第三十八話 回避不能
(なんで仁也の名前を……まだ世界会議で公表してないのに。現状知っているのは王政関係者や当人とその関係者である僕たちか、あるいは外部で唯一……グロマしか知らない。どう判断すればいい?)
より一層に増す緊迫した状況。突如、浮上してきた疑惑。
妖艶な女の正体を根拠づける判断材料に、ジークは頭を悩ませた。
容姿、態度、所持品、衣服、言動。
(……ん? そういえば、まだ互いに名乗ってない……それによく考えてみれば、明らかに仁也を探してる質問だ。遠回しでもなければ、欲が出た直球。だとしたら簡単に絞れる。ただ、グロマの行動次第で一般人に広がってることを片隅に置かなきゃいけないけど。それを一旦除外するなら、少なくとも当人でもなければその関係である僕たちも、この女の人は知らない。王政関係者においては全員の顔が覚えられるほど少人数じゃないけど、少なくとも緊急クエストに赴くような人は一人も知らないし、冒険者という専門職がいる。名乗るということに関しては基本的に敵意がなければ名乗るはず。だから現状、最も該当する立場と僕なりに考えられるのは、《グロマ》しかない。それにグロマだって僕たちのことを全員知っている)
「あら、お答えしていただけないのでしょうか?」
と、思考を巡らせ推理していくジークに異変を感じたのか。少し目を鋭くして終始、穏やかな口調だが語気が強まったまま。
緊急クエストで時間に追われるジークにとって、この状況は痛手となりうる。
雷雲が空のほとんどを覆い、太陽の姿はない。時間を知る術がなければ、港町チックまで出発地点よりかは明らかに距離は短く、近辺といえるような地点に彼らはいる。
「そうですね……」
ジークは視線を下へ外して考え込み、唸りながら時折、別方向に顔を傾けて発言の権利を握ったまま遅延させる。
その間、彼は言葉を探す。
この状況から逃れられる最も適切な言葉。
彼はしばし探し続けるが、ジークは中々口を開かないでいた。
だが、回答の時間をそう長く遅延させられるような相手ではないと、ジーク自身わかっていたゆえ、意を決するように唇を噛んだ後、外した視線を戻して再び対面する。
「心当たり、ありますか?」
「……はい。ですが、心残りもあります」
「心残り……?」
「はい。ここへ来る前に仁也たちと竜ドラゴンの討伐にあたっていたのですが、彼は命を落としました」
「死んだ……?!」
女の妖艶な雰囲気は崩壊し、焦りが表情に露わになった。
だが、それは一瞬のこと。
殺意を孕み血気で満ちたような目と表情で、彼女の人格は急変した。
「フッ、馬鹿め。なぜそのような嘘をつく。まあ、アンタはこの国の王子だし私ら愚民とは違い、英才教育でさぞかし頭がいいんでしょうねぇ! だが、あたしらは騙されないよ。吐くほど聞いてきたからな。虚言の限りを……だからそんな嘘――」
と言って手元に魔法陣を展開させ、無口頭でなんらかの無属性魔法を使用。展開した魔法陣を縮小させ、耳と同等の大きさまで小さくさせた。
そして再びた無口頭で新たな無属性魔法を発動させると、しばらく黙り込んだまま。
やがて貧乏ゆすりが加速すると、やがて荒い気性で呼びかけるように怒鳴り始めた。
その状況に理解が追いつかないジークは、唖然としつつも引いていた。
そして「なんで出ないんだよ!」などとひたすら怒鳴り続けて少し経つと、面食らった表情になって耳元から手を離した。
「応答がない……共有している唯一の連絡手段が……チッ。あの二人は遮断した挙句、身勝手極まりない行動をしたアイツは繋げたまま死んだか……あぁもう、ホントにッ! これだから男は嫌いなんだよ! 威張って人を見下すだけの男は!」
ジークの目など知ったことことかと言わんばかりに、心底に溜め込んでいたと思われる負の感情を爆発させ、愚痴を吐き散らした。
