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僕は茶道部部長に弄ばれる  作者: 夜狩仁志
第二章 夏、雨と潮と花火の香り

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第70話 水着を買いに行こう その1

 夏の黄色い日差しが、お昼前の静かな町を包み込むように照らす。

 今日もネバつくくらいによく晴れた天気で、歩くだけでも汗が滴り落ちる。

 そんな中、約束より15分ほど早く、集合場所の駅前までやって来た。


 まだ秋芳(あきよし)部長と深谷先輩は来ていない。

 今日は僕のほうが早かったようだ。


 駅の日陰になる券売機の脇で待ちながら考える。


 こんなに明るい、いい天気だというのに、僕の心の中は暗雲立ち込めた暗い世界となっていた。

 僕は壁に寄りかかっては、これから起こるであろう出来事をあれこれ予想を立て、その危機回避をシミュレーションしてみる。


 これから部長たちと、水着を買いに行く。

 そこで部長の着る水着を一緒に選ぶ。

 そうなると必然的に試着することになる。

 部長が水着姿になる……


 ……そこで、事件が起きないわけがない。


 答えの出ない問題を、頭の中で繰り返し解いているうちに、むこうの方からその問題の原因となる人物がやって来た。


 おそらく、あの二人だろう。


 部長はこちらの存在を見つけると、駆け足でやってくる。

 こんなに暑い日に、そんなに急がなくても。

 僕はどこにも逃げないというのに。


「おはよう! 春山くん!」

「おはようございます」


 暑い日なのに、相変わらず元気はいい。

 ひざ下まで隠れるクリーム色のスカートを、ヒラヒラとなびかせながら、部長はやって来た。

 水色の半袖のシャツから伸びる、白く細い腕がまぶしく見える。

 さすがにこの暑さからか、長い髪の毛をまとめ高めのポニーテールにしてる。

 顔が小さく見えて、いつもよりさらに可愛らしく見える。


 やっぱり私服を褒めるのは、マナーなのかな?

 今日こそは……

 でも、なんて言えばいいんだ?


「えーっと。いろいろと、似合ってますね」


 わぁー なんてセンスのない褒め方してるんだ!

 恥ずかしいの我慢して言ったのに、余計に恥をかいてしまった……


 そんな僕が面白かったからなのか、褒められたからなのか、部長はにっこり笑って……


「今日はね、水着を試着するから、脱ぎ着しやすい服装にしたんだよ!」

「ああ、なるほど」


 そういう理由?

 あくまでも今日の目的は水着選びなんですね。


 そんな挨拶をしていると、深谷先輩がゆっくりと到着した。


「深谷先輩、おはようございます」

「おはよう」


 深谷先輩も、これまたいつもと変わらない。


 服もワンサイズ大きい白い半袖シャツに、ダボっとした灰色のズボン。

 身体のラインが一切分からない服装。


 これから裸同然の姿になるというのに。

 本当に面倒くさそうに、部長についてきただけの人みたいな雰囲気を出している。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 と、部長に言われたものの、今日の予定は水着を買いに行くようだが、それ以外は全く分からない。

 僕はただ、ついていくだけだ。


 改札を抜けホームへと向かう部長に、僕はいちおう今日の予定を尋ねてみることに。


「あのー 部長?」

「もー 春山くん!」


 振り向いた部長はなぜか、ほほを膨らませて怒ってるアピールをしてくる。


「はい?」

「今は部長じゃないよ。学校じゃないし、制服着てないし!」


 あー そうか、部長って呼んだらいけないのか。


「じゃあ、なんて呼べばいいんでしょうか?」

「香奈衣でいいよ」


 ……名前は恥ずかしいし。というか、名前で呼び合う仲って、かなり特殊な関係だと思うけれども。


「いやー ちょっとそれは……」

「なら、秋芳」


「秋芳……先輩?」

「先輩もおかしいかなー」


「秋芳さん」

「なあに?」


 名前を言うと笑顔で返す部長。


 ……やっぱりだめだ。

 なんか恥ずかしい。自分で言葉にすると、なんだか恥ずかしい。


「ちょっと無理です。部長です」

「なんで!」


「ちょっと……恥ずかしいです」

「私も恥ずかしいよ! 部長って呼ばれて!」


 確かに、こんなかわいい女の子を街中で部長呼ばわりするのは、言われたほうは恥ずかしいだろうし、失礼になるのかも。

 でも、逆に名前で呼ぶと、周りからそんな関係の二人と思われちゃうし……

 部長とか言えば、立場的にそう言った関係の二人なんだって、周りから受け止めてくれるだろうし。


「あのー 部長は部長ですので…… 部長と呼ばせてもらいます」

「もう!! いつになったら、名前で呼んでくれるんだろう……」


 そんな…… 呼び名を部長にしただけで、しょんぼりしないでよ……


「秋芳部長が部長でいる限りは、部長です」

「じゃあ、部長、辞める」

「ちょっと! それは困ります!」


 駄々をこねる子どもみたいなこと、言わないでよ。


 そんな僕たちのやり取りを、ホームに響く電車入線のアナウンスが遮った。


「部長、とりあえず乗りましょう」

「ん~~~」


 まだ納得いってない部長をなんとかなだめる。


 ここは深谷先輩がビシッと言ってくれれば……


 ……って、深谷先輩がいない!


