◆第十六話『逆転の一手』
「そうかそうか! ついに始まったか!」
玉座から前のめりになって大声で確認する。
その瞬間、敵がざわつきはじめた。
だが、グウェルは構わずに報告を続ける。
「愚指の巨人による外壁破壊まで見届けてきやした。現在は都市内に魔物を送り込んでいるところっす。おそらく落とすまでそう時間はかからないかと」
「うむ、ご苦労であった。帰って酒でも飲むといい。あ、いや。そもそもいま酒はあるのか? ん~む、褒美がないのは問題だ。次の浮上区域も考えねばならんな」
滅亡寸前まで来ていた魔界だ。
仕方なくはあるが、やはり娯楽は必要だ。
などと考えながら、カオスは今後の魔界の復興順について思案しはじめる。
「あ、あの……リエラ様。あの赤角、さっきクアルデンを攻めてるって……」
「わたくしもそう聞こえました」
クフィとリエラが険しい顔でそう確認し合っていた。
その内容を聞き取った瞬間、カオスはにやりと笑った。
「おお、聞こえてしまったか! ああ、なんということか。秘密の作戦が漏れてしまうとは……俺様としたことがなんたる失態っ!」
頭を抱えて悔いるように叫ぶ。
ただ、あまりにわざとらしかったからか、凍りついたままのヴィルシャから「……絶対にわざとだろ」と突っ込まれてしまった。
たしかに演技が下手だったのは否めない。
だが、敵にとってそれは大した問題ではない。
重要なのは〝本当にクアルデンが攻められているのか〟だ。
予想通り敵軍内には大きな動揺が走っていた。
「気になるなら戻るといい。なにしろお前たちは死ねばすぐに戻れるのだからな。さあ、舌を噛むなり互いに首を刎ねるなりして死んでみよ」
カオスは催促するようにそう言い放った。
だが、敵の多くは顔を見合わせるのみで行動には出ない。最終的には敵指揮官であるベイオーンに視線が集まり、判断を仰ぐ形となっていた。
当のベイオーンはいきなり重大な決断を迫られてか。
両手に拳を作りながら、わなわなと身を震わしている。
「奴らは迷宮から出て都市を落としたことがある。また同じことをしたとしても不思議ではないが……っ」
「こちらの戦力を分断させる狙いかもしれません」
そう冷静な声で意見したのはリエラだ。
ベイオーンが縋るような目を向けながらぽつりとこぼす。
「つまり嘘である、と?」
「断定はできません。ただ、その可能性があるのではと」
ベイオーンが体の力みをわずかに解いて「た、たしかに」と頷いた。
どうやら敵は〝陽動〟や〝罠〟といった風に捉えたようだ。
それはそれで面白いが……。
「疑問に思わなかったのか? こんなにも簡単に最奥まで辿りつけたことを」
「そ、それは我が爆突連兵隊の力で圧倒したまでのこと!」
「たしかに狭い通路内でのお前たちは厄介だ。おかげで〝もっとも弱い〟骸骨戦士を幾体も無駄にしてしまったぞ」
こちらには大した被害がないことを強調したからだろう。
ベイオーンが歯ぎしりをして悔しがっていた。
だが、それも眼前に迫る問題の前では些末なものだったらしい。
「もし本当にクアルデンが攻められていたら……いや、あんな都市はどうでもいい。大事なのは《聖片》だ。あれを奪われたら、わたしの立場が……っ」
ベイオーンの思考はすでに自己保身へと走っていた。
そんな彼の心情を察してか、リエラが諭すように話しかける。
「お待ちください、ベイオーン卿。ここは冷静な判断を──」
「黙れ、小娘が!」
ベイオーンが眼を血走らせながら言い放った。
クフィが「リエラ様になんて口の利き方を!」と声をあげる。
だが、それも追い詰められたベイオーンの耳には届かなかったらしい。
「わたしにはただの1度も失敗が許されんのだ! なんの不自由もなくぬくぬくと育ってきたお前と違ってな!」
その言葉がどれだけ響いたのかはわからない。
ただ、リエラはそれ以降、異を唱えることをしなくなった。
「全部隊に告げる! いますぐに自決しろ! 方法は問わない! すぐに、すぐにだ!」
ベイオーンが意を決したように声を張り上げた。
互いの顔を見合う敵兵たち。
だが、死ぬことを躊躇っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。彼らはどのように死ぬかを悩んでいたらしい。
1人が短剣で自らの首をかっきった。
途端、ほかの兵たちもそれに倣って次々に死んでいく。
残ったベイオーンもまた自らの首に短剣を添える。
「リィンズ殿、先ほど言いましたな。敵の発言は嘘かもしれない、と。仮に都市が落とされていた場合は……」
その言葉を最後に、ベイオーンは倒れた。