少しばかり次々とこぼれ出る愚痴は止まらなかったが、ようやく収まったかと思えば彼女のおぞましい目がジークへ向いた。
「おい、一つ訊く。念のために確認だ。お前の発言に嘘偽りはないか?」
「なっ、いや……」
「どうなんだ! ジーク・ルーメン!」
「はっ……!」
(間違いない……国民でもなければ立場を弁えない。別に威張りたいわけじゃないけど、そもそも互いに初対面で名乗ってすらないのに名を知っている。もう確信した。無理だ。どう立ち回っても戦闘は回避不能。話し合い程度で済ませてくれる相手じゃない)
確信を得たジークは女の問いかけに行動で示すように、収納魔法を発動。愛剣ファルシオンを抜剣した状態で、収納魔法を解除して構えた。
切っ先を女へ向け、覚悟の決まった顔で視線を外さない。
「――……そう。嘘だったってことね。自分で言っておきながら行動で自白するとは……一切考えず先走る馬鹿のやる所業だよ! お前の仲間はさぞかし迷惑してることでしょうね!」
「確かに僕は迷惑かもしれない! あなたの言う英才教育を受けていても……所詮、人格は別。僕という中身はどうせ、先走る独りよがりな馬鹿だ!」
「フフフ……自覚があるならよし。ここから先は行かせはしない。それに、お前を傷つければアオハラジンヤをおびき寄せることができるかもしれない!」
狂気に満ちた女は叫び声を上げると、急速に空気中の魔力を杖に取り付けられた青紫色の球体が吸収。
球体を彩る金色の装飾は、途端に渾天儀のように球体を囲んで回り始めた。
それに合わせ女は杖を構えて、球体のある先端に魔法陣が展開する。
女は高笑いをしながら展開した魔法陣で魔法を発動した。
「【火魔法・発動 ファイヤント】」
純白だった魔法陣は紅色に染まり、自由自在に空中を飛行する火球が無数に発射され、わずかな飛距離で着弾した。
火球はそれを引き金に着弾地点で火が燃え広がると、火はラグビーボールほどの巨大なアリへ変貌。燃え盛る紅い火で形成された身体は、触れた地面を焦がしていく。
やがて、ジークを標的とみなしたであろう火の巨大アリは跳びかかって突撃を開始した。
彼は優花の傍では危険と判断したようで、優花と戦闘場所で距離を取れるように後退。
跳びかかってくるアリの攻撃を回避しつつ防御するが、数の暴力によって防戦一方。
そんな中でジークは一言呟いた。
「【魔力探知】」
空気中にある魔力やその流れから、存在や位置、事象、能力詳細など欲する情報のみを透過させるようにして発動者であるジークの脳内にすべての情報が映し出される。
捕食者のように群がって再び襲うアリに嫌悪の表情で対応し、決死の防御で攻撃を受け流した。
が、その直後。
「私を、忘れたの?」
「なっ……!」
ジークが戦闘で視野が狭くなった状況に乗じて、背後という死角から近距離まで忍び寄ってきた女。
手に持っている球体のついた杖を振り上げて、杖とジークの前方に紅色の魔法陣が一瞬にして同時展開。新たに魔法を発動させる。
「【火魔法・発動 ファイヤントウォール】」
「【火魔法・発動 ファイヤント】」
その展開速度に驚愕するジークをよそに、紅色の魔法陣から人間二人分ほどの巨大アリが紅く悠々とした姿でジークの前方に出現した。
加えて、再度発動させた火魔法の魔法陣から無数の火球が飛び、ラグビーボールほどの火を纏うアリが状況悪化に拍車をかける。
ジークは圧倒的な数とそれが成す展開力を前に、その場で取り囲まれて行動は制限された。
振り向けば死角である背中したはずの声の主はおらず、ひたすら女の姿を探し始めた。
遮蔽物の少ないこの平原で周囲を見渡すが、その姿を視認できない。
が、消去法でジークが頭上を見上げると、杖を向けて空中から垂直落下する女の姿があった。
「ボム!」
その刹那、女の一声とともにジークの周囲にいた火の巨大アリは突如として膨張し――
轟音とともに爆発した。




