩は畳の上に大の字になっての寝転がってる。
遠野先輩はスマホをいじって、深谷先輩は棚とかを整理している。
どうやら僕たちが来る間に、一通り掃除をしてくれていたようだ。
全体的に古い建物であったが、清掃もゆきとどいており、そんなに古い印象は受けない。
むしろ趣のある素敵な空間だ。
立派な床の間もあるし、今は雑草が生えてしまっているが中庭まである。
なんだか時代劇で出てくるような、立派なお屋敷のようだ。
すごいなー もしかして深谷先輩って、すごい家柄の人なの?
「みんな、ご飯買ってきたよ。お昼はそうめんにしようと思うんだけど、いいかな?」
僕が食材を台所に運んでいる間、部長はみんなにお昼ご飯の確認をとる。
気が付けばもう12時近くなっていた。
僕もお腹が空いてきたころだ。
みんなお昼はそうめんで、異論はないようだった。
だが……
「でね、せっかくだから流しそうめん、してみたいんだけど?」
流しそうめん?
また部長が変なこと、言い出したよ。
「おー いいじゃん! やろーぜ」
「流しそうめんとか、エモいんだけどー」
みんな、同調するんだ。
「でも、香奈衣? ここに、そんな道具無いわよ」
「そうなんだよねー でもせっかくみんな集まってるし、ここ広いし……」
「あれ、使えばいいじゃんか? あれだよ、あの、屋根についてるやつ」
南先輩が天井を必死で指さすが、それはきっと雨どいのことを言っているのでは?
「南先輩? 天井のやつは、ちょっと汚いと思いますが……」
「あ? 洗えば大丈夫だろ?」
洗えばって……
南先輩ほど僕の胃は丈夫ではないと思う。
「なにかいいのないか、探してくる」
「ちょっと、香奈衣!」
あ~あ 部長、行っちゃった。
部長と深谷先輩が台所へと消えていってしまった。
いや、普通に食べればいいじゃん……
別に流すことに、こだわらなくても……
台所から何かをあさる音がする。
そしてしばらくした後……
「こんなのあったよ!」
と、部長が持ってきたのが、大きな銀色のタライ。
人一人が中に入れそうなくらいの大きなタライをどこからか発掘し、頭に掲げながらやってきた。
「この中に氷水入れて中を回せば、流しそうめんになるかも」
「なるほど! さすが秋芳さん!」
なるほど、じゃないって、南先輩……
なんで、わざわざタライを使って、流れるプールみたいにしてまで、そうめん食べなきゃいけないの?
「でもね~ そうめんだけじゃ、色合いにちょっと~ 絵的に何か欲しいよねー」
なんだよ、遠野先輩もやる気じゃん。
あー きっと何か写真でも撮りたいんだろう?
SNSに載せるような。
「ちゃんと洗ってから使ってよ」
「大丈夫、しっかり洗うから」
深谷先輩も結局、タライで食べるんだ……
こうして僕たちの、奇妙な流しそうめん食事会が始まった。
広い座敷の真ん中に、氷水の入ったタライが置かれる。
そしてその周りを、先輩方が取り囲む。
なんだか……
なんか……変な光景だなぁ……
部長がみんなの箸と麵つゆを用意して渡していく。
そして僕にも……
「春山くんのは、これね」
「はい……え?」
渡されたのは箸ではなく、しゃもじ。
「部長、しゃもじでそうめんは食べれませんけど?」
「春山くんは最初、水を回す係ね」
あ―― そーゆうことね。
しゃもじで水をかき回すと……
え? じゃあ、僕はまだ食べれないの?
「じゃあ、そうめん入れるからね。春山くん、回してね」
「……はい」
部長はざるに山のように盛ったそうめんを、次々とタライの中に投入していく。
僕の回した水の流れによって、ゆっくりと白い糸の群れが流れに沿って泳いでいく。
それをみんなが楽しそうに、ついばんでいくのを、ただ眺めながら手を動かす。
「おい、春山、ちゃんと回せって。そうめんが沈んでるだろうが」
「……すみません」
「ちょっとー 水かかったんだけど―」
「……すみません」
「春山君、波をたてるんじゃないのよ。流れを作るのよ。こぼれるでしょ」
「……すみません」
合宿まで来て、僕はいったい何をやっているのだろうか?
