第69話 コーヒーを飲みに行こう
遠野先輩の補習3日目の日
「ありがとーね。二人とも」
今日で遠野先輩の補習が終わった。
そして僕と秋芳部長との稽古も、ひとまず終わりを迎えた。
朝から稽古をしていた僕たちに、昼近くに補習の終わった遠野先輩が合流した。
そして一緒にお昼を食べ、お茶を一服した後に、遠野先輩は改めて僕たちに感謝の言葉を述べた。
別にそこまで大それたことを、遠野先輩にしてあげたわけではないのだが、夏休みなのに一緒に学校に来てくれただけでも嬉しかったようだ。
「今日は帰りに、コーヒー、ご馳走するよー」
「ほんと? ありがとう。春山くん、コーヒーだって」
「ありがとうございます」
遠野先輩のお礼に、部長は嬉しそうに返事をする。
どうやら駅前のコーヒーショップに連れて行ってくれるようだ。
コーヒーを飲ませてもらえるなんて、確かにありがたい。日頃、そんなところには行けないし。
それじゃあ、お言葉にあまえて行きましょうかね。
……でも、部長はコーヒー飲めるのかな?
そんなわけで、駅前のコーヒーショップまでやって来た。
通りに面した、お洒落な外観。
黒とブラウンを基調としたシックな作りの店舗。
大きなガラス窓から中が見えるが、ソファーからテーブル、照明まで、全てがオシャレで僕みたいな平凡な高校生が入ってよいものか、ためらってしまうくらいの大人な雰囲気。
まず一人なら入ることのない店。
実際に今までで一度も来たとこはない。
「なんか緊張するね」
横で一緒にお店を眺めている部長がつぶやく。
部長みたいな美人なら、別にこんな店内でコーヒー飲んでても違和感なさそうだが。
「でもこれ、普通のチェーン店のコーヒーショップですよね」
「私、来たことないよ」
「僕もそうですけど」
二人とも初体験。
普通に入って大丈夫なのか?
18歳未満の人、お断りとかないよね?
「なにしてんのー? 二人ともー?」
そんな様子の僕たちに、呆れたような感じの遠野先輩は、
「さー 早く入ろー」
と言って、僕たちを促すように背中を押して、店内へと押し入れる。
自動ドアをくぐると「いらっしゃいませ」と、奥のレジにいる大人な感じのお姉さんが、にこやかに挨拶してくれた。
大丈夫なのかな、ここ?
高校生なんかが来ていい場所?
なんかお客さん、パソコン開いてるスーツの男の人とか、本読んでるマダムとか、勉強してる大学生っぽい若い人しかいないんだけど……
高校生はおとなしくファーストフード店に行け! とか言われない?
「遠野先輩、大丈夫なんですか? こんなとこ来ちゃって?」
「えー? あたしよく学校帰りに、寄るよー」
「そ、そうなんですか……」
とりあえず僕はレジ付近には近づかずに、遠目でメニュー表を眺める。
下手にレジにいって話しかけられると、前回みたいに大変な目に合う可能性がある。
僕は部長をその場に引き留め、メニュー表を見る。
その間、遠野先輩が席を確保しに向かってくれた。
「ねえ、春山くんは、何にする?」
「せっかくですから、コーヒーですよね」
「すごく、いっぱい種類あるけど……」
「ありますね」
実際、種類が多くて分からない。
ファーストフード店に行ってコーヒー頼むけど、そこでは2種類くらいしかないよ。
エスプレッソって聞いたことはあるけど……
カプチーノってどう違うの?
モカ?
キャラメル? コーヒーなの?
「あっ、紅茶もあるよ!」
「ありますけど……でも、ここはコーヒーを頼むべきでは……」
「ねぇねぇ、ティー ラテだって」
「ティー ラテ……? ミルクティーと違うの?」
横文字は難しい。
英語、もっと勉強しなきゃ。
「春山くん! 抹茶 ティー ラテだって! おいしそー」
「抹茶の後にティーって付ける必要あるんですかね? 抹茶茶になるんじゃないですかねー」
「ティー ラテの、抹茶味ってことかな?」
「ティー ラテにも何種類かありますよ。カモミールとかアールグレイとか。でも、普通のティーは一種類のみ……」
なんなんだ?
