◆第一話『魔導罠』
「奴らも懲りずによく来るものだ」
「それだけカオス様の心臓が欲しいんでしょ」
商業都市クアルデンを落としてから3日後。
新たに生成した迷宮の支配者の間にて。
カオスはエルリードと呆れ気味に話していた。
すでに玉座の下では魔眼花が迷宮の状況を映し出している。
ルヴィエント王国軍は迷宮生成から半日と経たずに攻め込んできた。現在はちょうど第1層を突破されたあたりだ。
第1層には多くの骸骨戦士を配置していたが、敵の重装歩兵の耐久力と魔術師の火力をもって突破されてしまった。骸骨戦士が纏う《恩讐の鎧》は、物理攻撃に強く魔法攻撃に弱い。その弱点を見事につかれた形だ。
なにやらエルリードがそわそわしはじめたかと思うや、興奮した顔を向けてきた。
「ねえ、いつでもあたしを使っていいからね?」
「最低限の手間で恒久的に魔素を取り込むためにも、自立化させなければ意味がない。この迷宮の管理をお前に任せてもいいのなら遊んできても構わんが」
「それは面倒そうだから絶対にいや」
相変わらずはっきりとものを言う魔人だ。
ただ、人間を虐められないとわかったからか。
わかりやすくエルリードが退屈そうにあくびをしていた。
「ん~、つまんないし帰ってもいい?」
「構わんが、これから面白いものがみられると思うぞ。なあ、モリスよ」
言いながら、視界の右端に目を向ける。
玉座前の階段にずんぐりむっくりな髭男が座っていた。
ドゥーブの長──モリスだ。
今回の迷宮には、これまでにない罠を組み込んでいる。そしてその罠はドゥーブによって造られたこともあり、代表してモリスが成果を見にきたというわけだ。
「ふんっ、ワシは旦那の注文通りに造っただけだ。面白いかどうかは知らん」
「では実際に見てたしかめるとするか。そろそろ奴らが到達する頃だしな」
多くの敵兵が続々と第2層に到着。
目的の罠を設置した中間地点に近づいていた。
第2層の中間地点からは骸骨騎士も配置している。
骸骨戦士と違って高い敏捷性を持つ魔物だ。
「フロストアロー!」
「ファイアボール!」
「くそっ、当たらない!」
魔術師の魔法を悠々と躱しながら、骸骨騎士は敵の最前線に肉迫。重装歩兵が構える盾に猛烈な攻撃をしかけはじめる。
だが、がんがんと鈍い衝突音を響かせるのみ。ほかに攻撃をしかけようにも狭い通路は敵の盾で埋め尽くされていて突破できずにいる。
そこを複数の魔法に狙われ、消滅させられてしまった。
さすがの骸骨騎士も至近距離からでは躱すことはできなかったようだ。
「怯むな! 盾を並べればどうということはない! 進め進め!」
勢いを増した敵軍が指揮官の声によってさらに歩を早める。だが、深く潜るにつれ数の増える骸骨戦士や骸骨騎士を前に、進軍はすぐさま遅々としたものになった。それにしびれを切らしたか、苛立った指揮官が声を張り上げる。
「爆突連兵、随時前へ! 障害を蹴散らせ!」
敵指揮官の指示に応じて前へと出た1人の爆突連兵が「ルヴィエントのためにッ!」と威勢よく叫ぶ。が、いつものようにその身が炸裂することも、閃光を放つこともなかった。
「なにをやっている!?」
「そ、それが爆発できなく──あぐっ」
孤立した敵兵を逃すほど骸骨騎士は呑気ではない。
一瞬の隙を逃さず、前に出た爆突連兵を仕留めてみせた。
「ちっ、役立たずが……次だ! 次!」
指揮官の声で次の爆突連兵が前に出るが、先と同じく爆発できずに骸骨騎士によって殺された。以降、5人ほどが続いたものの、結果はすべて同じ。なにも出来ずに地に伏していった。
「ねえ、カオス様。あれってあの自爆兵でしょ? なんで爆発しないの?」
エルリードが不思議だとばかりに訊いてきた。
彼女はいま魔眼花の映像を食い入るように見ている。
先ほどまで退屈そうだったのが嘘のようだ。
「その答えはあとだ。ほら、まだ面白いものが見られるぞ」
敵軍は爆突連兵が使い物にならなくなったことに動揺しているようだった。無理もない。爆突連兵は、まだ姿を見せていない骸骨将軍や愚指の巨人といった強力な魔物を倒すための切り札的な存在だったはずだからだ。
「くそっ、一時後退! 後退しろ!」
体勢を立て直さんとしてか、敵が後退を始める。
戦線は維持できているし、なかなかの練度だ。
しかし──。
「ぐぁああああっ! あづっ! あづいッ! 誰か、誰かたすけ──」
突然、1人の敵兵がその身を炎上させながら身もだえ、倒れた。それを皮切りに敵軍が一気に崩れはじめた。炎上する敵兵があちこちで現れはじめ、敵軍の混乱はさらに強まっていく。
「どこからだ!? どこから攻撃を受けた!?」