「みんな、どうかな?」
そうめんを投入するだけの部長も、なぜか楽しそうだ。
「たまには、こういうのも、いいよな」
「よかった」
「写真、写真撮ってー」
「そうだね、あとで撮ってあげるね」
「香奈衣、缶詰はどうしたの?」
「あっ、そうだった」
みんな楽しそうだな……
楽しくて、なによりですよ。
ただ、僕が食べる番はやってくるのだろうか……
「そしたら次は、フルーツ入れるからね」
部長は今度はミカンやら桃やらサクランボやら、フルーツをタライの中に放つ。
味気ないタライの中が、一斉に色とりどりの花が開いたように鮮やかになった。
これは、これで……綺麗かもしれない。
みんな必死に、それを掴もうと箸を動かす。
なんか、金魚すくいみたいだなー
「私も食べていいかな?」
一通り入れ終わった後、今までそうめん投入係をしていた部長が、そう尋ねて僕の横に座った。
「どうぞ、食べてください」
部長は白く細い指で箸を操り、器用にそうめんをすくい上げていく。
「うん、よく冷えてて美味しいよ!」
「そうですか」
「そうめん捕まえるのも面白いね」
「それは、よかったです」
「春山くんも食べる?」
「食べたいです」
そう言うと、箸ですくった麺をつゆにつけて、僕の口元へと運んできた。
「はい!」
「いや、違いますって! 自分で食べれますから。この役を代わっていただければ……」
「はい!」
「だから、自分でって……も――」
口に押し付けてきたそうめんを、しょうがないので飲み物のように吸い込む。
「美味しいでしょ?」
「……そうですね」
自分で流れてるそうめん捕まえられなければ、全然流しそうめんの意味ないじゃん。
気がつけばタライには白く濁った水に、そうめんの切れ端が何本か沈んでるだけとなった。
「いやー 食べた食べた」
「面白かったー」
「ごちそうさま」
どうやら三人は満足したようだが、僕は全然満たされていない。
全然、食べれなかったよ……
「春山くん、どうだった?」
「右手が疲れました」
「春山くんのはちゃんと用意してあるよ」
「本当ですか!?」
よかったー もう普通に食べられればいいんだよ。
「ちょっと待っててね」
と言って台所にいったん戻って、部長が持ってきたものは……
「部長、なんでヤカンなんて持ってるんですか?」
部長の手には3リットルくらい入りそうな金色の丸いヤカンが。
「この中に水とそうめんが入ってるの」
「はあ?」
「これをタライに流すから、春山くん、箸でキャッチして」
「まだやるんですか? 流しそうめん?」
ヤカンから水と一緒にそうめんが流れてくるから、それを取って食べろと?
僕は普通に食べたいだけなんですけど。
「春山、がんばれ!」
「一瞬だよー 一瞬で取らないとー」
みんなはいいよ、お腹いっぱいで見てるだけで。
こっちは必死なんだから。
「じゃあ流すよ」
「ちょっと待ってください」
部長は肩の位置にまで持ち上げられたヤカンをゆっくりと傾ける。
僕はヤカンの口から流れ出てくる水を凝視する。
ジョ―――
ジョ―――
ジョ――― しゅっ
ジョ―――
「ちょ、ちょっと待ってください、部長」
「え?」
「速い。速いんですよ。落ちるのが」
そもそもこれだと、流しそうめんではなく、滝から流れ落ちるそうめんになってる。
到底、掴むことは出来ない。
「お前が遅いだけだろ」
「いやいやいや、無理ですって、こんなの」
「鈍いなー 春くん、にぶちんだなー」
「だって、しかも出てくるの2.3本ですよ?」
「じゃあ、もっとゆっくり流すね」
「……お願いします」
もう一度、僕は身構える。
そして部長がヤカンを傾ける……
ジョ―――――――――
ジョ――しゅっ――――
ジョ―――――――――
ジョ―――――しゅっ―
「部長! 無理です!」
「春山、昼飯ぬきだな」
「ざんねんでしたー」
なに笑いながら見てるんですか、先輩たちは!
こんなの誰がやっても無理ですってば。
「待ってね。ヤカンにそうめん、いっぱい入れてくるから」
「いや、もう、普通に食べさせてくださいよ……」
今度は重くなってそうなヤカンを、部長が両手で持ってきた。
「いっぱい入れてきたから、今度は大丈夫だよ」
「……そうですか? じゃあ、おねがいしますよ」
ジョ―――――――――
ジョ――にゅるっ―――
ジョ―にゅるっにゅるる
にゅにゅにぃ……………
「部長! 入れすぎですよ! 詰まっちゃったじゃないですか!」
「あれ? 本当だ……」
ヤカンの口からは、出口を求めて詰め寄ったそうめん達が、ぎっちぎちに詰まってはみ出している。
うっわぁ、なに? この光景……
「春山、そのまま、しゃぶっちゃえよ」
「ヤカンと口移しでー」
みんな言いたい放題言ってくれて……
食べ物で遊んじゃダメだって、言われなかったのかな?
「……なんだか、お尻から出てきたサナダムシみたいね」
うっ……
………
………………
深谷先輩の一言により、夏の室内がいっきに凍り付いた。
「さーって、うちは昼寝でもすっかなー」
「お腹いっぱい。ごちそーさまー」
「二人とも、片付けよろしく」
そして……みんな散っていった。
「春山くん、どうしよう……」
「食べますよ。大丈夫ですよ、取り出して食べますから」
あぁ、そうめん……
普通に食べたかったなー