慣れないし、知らないから、全然分からないよ。
「あのー 二人とも、決まったの―?」
後ろからちょっとイライラしてる感じの遠野先輩の声が聞こえた。
「部長、早く決めましょう!」
「えーっと、普通の」
「なにが普通かわかりません。このカフェラテで、いいですか?」
「うん」
「えーっと、温かいのと冷たいのありますよ」
「温かいの」
「えっ? ホットでいいんですか?」
「うん」
この暑い日にホットなんだ。
「じゃあ、僕はアイスカフェラテで」
「あれ、春山くん。値段がいっぱい書いてあるけど」
「あー サイズですかね。どれがいいですか?」
「ん~ 普通ので、いいかな」
「いや、だから普通がどれかって……えっ? トール? ショート? なにこれ?」
「SとかMじゃないんだね」
「Mがいいんですよね。で、どれがM?」
「これ、グランデって書いてあるよ」
「え?」
なに? グランデって?
「こっちはベンティだって」
?? ベンティ?
「……値段からして、一番大きいんでしょうね」
「普通のは、どれかなー」
「普通ならトールだよー」
と、さっきよりイライラ度の増した遠野先輩の声が……
「……らしいです部長!」
「じゃあ、トールかな? もっと分かりやすければいいのにね。並とか大とか」
「なんですか、そのうどんや牛丼みたいな頼み方は」
ようやく商品を決めると、遠野先輩がまとめてレジで会計してくれた。
「そこから出てくるから、待ってて―」
「遠野さん、ありがとう!」
「ごちそうさまです」
僕たちは、レジ横の商品の受け渡し場所らしい、カウンターの前で待つ。
「ここで待ってればいいんだね」
「部長、あんまり喋んないでください。素人なのがバレます」
「すごいね、その場で作ってるんだね」
「ここで作らなければ、どこで作るんです?」
僕たちは手際よくコーヒーを作っていくお姉さんの様子を眺める。
「かっこいいね」
「そうですね」
そんな店員さんを見て、部長が感嘆の声を上げる。
確かに見ていて、すごいなー かっこいいなー と思えてしまう。
「こういう仕事の人、なんて言うんだっけ?」
「え? ……マスターでしたっけ?」
「それ、バーとかの人じゃない?」
「えーっと、コーヒー職人?」
「バリスタ、だよー」
後ろから、呆れた声の遠野先輩の声が……
「らしいです、部長!」
「あこがれちゃうね。バリスタかー」
そうこうしているうちに、僕たちのコーヒーが出来上がったようだ。
店員のお姉さんに、笑顔で出されたそれを「ありがとうございます」の言葉で受け取る。
「部長、これ、砂糖入ってないみたいですよ」
「ほんと?」
ここにスティックの砂糖が置いてあるから、お好みで入れるのでは……
と、視線を部長に戻したら、すでに顔をしかめて「う~」と唸ってるところだった。
「なんで先に飲んじゃうんですか?」
僕は砂糖を5本つかみ、それを渡す。
そんだけあれば足りるだろう。
「春山くんは、砂糖は?」
「まあ、それなりに……」
僕の場合はシロップで、1個でいいかな?
