第73話 水着を買いに行こう その4
前回の続き
春山くん、水着を選ぶ。
カーテンの布一枚先では、今まさに、秋芳部長が着替えてる。
もしかしたら瞬間的に全裸になってる場合もあるんだよね。
ちょっとカーテンが外れたら見えちゃうんだよね。
なんだか変に緊張する。
「大丈夫ですか? 一人でできますか?」
いちおう話しかけておく。
でなければ、また更衣室前にいる不審者として通報されかねない。
「大丈夫だよ。でも一人で出来なかったら手伝ってくれるの?」
「いえ、手伝いません」
中から服が擦れる音が漏れてくる。
もぞもぞっと、身体が動くのが音で分かる。
……早く終わらないかなー
こんな時に限って、さっきから深谷先輩の姿が見えない。
自分のを買ったら、どこかへ行ってしまった。
最後まで一緒にいてくれればいいのに、薄情だよなー
僕は消えた深谷先輩の姿を、店内にいないか見渡しながら探していた。
「春山くんー 春山くん?」
「……え? あ、はい」
「着替えたよ。開けるよ」
「……どうぞ」
なんかすごくドキドキする。
入試の合格発表の時を思い出すくらい、緊張する。
そして……
ゆっくりとカーテンが開く……
そこには……
テレビで見るような、グラビアアイドルが立っていた。
最初に選んだ水色のビキニを着た部長は、消えそうな微笑みに、恥ずかしさが入り混じった、なんともいえない表情を見せる。
やや伏し目がちに自信なさげに様子をうかがうような仕草が、いつもの姿とのギャップで可憐に見えてしょうがない。
羞恥で体が一回り圧縮されたかのように硬くなっているようだが、女の子特有の優しく柔らかい曲線美で全体が包み込まれている。
その肌は、透き通るように白く、きめ細かく広がっている。
そして……
どうしても視線が胸に行ってしまう。
茶碗を伏せたような膨らみのある胸が二つ、水着によって引き締められ、真ん中で大きな谷間を形成している。
そのまま視線を腰のくびれまで落とす。
……が、下までは恥ずかしくて一瞬見ただけで、視線を外してしまった。
「どう、かな?」
「いいと、思いますよ」
奇麗です。
言葉に出すと恥ずかしいので、心の中でつぶやく。
「後ろはどうかな? 変じゃないかな?」
視線をいったん部長へと戻す。
チラッっと、背中と可愛らしいお尻が目に飛び込んできて、また慌てて顔を背ける。
「変じゃないです。普通です」
「……そう? ちゃんと見てくれてる?」
「見てます、見てます」
「……」
「背中の紐のところが気になるんだけど、どうなってるかな?」
せ、背中?
「だ、大丈夫ですよ。普通です。普通」
よく分からないんで、適当に答える。
「それならいいんだけど……」
「次いきましょう。次!」
部長はまた試着室の中に入ると、僕との間に薄いカーテンの壁を閉めた。
あと2回、繰り返せば終われる。
やっとここから出られるのだ。
僕はもう、そのことで頭がいっぱいだった。
中からは、また着替える音が漏れてくる。
「次いいかな?」
「どうぞ」
今度は半分だけカーテンが開く。
……あれ?
今回は上半身だけ出して、中から出てこようとしない。
さすがに恥ずかしくなってきたのだろうか?
「……これは、どうかな?」
胸が包まれた白い水着が、ここからチラッと見える。
「いいと思いますよ」
「……本当に?」
「ええ」
「本当にこれでいいのかな?」
「似合ってますよ」
そう言うと静かにカーテンが閉まった。
今回はやけにおとなしいな?
でも、残り1つ……
「春山くん……」
「はい?」
「今の下着だよ」
「えっ!?」
カーテン越しから聞こえた衝撃の言葉!
今の……下着?
ちゃんとよく見てなかったけど、ブラジャーだったの?
