4 紫陽花と化け狐と②
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は玉藻と申します」
「玉藻……さん?」
「はい。化け狐をしております」
董子は、軽く息をのんだ。
──化け狐? えっと……??? 冗談? あ、これだけきれいなんだから、役者さんとか?
「違いますよ」
「え?」
「役者じゃありません」
「……私、口に出していましたか?」
「いいえ」
玉藻は、あくまでにこやかだ。
董子は、「私ったら、そんなに考えていることが表情にでちゃうのかしら!?」と、頬を手で覆った。
「そんなことはありませんよ。私が化け狐だから、考えていることが読めちゃうだけなんです」
「………………えっと?」
──だから、なんで私の考えていることが分かっちゃうの!?
「化け狐ですから」
玉藻は、すっと董子との距離を縮めた。そしてクイッと顎を掴んで、息のかかる距離に顔を置く。
「それよりも、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「え!? ああ……」
董子は自分がまだ名乗ってもいないことに、やっと気がついた。
「す、すみません。加賀見 董子です」
その後に、「東京でOLをしている」とは続けられなかった。今は宙ぶらりんな状態だからだ。
「かがみ……?」
玉藻は、ポツリと呟いて首を傾いだ。
「どういう字を書くのですか?」
「加賀一万石の『かが』に、見るの『み』で、加賀見。菫の花に子供の子で『とうこ』です」
「『加賀見』……。『鏡』じゃないのですね?」
おかしな事を聞くな~と思いながらも、董子は答えた。
「昔は『鏡』という字を使ったそうです。でも、鏡は割れるから縁起が悪いって、『加賀見』に改姓したそうです」
その話も死んだ祖母から聞いていた。
「鏡は、割れるから?」
「はい」
「割れる……。わ、割れる……。ぷ、ぷはっ! あはははは。ああ、おかしい!」
玉藻は、唐突に笑い始める。それはもう、大爆笑である。体をくの字に折り曲げて、苦しそうに笑い転げている。
「あ、あの……?」
思わず声をかけた董子に、玉藻は目の涙を拭いながら、「失礼しました」と言う。
董子はひどくバカにされたような気分になって、気持ちが落ち着かない。
「何がそんなに面白いんですか?」
唇を尖らせる董子に、玉藻は、三日月のような目をして微笑んだ。
「すみません。怒らせてしまいましたか?」
「……」
「あなたのことを笑ったのではありません。知人を思い出したのです」
「知人? それはいったい、どんな人なのですか?」
玉藻は、自分の唇に人差し指を立てた。
「秘密です」
董子はムッとしながらも、思わず見入ってしまうような美しい仕草だった。
「……ならいいです。私、これで失礼させていただきます。あ、さっきの写真のデータは消しておくので、ご心配なさらずに」
カメラをケースにしまい込んだ董子は、玉藻に背を向けた。しかし、董子の腕を青年が引き寄せる。
「ここで逃がしはしませんよ」
青年の瞳が金色に光った。瞳孔も縦に開いている。
(に、人間じゃ……ない!!)
ゾクッとした。
「化け狐ですから」
ちろりと、赤い舌が唇を舐め上げる。
その艶やかな様子を見てしまうと、逃げ出したいのに体が動かない。
「これから董子さん……。あなたを人ならざるものの世界、幽世へ連れて行きます……。そこであなたは、その瞳の真実に気が付くでしょう……」
玉藻は董子の手を持ち上げ、手の甲に唇を落とす。
董子の本能が悲鳴を上げそうになるのを、胸の甘いしびれがねじ伏せた。




