第三十五話 弱すぎて弱すぎて
スライドした装甲のすべては第一関節を折れ目として瞬間的に垂直状態へ移行。装甲の裏側が姿を見せた。
先端付近の裏側には、澄んだ空のように青く透き通る小さい半円球形の宝石のようなものが取り付けられ、それ以外は黒の亀甲模様が占めていた。
そして防御が疎かになった指は、装甲が垂直になってグローブの第一関節部分にある薄く細長く開いた箇所が現れたことで、新たに装甲が飛び出して防御力を取り戻した。
「【複数同時 邪属・強拳】」
青紫に着色した波紋のような振動波が、拳と半円球形の宝石すべてから放たれ続けている。
詳細のわからない能力に気を取られ受け止めた拳とは別にもう片方の拳が、正面から流星の如く青紫の魔力を纏って俺を捉えた。
「……んッ!」
殴打。
顔面中央に容赦なく打ちつけられた。
その一瞬、俺の全身が振動して後方に吹き飛ばされた。同時に意識が飛んだ俺だが、辛うじてすぐに戻ってきた。
使用していたすべての魔法が、意識を失ったせいか解除されている。
目まぐるしく視界は回転して、思うように身動きが取れないまま延々と吹き飛ばされ続ける。
少しすれば背後から突然衝撃が伝わってそのまま吐血。周囲に大量の土砂が空中で柱を作って舞い上がる。
土があるということは、このわずかな時間で俺は上空から地上へ叩き落とされたようだ。
未だに拳撃の効力に翻弄され続けている俺の身体は、この現状を抜け出せずにいる。まるでだれかに掴まれながら引きずられているようだ。
吹き飛ばされた俺の身体は失速しないものの、なんとか状況把握ができるほど余裕が生まれてきた。
が、それも束の間となった。
突如、俺の側頭部に衝撃が起きた。
さらに起点となって全身に起き始めた。まるで殴られているかのようだ。
「衝撃波? がはっ……うぅっ……!」
絶えない、止まらない。
そんな中でうっすらとした視界で微かに映ったのは、空気中で俺を囲むようにして次々と絶えず現れる青紫の波紋。俺へ衝撃波を放っている。
そのたびに俺は、うめき声を上げては耐え凌いだ。
わけがわかないが、青紫の波紋となれば原因はデットの能力。
俺は、この終わりのない影響下から逃れるため、潜在能力の身体強化と浮遊可能となる風魔法を瞬時に発動させて抵抗開始。
その間も衝撃波は止まらない。
力を総動員して足掻く俺にとって、多方向から襲う衝撃波は今や蚊帳の外。
最初は地に足が触れないほど攻撃の威力に翻弄されるも、ある程度の抵抗力を身につけた俺は足を地面に突いてブレーキに。
唸り声を上げて耐え続け、なんとか俺の身体は静止すると空気中にあった青紫の波紋は消失していた。
一瞬にして訪れた安堵が、力んだ全身を脱力させて地に崩れ落ちた。
足裏に展開する魔法陣は消滅して風魔法を解除。えぐれた地面を背もたれにして座り、視界に映る先を眺めた。
空模様が怪しかったはずの空は、気付けば徐々に太陽の眩い光芒が地上に差し込んでいた。
それも日の入りに近づいているのか、少し橙色がかった色をしていた。
そして、視線を地上に移せば俺の引きずられた後が延々と遠く続いている。
異様な光景だ。
「ちくしょう……俺は力を与えられてなお、弱い。これなら勝てるんじゃないかって。でも俺が弱すぎて弱すぎて。これじゃあ、ただ優花を逃すことしかできない、守れない……」
ペンダントの力、パンテラからもらった力。二つが弱いわけじゃない。
おそらく本気じゃなかったレアスにだけでも、なんとか一勝してる。ある程度の力はある。
でも、青紫のわけのわからない魔力が登場してから一切歯が立たない。
まるで別次元。
最後、俺にもその魔力が発現するようになっても、結局基礎的な身体能力が劣ってこのざま。
それにこの力も、まだちゃんと使いこなせていないんだろう。
「にしても、あの一撃で全身血だらけで地上に着くなんて思ってもみなかった……」
パンテラが極神剣の特異能力を一日一度と限定した理由がこれとは。
要するに俺は力を与えられただけ。この生半可な身体が耐えられるほど容易くはなかった。
でも、ここで弱音ばかりを吐いていても状況は変わらない。一撃の勝負で負けた以上、デットを納得することはできない。
もう強行突破しかない。