よく考えれば、今見たような水着なんて選んでいなかった……
「……春山くん……全然……見てくれないね……」
「……」
そんな寂しそうな声が、カーテンの内側から聞こえてきた。
『見てくれないね』という部長の嘆きの言葉が、鋭いナイフのように僕の胸を深くえぐっていった。
なにか喉に詰まる思いがして、何も言葉が出てこない。
僕は……酷いこと……してしまった。
部長は本当に、本当に今日のことを楽しみにしていたのかもしれない。
それをちゃんと僕が受け止めなかったから……
ただ僕が恥ずかしいという思いだけで、部長を裏切るようなことをしてしまった。
『おもてなし』
茶道では亭主がお客様を招くにあたって『おもてなし』を大切にする。
お客様のことを思い、何日も前から準備し、心地よい空間と時間を体験してもらえるように、最善を尽くす。
そして招かれたお客も、亭主の気持ちをくみ取り、それに応えるようなような振る舞いをし、感謝し敬意を示す。
そう教えてくれたのは、今ここにいる部長だ。
これは、部長による僕たち二人だけの、水着のファッションショーなのだ。
きっと部長は、この日に僕をもてなすために、精一杯準備をしていたに違いない。
そう言えば、今日は着替えやすいようにスカートをはいてきたと言っていた。
いつもとは違う髪型も、上着を脱ぎやすくするためなのかもしれない。
お腹の出っぱりを無くすため、昨日から何も食べていないのかもしれない。
昨日から肌の手入れも、していたかもしれない。
それなのに僕は、部長と向き合わなかった。
気付こうとしなかった……
部長の水着を選ぶって言ってきたのに。
自分のことしか考えていなかった……
最低だな……僕は。
「……あの……部長?」
「なあに?」
「もう、着替えちゃいましたか?」
「……まだだよ」
「……あの……その……」
「どうしたの?」
「……あの……ちゃんと見て選ぶんで……その……もう一回着てもらえますか? 秋芳さん……」
「……うん……いいよ!」
こうして僕たちだけの水着ショーが開催された。
一つ目は青い紐ビキニ。
「これは?」
「けっこう、僕的には好きなんですけど……」
「けど?」
「目のやり場に困るんですよ」
「見てもらって、いいんだよ」
「……いや~ 大人っぽいというか、アダルトというのか……」
「大人っぽいとダメなの?」
「ダメというか、なんというか、可愛らしい……のが似合うのかな――と」
「かわいいのかー」
二つ目は水色の水着。
「これはどう?」
「これだと、逆に子どもっぽいような……」
「このヒラヒラも可愛いんだけどね」
「なんですけど、けど、なんか違うんですよ」
「難しいね」
そして三つ目は白いオフショル。
「これはどうかな?」
「これは確か……」
大きめのシャツが肩から、ずれ落ちてるような水着だが、これはこれで正しいのだろうか?
首から肩までの緩やかなラインが、全部丸だしになってる。
それだけでこんなに、いやらしく見えるんだ。
それでいて、胸の谷間がチラチラ見え隠れする。
色気もあって可愛さもある。
部長は落ち着かなさそうに、しきりに胸の位置をずらしたり、下から持ち上げたりしてる
「どうかな? さっき春山くんが気になってたの」
「気になっていたというか、どんな構造になってるのかなーと」
「近くで見てみる?」
「あ、いや、大丈夫です。その……ずれ落ちたり、しないんですか?」
「胸のところにワイヤーとゴムが入ってるから」
「大丈夫なんですか?」
「激しく動かなければね。ポロリして欲しいの?」
僕は全力で首を横に振る。
こんな格好で、激しい運動って、それだけでも危険だよ。
「これなら胸も隠れて大きく見えるかな……」
「え? 胸の?」
「なんでもなーい」
部長はその場でくるっと回転し、背中の大部分があらわになる。
普段目にすることのない部長の背中や首筋、鎖骨や肩を目の当たりにして、なんだがいけないものを見ている気がする。
「どう?」
「いや――その―― 水着ですね」
もう、なんというか、言葉が見つからない。
「春山くん、実はこれ、気に入ってるでしょ?」
「な、なんでですか? 別に僕は……」
「だって、これ着てる時の目付きが、全然違うもん」
「そんなに見てますか?」
「すっご――く、見てるよ、胸とか腰とか」
「そ、それは、珍しくて、そのヒラヒラしてるのが気になって、ですね」
「何色がいい? この白でいいの?」
あーもー それにするんですね。
「その……今ので、いいと思います」
「そしたら、これに決めるね!」
そんな笑顔を水着姿でされたら、まぶしすぎて本当に直視できないよ。
無事に部長の着るべき水着を選び終え、購入することができた。
店を出ると、外で深谷先輩が待っていた。
なんで外にいるんだよ~
部長は今さっきまで身につけていた水着の入った袋を、嬉しそうに大事に胸に抱えている。
「みーちゃん、春山くんに可愛いの選んでもらったよ!」
「あらそう、それはよかったわね」
無邪気な子どもを簡単にあしらう様に、そっけなく返す深谷先輩。
「ありがとうね、春山くん」
「いいのが見つかってよかったです」
本当に良かった。
一件目で決着がついて。
これで延長戦とか言ったら、僕の精神が持たない。
「これ、着て帰ろうかな」
「なにバカなこと言ってんのよ!」
……しかし、本当に良かった。
部長が喜んでくれて。
もう部長が悲しむ姿は見たくない。
いつも元気に笑っていてほしい。
そのためなら、少しくらい振り回されてもいい。
「あっそうだ。春山くんにスマホ返さないと」
あぁ、そうでした。人質に取られてたんでしたっけ?
「なんで香奈衣が持ってるのよ。盗撮防止のため?」
「あの……違いますよ。深谷先輩」
「あなた、私のこと覗き見したじゃないの!」
「いや、違いますって……」
こんな人通りのあるところで、そんな人聞きの悪い事、言わないでもらいたい。
「次やったら、殴るから!」
「……はい、すいません」
その5に続きます……