「それでは、遠野さん、いただきます」
「いただきます」
「…………二人とも、ここ、飲む場所、ちがうよー」
あっ! 部長に気を取られて……
ここ、受け取るだけの場所で、立ち飲みするカウンターじゃないよ。
「部長、なにやってるんですか! 席に行きますよ!」
店員のお姉さんは何も言わずに、僕たちのことを見て笑ってるし……
また恥ずかしい思いをしてしまったよ……
ようやく席に座って、コーヒーを飲み始める僕たち。
さすが専門店の出すコーヒー。味がしっかりしていて、美味しい。
「コーヒーも、おいしいねー」
「そうですね、あんだけ砂糖入れれば……」
部長は結局、全部の砂糖を入れてしまっていた。
「遠野さん、よく来るの?」
「んー まあねー」
「ねぇ、春山くん? 毎日来ようか?」
「なんで毎日……って、なんで僕と一緒に来るんですか?」
そんな部長は自分のを飲んでいるのにもかかわらず、僕の手にしている物に視線を向ける。
まるで獲物を狙っているかのような猫の目で。
「春山くん、冷たいのも美味しい?」
「美味しいですよ。けど、あげません」
さすがに遠野先輩の前で回し飲みなんて、そんなこと出来るはずがない。
だが遠野先輩は僕たちのやり取りをよそに、自分のコーヒーのプラスチックカップを回してニヤニヤしながら眺めている。
茶道のお茶碗じゃないんですから、柄とか作りとか見るところなんてないはずなのに。
なにを見て笑ってるんだ?
「遠野先輩、なに見てるんですか?」
「んー? ああ、これー?」
と僕にそのカップの側面を見せてくれる。
そこには黒いサインペンで、なにやら手書きで文字が書いてあった。
『Thank you for coming again!』
その文の後に、にこちゃんマークが書かれてある。
「これ、店員さんが書いてくれたんですか?」
「そーだよー 暇な時とか、たまに書いてくれるんだよー」
へー そんなこと、してくれるんだ。
なにかしらのメッセージをね。
サービスの一環なのかな。
「なんて書いてあるんです?」
「また来てくれてありがとう、って」
「確か、よく来るんでしたっけ? 覚えてくれてるんですね」
「みたいねー」
と機嫌よく答える。
「しかし、英語読めるんですね」
「バカにしないでよねー あたし補習受けてるけど、英語はできるんだからね!」
「す、すいません」
余計なことを言って、また遠野先輩の機嫌を損ねてしまった。
「本当だ! 私のにも書いてあったよ!」
どうやら部長のにもメッセージが書かれていたようだ。
見せて― と言う遠野先輩と一緒に僕も身を乗り出して、それを見ようとした。
『Your smile made me feel better!』
そして最後、でっかい笑顔のマークが描かれていた。
ん~ 読めない。
こんなに僕ってバカだったんだな……
「あ、あの……その……なんて書いてあるんですか?」
申し訳ないが、遠野先輩に意味を尋ねる。
「あなたの笑顔で癒されました。みたいなー」
へー なるほど、すごいな。
部長の笑顔で、店員のお姉さんの心が癒されたと。
「すごいね! 茶道のおもてなし、みたいだね。気持ちや感謝の意が表現されてるなんて」
「そうですね」
「で、春山くんはなんて書かれてたの?」
「僕ですか?」
と、いうことは……
僕のにも……
『You are a well-assorted pair!!』
……の後に、にこちゃんマークが二つ並んでる。
なんて読むんだ? これ?
自分の英語力のなさがバレて、なんだか悲しくなってくる。
「見せて?」
興味津々の部長に、それを見えるように渡した。
すると……
部長は…………
その、にこちゃんマーク以上の、
弾むような笑顔を隠すことなく!
僕に見せてくれた!
「春山くん、このカップ、飲み終わったら私にくれるかな?」
「え? 別にいいですけど」
なんで?
というか、なんて書いてあったの?
「で、なんて意味ですか?」
「ん- なんだろうねー」
もう、ニヤニヤするだけで、答えてくれない。
なんなんだよー まさか悪口書いてないよね。
「遠野先輩、これなんて読むんですか?」
「えーっとー」
しょうがないので遠野先輩に聞いてみた。
「…………知らな――い」
えー
結局、読めないの?
英語得意だったんじゃないの?
いったい、なんて意味だったんだろう。
それからは部長は、ずーっとニコニコしてるし……
遠野先輩は、なんだかブスーっとしてるし……
写真撮って、あとで訳してみよう。
ちゃんと僕も勉強しなくてはいけない、
ということなのかな……
『You are a well-assorted pair!!』
「お似合いのカップル」という意味、らしいです。
ちなみに私は英語は苦手です。