大方、リエラに止められて遅れた、などと言い訳でもするつもりだろう。
どこまでも自分の身が可愛い人間のようだ。
嫌いではないが、彼の仲間たちにとっては最悪極まりないだろう。
「ふはは、バカな男だ。自爆するしか脳のない奴が戻ったところでなにができる。都市でも壊す気か?」
残ったのはリエラとクフィのみ。
2人は揃ってこちらに剣を向けたままだ。
しかし、いずれからも迷いがありありと伝わってくる。
「どうした、お前たちは戻らないのか? いますぐに戻ればもしかしたら間に合うかもしれんぞ?」
「リ、リエラ様、どうしますか?」
そうクフィに問いかけられたリエラだが、一向に口を開かない。下唇を噛んで剣を握る手により強い力を込めている。
こういった局面でも実をとる冷酷な人間だと思っていたが……。
思いのほか決断が遅い。
彼女の評価を見誤っていたか。
いや、違う。これは……。
カオスは目を細めた。
見据える先はただひとつ。
リエラの胸の奥底──感情の眠る場所だ。
「もしや……死ぬのが怖いのか?」
「そんなことはっ! ……ありません」
その声は支配者の間によく響いた。
瞬間、カオスは胸中を巡る充足感に震えそうになった。
かつて、ここまで口が緩んだことがあっただろうか。
「お前たちの国では守護者は尊ばれる存在なのであろう? 誰よりも強くあらねばならんのだろう? そんな奴が死ぬのが怖いというのか。また蘇るというのに……死ぬのが怖いと!」
「ですから! そんなことは断じてありません……!」
先ほどよりも強い声が返ってきた。
鋭い眼光もおまけつきだ。
ただ、揺れているせいで迫力はいっさいない。
「リ、リエラ様……?」
クフィが見るからに動揺していた。
出会ってから短いが、リエラが普段から感情をあまり表に出さない人間であることは容易に想像がつく。おそらくはそんな人物がいきなり狼狽したことに、クフィも驚いているのだろう。
「もし都市が襲われていたとしても、すべてはあなたの手によるものなのでしょう。であれば、ここであなたを討つことが最善であると判断したまでです」
言って、リエラが剣を握る手に力を込めた。
さすがと言うべきか、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
ただ、それも表面上と言ったところか。
その目は意図的にクフィを外している。
いや、クフィだけではないか。
「ふむ、たしかにここで俺様を討てば今後地上が侵略されることはないだろう。敵ながら素晴らしい判断だ。だが、とても非情だ。……ああ、俺様には聞こえるぞ! 人間たちの悲鳴がっ!」
カオスは両手を広げながら高々と言い放った。
もちろん嘘だ。
しかし、いまのリエラには充分に効果があったらしい。
無造作に剣を振るい、氷の斬撃を放ってきた。
まともに受ければヴィルシャのように凍えてしまう。
だが、門から飛び出してきた大量の骸骨戦士が氷の斬撃を防ぐように壁となった。敵の混乱中に再び召喚する準備を整えていたが、上手くいったようだ。
ただ、氷の斬撃を受けた骸骨戦士はたった1撃で消滅していた。
まとめて30体ほどが犠牲となっただろうか。
まだ残りはいるが、そう長くはもちそうにない。
「ふむ、そろそろ頃合いか」
数体の骸骨戦士をヴィルシャとエルリードの救出に向かわせていた。
気づいたクフィが救出部隊を殲滅せんと向かってくるが、これもまたべつの骸骨戦士が行く手を阻んだ。接近した骸骨戦士から順に破壊されるが、なんとか数で凌いでいる。
その間に救出も完了。
カオスは骸骨戦士たちからヴィルシャとエルリードを受け取り、両脇に抱えた。
2人とも完全に脱力した状態とあってかなり重い。
惨めな姿を見られてか、ヴィルシャが「くそっ」とこぼしていた。耳がいいのではっきりと聞こえてしまったが、今回ばかりは流すことにした。
「逃げる気ですか……!?」
転移魔法を発動せんとしたとき、リエラの声が飛んできた。
もはや仕留められないと悟ってか、攻撃の手を止めている。
おかげでその胸中を再びはっきりと覗くことができた。
何度見ても極上に美しい〝感情〟だ。
「いまお前と戦っても勝てる気がせんからな。それにまた相対することもあるだろう。そのときまでしばしお別れだ」
カオスは混沌花を応用した影を足元から伸ばし、リエラの前で浮き上がらせた。自らの肉体を模倣したそれをもって醜悪な笑みとともに囁くように告げる。
「──ではな。可愛い可愛い人間。リエラ・リィンズよ」
明日の更新は19時頃予定です。




