◆第十七話『偽りの剣』
迷宮の最奥、支配者の間にて。
リエラは奥の壁面に埋め込まれた《迷宮核》に剣を刺し込んだ。
ガシャンと虚しく反響する破砕音。
ひと気がほとんどないからか、余計に大きく聞こえた。
「これでこの迷宮は攻略したということですよね」
後ろからそう訊いてきたのはクフィだ。
リエラは「はい」と応じながら、剣を引き抜いて振り返る。
「逃げられる前に破壊できればよかったのですが」
「魔人たちが転移できなくなるんでしたっけ」
「完全に使えなくなるわけではないようです。とはいえ、瞬時に逃げることは出来なくなるようですが」
結局、迷宮を造るのは魔人だ。
その魔人を倒さなければ、いくら迷宮を攻略したところで意味はない。おかげで勝利した気がまるでしなかった。
「いずれにせよ、ここに長居しても意味はありません。急いで戻りましょう」
「そうですね。敵の話が本当だったら……」
都市が魔物に蹂躙される光景でも想像したのか。
クフィがわずかに俯きながら神妙な面持ちをみせた。
ただ、そんな彼女にかける言葉が見つからなかった。
リエラは入口に向かって静かに歩き出す。
やがてクフィのそばを通り過ぎて少ししたときだった。
背後から「あ、あのっ……!」と勇気を振り絞ったような声が飛んできた。
何事かと振り返ると、クフィに目をそらされた。
なにを言いたかったのかと催促するように首を傾げる。
と、ようやくクフィが意を決したように口を開いた。
「ど、どのように戻りますか?」
「……決まっています」
リエラは再び入口へ向けて歩を進めた。
いまや広間は2人きりとなって音がよく響く。
そう声を張る必要もない、と零すように答えた。
「馬です」
◆◆◆◆◆
「そんな……」
「あのとき、すでにクアルデンは落とされていたのでしょう」
リエラはクフィとともに息を呑んだ。
つい先ほど商業都市クアルデンに帰還したのだが……。
見るも無残な姿に変わり果てていた。
おそらくあの巨人に破壊されたのだろう。
外壁が巨大な槌で殴られたように壊れていた。
都市内の建物も無事なものはほとんどない。
ひと気もなく、まさに廃墟といった様子だ。
「ですが、都市にも少なくない守備隊がいたはずです」
「それを上回る戦力で攻められたのでしょう。それに敵の進路を見てください」
都市からほど近い地面にあけられた1つの大穴。
おそらく魔物が出現した地点と思われるが……。
荒れた地面や破壊された壁。
都市内でも損壊の激しい建物。
それらを繋ぐことで敵の進路を容易に掴めた。
そしてその進路の先にあるものは──。
「……一直線に聖庭館を目指しています」
「おそらく敵はなんらかの方法で都市内の建物や守備隊の配置を事前に調べていたのでしょう」
「じゃあ、遠征軍が戻ったときにはすでに」
「彼らが戦った痕跡はありませんから、おそらくヴィフェレスで復活しているかと」
──神聖都市ヴィフェレス。
ルヴィエント王国が有する3つの《聖石》のうち1つが置かれている都市だ。
《聖片》が仮に破壊された場合、その《聖片》と繋がっている《聖石》のもとに復活する。今回の場合、クアルデンで死んだ者は神聖都市ヴィフェレスにて復活する。
「すべて……罠だったということですか」
落胆するクフィに、リエラは無言で応じた。
迷宮を攻略する場合、これまでは攻めるだけでよかった。
魔人はただ迷宮を守っているだけだからだ。
しかしそれもクイランが落とされてから一変した。
魔人も都市を襲う。
それを知ってからは都市の守備にも数を割くようになった。だが、これまでの長いときによって形成された価値観を根本から変えられなかったようだ。
どこかしら油断があった。
そしてそれを突かれて今回の事態を招いた。
敵からの反撃がある。
たったそれだけでこうも戦いは難しくなるのか。
そんな〝当たり前〟のことを痛感していたときだった。
かすかな揺れを感じた。
反射的に剣を抜いた、そのとき。
すでにあいていた大穴の周辺にまたべつの大穴が現れた。
それも1つではなく、5つだ。
「あ、穴が……っ」
「クフィ、下がりなさい」
大穴から魔物が姿を現しはじめた。
骸骨戦士ばかりだが、途切れる様子がない。
あまりにもタイミングがよすぎる。
まるでこちらがクアルデンについた頃を見計らったかのような動きだ。……いや、実際にそうなのだろう。
カオスと名乗った魔人。
対峙したのは1度だけだが、そう思えるだけの意地の悪さを感じた。
と、クフィが剣を抜いて隣に並んできた。
「どうしますか? またあの魔人たちを痛めつけに──」
「下手に攻めてもまた逃げられる可能性が高いです」
「では……」
「いまは一旦引きましょう」
「は、はい!」
ともに馬へと飛び乗り、駆け出した。
どんどん小さくなっていく魔物たちの姿。
もう追いつかれる心配はなさそうだ。
自然とほっと息をついてしまう。
だが、体のこわばりを解くことはできなかった。
完全なる敗北だ。
商業都市クアルデンを落とされ、《聖片》も奪われた。
逆にこちらはなにも得ていない。
ただ、不思議と落胆はしていなかった。
いまはそれ以上に胸中を占めるものがあったからだ。
リエラは左手で手綱を握りながら軽く目を瞑った。
あいた右手で胸元を掴みながら、心の中で訴えるように呟く。
──わたくしはなにもおかしくない。おかしいのは……。
これにて【最後の王第二章】終了。
次回から【最後の王第三章】開始です。
いつもありがとうございます。お知らせですが、明日から少し長めのサブタイトルを試験的につけさせて頂きます。簡素なタイトルが好きなのですが、あまりにもタイトルクリック数が少ないので……どうかご容赦ください。