俺は弱音を吐く自分にそう言い聞かせて、無理やりにでも立ち上がらせた。
足元が若干おぼつかないが、なんとか身体を支えられる体勢を確立した。
それと同時にデットが浮遊しながら接近してきた。
思わず反射的に身構えしてしまったが、デットの手元がふと見えると装着していたグローブはなく、素肌が見えていた。
「痛いか?」
「あぁ……で、俺に残された選択は?」
「ん? なにを言ってる?」
「は? だってお前『俺を倒すか、納得させるか』って言ったじゃないか。それも一撃の勝負で」
嚙み合わない話が延々続くのかとも思ったが、デットの表情は和らいだ。
「なんだその話か。なら、俺はもう納得した」
「どうやって納得できる要素を見つけられる?」
「そんなの、いくらでもあるさ。そもそも《倒す》ってのは高望み。挙句、殺されるなんて不本意だから余計にだ。大体、俺に勝てる日はいつくるんだろうって話だ。数年、十年……まあ、いつになるかなんてお前次第だがテキトーに五千年後とかじゃね?」
「五千年後……死んでるわ!」
「ケッ、アホか。それでも神の眷属のお前は百年以上は確実に生きるっての」
「え?」
「知らなかったのか? まあ、それほど長命で力に恵まれた野郎なんだよ。神の眷属ってのは」
まだデットやグロマに関しては釈然としないけど、妙に違和感がある。変に協力的だし言動がどこか差異がある気がする。レアスとかの幹部とは。
「で、気になってるんだけど納得した点って?」
「聞きたいか? まあ、別に力を蓄えてくれたほうが俺にとってもグロマにとっても利点だから、なんの問題もないけどな」
違和感を抱えつつも互いに有益だという情報共有。デットは妙に協力的な態度だったが問い詰めずに黙って話を聞けることになった。
「まず一つ。お前の足枷になってるのは基礎的な身体能力はもちろんのこと、魔力性能の向上と維持。加えて今使っているその力を知り、使いこなすことだ。アオハラジンヤ」
「ペンダントの力……」
「まあ、敵という俺に指南してもらうのはお前にとって悔しいかもしんねえが、お前をよく知に寄せるなら仲間も、だろうけど……それを踏まえてなお、俺が納得したのは最大にしてただ一つ。さっき言った魔力性能が、一段階上がったからだ」
「あの青紫か?」
「あぁ。ただ、あくまで上がっただけで決して能力が飛躍して向上したわけでもない。それもあの一瞬。感覚を掴めたかは知らないし俺はそれを知る必要性はないし、その程度としか思わないが納得はできた。成長していれば上々ってとこだ」
と、デットは淡々と話すがよく考えてみれば、俺の成長は相手にとって思う壺。
正直「俺が強くならなければいいじゃね?」とか思ったが、軽率だ。
相手はグロマ。考えが生温いにもほどがある。
手の平で転がされるのは不本意だけど、その想定を上回る努力や経験を積み重ねる必要がありそうだ。
「ま、俺の話は以上だ。とっと行けよ。俺はもうお前に危害は加えない。信用も信頼もあるはずがないのはわかってるが……」
と言って立ちはだかるのをやめ、両手を上げて右へ寄った。
「――この通りだ」
「……いいのか?」
「あぁ、言ったろ? 俺は幹部とは違う。ただ、勘違いはしないでもらいたい。俺とお前の立場は互いに敵同士だ。ライバルとかそんな生温い関係じゃない。そしていずれ――殺し合う関係になる。そのときまで――お前はどうあるかな。弱いのか強いのか」
そう言って横目で俺に話した。
「早く行っちまえ。俺が心変わりする前に」
「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらう。次は殺し合う関係にあるんだったらそのときは、必ず殺されないし殺す隙なんて与えさせないくらい強くなる」
俺はそう言い残して視界からデットを外し、再度風魔法を発動。
即座に地面を蹴って浮遊、そのままこの場を飛び去った。
言葉通り、その瞬間は攻撃する素振りの一つも見せず、空気中の魔力の流れに異変は感じられなかった。
そして、手に持っていた剣はひと段落したこの様子を理解したように、剣からペンダントへと戻って紐も生成し、首にぶら下がった。
俺はすぐさま服の中へ隠して、優花たちに遅れて港町チックへと向かう。
全員それぞれ、無事であることを祈って。