「後方からです!」
「前方からも! いや、側面からもッ!」
背後をとられまいと身を寄せ合う敵軍。
だが、悲鳴は止まるどころかより多くなっていく。
奇しくも炎に包まれた敵兵が増えたことで迷宮はより明るくなっていた。おかげでどこから〝攻撃〟が行われているのかを誰もが容易に知ることができるようになった。
「え、仲間割れ? あ、違う! 壁から出てる!」
エルリードがはっとした様子で魔眼花の映像を指差した。
彼女の言う通り、魔法──《フレイムアロー》が壁から放たれていた。岩壁の中に不自然にあいた筒状の穴。そこから赤く揺らぐ炎が次々に放たれている。
「見たか! ワシらドゥーブが造った魔導罠の威力を! はっはっは!」
気づけばモリスが立ち上がり、魔眼花の前に駆け寄っていた。聞こえるはずもない相手──敵軍に向かって勝ち誇るように高々と咆えている。
そんなモリスへとエルリードが冷めた目を向ける。
「さっきあんなに冷めてたのに……別人みたい」
「よいではないか。あの魔導罠はモリスたちドゥーブが造ったもので、いわば我が子のようなもの。それが活躍したのだから、喜ぶのは当然のことだろう」
今回、魔法を用いた罠を2種類仕掛けていた。
1つは特定の魔法を阻害する床設置型の罠。
もう1つは、いましがた目にした《フレイムアロー》を放つ壁設置型の罠だ。
「でもあれって魔法だよね。やっぱり迷宮が取り込んだ魔素を使って動かしてるの?」
「うむ。ゆえに魔導罠を置きすぎると自由に使える魔素も減ってしまう」
「そう聞くと、なんだか微妙なものに思えてきた……」
途端に渋い顔を見せるエルリード。
そのさまを横目に見ていたモリスが腕を組んで思いきり胸を張った。
「その分、絶大な効果を発揮するということだ」
「……ここぞとばかりに誇るわね」
良いことばかりでないのはたしかだが、魔導罠があれば敵の侵入を阻みやすくなるのは事実だ。迷宮を存続させることがなにより重要ないま、安定化のためにも魔導罠を使わない手はない。
「あ、あと1つ気になったんだけど、自爆兵が爆発しなかったのはどうして?」
「あやつらの自爆魔法は自身で詠唱して発動しているのではなく、べつの魔術師によって刻まれた魔術式を用いて間接的に発動している。そうしたものには同様の術式をもとにして発動する魔力の塊をぶつけてやれば容易に阻害できるのだ」
カオスは「ちなみに」と補足して続ける。
「奴らの自爆魔法の術式については、以前の戦闘中に転がった奴をこっそり調べさせた」
「カオス様ってふんぞり返ってるだけじゃなくて、ちゃんとやることやってたのね」
「今更気づいたか」
「ええ、さすがあたしが仕える魔王様ね! かなり変態だけど!」
「ふはははは! もっと褒め称えよ!」
呑気に話している間にも戦闘は続いている。
とはいえ、すでに敵軍の陣形はないも等しい状態だ。
骸骨戦士や骸骨騎士も追撃態勢に入っている。
じきに迷宮から敵軍の姿はなくなるだろう。
「ともかく、魔導罠のおかげで自立化がより容易になった。これで魔素の供給も安定することだろう」
今後の迷宮生成にも大いに役立つものだ。
モリスたちドゥーブの功績はとてつもなく大きいと言える。
「モリスよ、褒美をやろう。なにか欲しいものはないか?」
「いらん。ワシらは褒美が欲しくて造ったわけではない。ただ、自分たちが造りたいと思ったから造っただけだ」
「お前たちのそういうところは嫌いではないが……ここで褒美をやらねば俺様の威厳が落ちてしまうだろう」
「元よりそんなものはないと思うが」
堅物だと思っていたが、モリスも面白い冗談を言えるようだ。
と、エルリードがいつも以上に偉ぶった態度で会話に割り込んできた。
「カオス様の威厳云々は置いといて……もらえるものはもらうべきよ。大体、格好つけていらないとか言ってるけど、そのもじゃ髭で台無しだから。ぷっ」
「ふんっ、巻きグソみたいな頭をした女には言われたくないわ」
「あぁ!? いまなんて言ったの髭ジジイ!」
途端に青筋を立てたエルリードが鎖を出しはじめた。
このままではモリスを潰しかねないのでとっさに影を動かして縛りつけた。「なにするのよ、放して!」ともがくエルリードをよそに、カオスはモリスへと再び問いかける。
「遠慮する必要はないぞ」
「……なんでも構わんのだな」
「もちろん、俺様に実現可能なことに限るがな」
そう伝えると、モリスが思案するように少し俯いた。やがて決意が固まったのか、再び顔を上げたが、その目は先ほどとは打って変わって爛々と輝いていた。
「酒が飲みたい……それも浴びるほどの、たくさんの酒だ」