 よく見ると、僕たちのやり取りに嫌気がさしたのか、離れた場所の列に並んで、隣の車両に乗り込もうとしていた。

 これはもう、目的地まで完全に他人の振りをするつもりだ。


 なんだよ……早くも部長と二人っきりか……


 電車はそんなことお構いなしに時刻通りピッタリにやって来た。


 しょうがない、とりあえず部長と一緒に乗るしかない。


 車内は比較的、空いていた。

 クーラーもいい感じにきいていて、快適な空間を作り上げていた。


 乗客が少ないのは、ホント助かる。これが混んでる車内で、部長と一緒にいると考えたら……


 ちょうどこの駅で降りていった人がいたため、ロングシートの端が空いた。

 部長がそこの、なぜか端から二番目の場所に腰を下ろすと、僕にその一番端を座るようポンポン席を叩いてみせる。


 そんなところ座ったら逃げ場がないじゃないか。

 でも、抵抗するのも疲れるので、僕はおとなしくそこに腰をおろす。


「ねぇ、どんなのがいいかな?」


 あー 始まった。やっぱり聞いてくると思った。

 出来れば車内でその話題には触れないで欲しかった。

 だって、周りの視線が……


「ワンピースがいいかな? それともセパレート?」

「あ、あの、部長……車内なので会話は控えましょう」

「ん~ じゃぁ……」


 今度はスマホの画面を見せてくる。

 そこに映った、さまざまな水着の画像を紙芝居のようにめくって見せてくる。


「これどうかな?」


 どっからそんな写真探してくるんだよ。


 車内で会話を控えるように言ったばかりに、部長は身体の半分を僕に傾けて、耳元で小さな声でささやいてくる。

 そんななか、身体を密着させながら、女の子の写真を見せられるという……

 しかも部長から制汗剤なのかソープの香りなのか、さわやかな香りが漂ってくる。


 味覚以外の感覚が部長に支配されるという…… 

 なんだか頭がおかしくなりそうな、この状況……


「これ…… この水着、すごいよね」


 中には、だいぶきわどい写真も見せられてきたが、これにいたっては、写ってる人、金髪の外人さんじゃない?

 ハワイみたいな浜辺で、ロープみたいな水着?を巻いてるだけだし。

 胸もお尻もサイボーグみたいに不自然に大きい。


「どうかな?」


 どうかな? って。

 どうも、こうもないですよ。


「あっ、ちょっと待ってて」

「はい?」


 そんな時、突然部長は席を立ち上がると、ふらふらっと前の席まで行き、その上の網棚に背伸びして何かを取ろうとした。


 どうしたんだろう?


 戻ってくると手には一冊の雑誌が。


「誰かが置いてったみたい」

「はぁ?」


 その雑誌、青年誌だし。表紙には可愛いアイドルの女の子が半裸の状態で載っている。


 誰だよ、こんなの置いていったのは!

 ゴミはちゃんとゴミ箱に捨ててってよ。


 それを、よく見つけて、取ってくるよ。部長も……


 あー もう、嫌な予感しかしない。


 部長は僕に身体を寄せてくる。

 僕は逃げ場がないので、もたれかかる部長をそのまま受け止めるしかない。


 そして雑誌を広げて見せてくる。


「この子の着てるの、可愛いよね」

「は、はあ」


「うわ~ これすごい…… 動いたら、見えちゃいそう」

「は、はあ」


「いーな、こんなに胸があって」

「は、はあ」


 なんなんだよ、この状況は。

 電車内で雑誌のグラビアを覗き込むカップル。

 しかも、彼女の方はアイドル顔負けの美少女、って。

 周りの乗客からの視線が、槍のように刺さって、心がえぐられるように痛い。


 あぁ、苦痛だ。

 部長と乗ると、いつもこうだよ。

 また拷問列車に乗車だよ。


「ねえ?」

「はい?」


「この子、可愛いね」


 ページをめくる手が止まり、部長が指さしたのは……

 僕たちと同じくらいの年齢、高校生だろうか?

 プールで水着になってはしゃいでる女の子の写真。


 どこかで見たような? 

 CMでかな? 

 でも正直、部長の方が全然可愛いと思うけど。


「部長の方が可愛いですけどね」


「……えっ?」


「……ええ??」


 うっかり僕は心の中で思っていたことを、口に出してしまったようだった!


 焦った僕は、聞き返してきた部長へ顔を向ける。

 そこで思わず目と目が合ってしまい、慌てて視線を雑誌に戻す。


「……」

「……」


 なんて、恥ずかしいこと言ってるんだ、自分は。

 あーもー 恥ずかしいー


 大丈夫、きっと部長には聞こえてない。

 電車の音で僕の言葉は聞こえなかったはず。

 それに聞き直してきた部長は、それからなにも聞いてこないし。

 大丈夫、大丈夫……


 しばらく僕たちの居る空間では、

 電車の唸るようなモーター音と、

 車輪でレールが削られる悲鳴の声しか聞こえなくなった。


「……」

「……」


 次の停車駅を告げるアナウンスの独り言。

 緩やかにスピードの落ちる車体に、

 眠るように静かになるモーター音。

 ガタっと揺れながら停車し、ドアが開くとともに出入りする人の足跡。


「…………でね、春山くん?」

「……はい?」


「この子の水着も可愛いよね。花柄のフリルがついて」

「そうですね。でも、さっきのページのも、いいんじゃないですか?」


 恥ずかしさの頂点を超えた僕は、いつもの平常さを取り戻しつつ、部長の相手をする。


 しかし拷問列車は、まだ当分、目的地の終点には着きそうもない。


 もう、あんまり部長と電車に乗るのは、よそう……


 これからは待ち合わせは、現地集合にしようかな。

水着を買いに行こう その4まで続きそうです。


最後までお付き合いくださいませ。

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