第三十四話 自分の力
「仁也。二つ、この場で伝えたいことがあるの」
穏やかでふんわりとした笑顔を浮かべ、スタイル抜群の身体には白の巨大な布が巻かれている。
また会えた。幻のようで幻じゃない、母さんに。
どこか子供っぽい自分には嫌になるが、会えるだけで目頭が熱くなるんだ。
「伝えたい、ことって?」
俺はこぼれる涙を拭いながら素直な疑問を伝えた。
「仁也も知ってる通り。このペンダントには不思議な力がある」
「うん。ペンダントが剣に化けて見知らぬ力が使えるようになって、他人の過去や記憶が見えたり――」
と、話していると母さんは両手を俺の肩にポンっと乗せて改まった様子になって口を開いた。
「仁也。落ち着いて聞いてほしいんだけどね……私たちは、あなたの言う『元いた世界』じゃなくて、この世界ので生きたの。そのペンダントは私が長年、肌身離さず仁也と同じように首にぶら下げてたのよ。だから、ここがあなたの帰るべき場所なの。まあ、正確にはここじゃないんだけどね。それでも、この世界で生きたことは事実よ」
「――……そう、なんだ……」
とても複雑だった。
俺は果たして転生したと言えるのだろうか。でも事実上、死んだのは元いた世界。いや、この場合は『元』ではなく前。
帰還でもあり、これは転生だ。この世界にいた生前、母さんはどう過ごしていたのだろう。どんな人生だったのだろう。
そう思うと、前いた世界で死んだ母さんはきっと悔しく悲しいはずだ。理由は知らないけど、この世界は魔法があれば神も存在する世界。
人知を超えた出来事が起きたんだ。母さんからすれば理不尽でしかないはずだ。
そのせいで、前いた世界に来てしまった。その挙句、なんらかの手段でやってきたであろうグロマに殺された――
と、悲痛が心の蝕むようで涙が止まらなくなった矢先、ふと疑問が頭に浮かんだ。
俺は母さんが肩から手を離したところで疑問を口にした。
「母さん。俺がこの世界で生きたっていうんだったら、父さんももしかして……」
俺の父さんも、もしかしたらこの世界のひとなのかもしれない。
「……消えた」
「消えた?」
予想の斜め上をいく回答。問わずにはいられなかった。
「私も、なんなのかはわらかない。真っ白で、壁がなくて、無限に広がっている空虚な場所で、彼を見たのが最後だった。視界はごくわずかで、口だけが見えてた。口角をゆっくりと上げて、笑っているようだった……――ごめんね。あまりにも抽象的にしか覚えてなくて」
「いや、それだけで十分だよ」
「それに、この記憶はずっとこのままだったの。いくら時が流れようとも眩い光が差し込んだように、口より上は見れなかった。何度も私の夢に出てきたんだけどね」
「そうなんだ……不思議だね」
と、呟きながら俺は襟に手を入れ、ふら下げているペンダントを外へ出した。
ペンダントはほんわかと光っている。
「そうね。こうして話せるのもこの不思議なペンダントのおかげ。このペンダントのすべてを、私は知らない。けど、これが唯一、私と仁也を繋いでくれるこの世でたった一つの特別なペンダント……――大事にしてね」
「うん。ありがとう」
「仁也――」
「どうしたの?」
「最後に一つ……いい?」
「うん。そりゃあ、伝えたいことは二つあるって言ってたし」
「じゃあ今、あなたが置かれている状況。切り抜けられる?」
母さんから出たその言葉は予想外だった。でも、気遣う心を感じた。
俺は正直に答えることにする。
「正直言って、相手は格上。自分は弱いんだってハッキリとわかって……自分は今どれほどなのか、それがようやくわかった。だからこそ、今の俺は勝てないってわかる」
決して悲しまず、謝らまらず、ただ素直に言葉を口にした俺を、母さんはどう思うのだろうか。
怒るのか、悲しむのか、予想外の感情があるのか。
返事のない限りは正確にはわからないけど、どんな反応されても受け入れることにしよう。
「そう……――だったら、ペンダントを使って。決して躊躇せず」
「え?」
本当に予想外で驚愕だ。
密かに秘めた思いですら見透かされてるようだ。
「それは、あなたの力でもあり家族の力。確かに私が大事にしてきたものだけど……今その力を持っているのは、使いたいのは、仁也でしょ? なら使いなさい、思う存分。その力で助けてあげて。あなたの前で困っている人のために。私にとって、それもあなたにとっての親孝行になる。私の思い出が詰まった大事な世界だから。お願いね」
吹っ切れていて、慣れていて。それがこの異世界に生きていたという証の一つなんだ。
でも、慣れているからこそ「逃げろ」とでも言うかもしれなかった。
そうだ。これから先、俺は親孝行ができるようにしていく。俺の意志はより芯が強くなれた。そんな気がする。
親孝行、助けを求めている人のためにも、目の前にいる人じゃなくても助けに行きたい。早く港町チックに向かわないと。
「母さん。ありがとう。俺、行くよ」
「こちらこそ、ありがとう。こんなに大きく、たくましく、育ってくれて。応援してるよ、頑張って」
俺は頷いて呟くように返事をした。
「あっ、それと最初の質問覚えてる?」
「確か……『愛する人のためにも?』だっけ?」
「答えが知りたいなぁ……お母さん」
「……愛する人か……正直、よくわからなくなっちゃった」
「うん。きっとそうだっと思ってた。あの人があなたの幼いころに死んで、でもって私も死んだ。で、仁也の知ってる母親は私じゃなく妹……」
「でも、これからだよ。降り立った新たな世界で見つければいい。そして時間を積み重ねて、母さんをより理解していけばいい、なんて思ってる」
「そう、安心した。本当に、立派に育ったね……ありがとう。仁也……またね」
その途端、母さんの背後の空間に光で満ち溢れた隙間が現れると、ひびが入り左右に広がって開かれた扉のようになった。
母さんは手を振り、徐々にその扉とともに俺の側から離れていく。
扉から放たれる眩い光は俺の視界を狭くするも、母さんの姿が見える限り俺は手を振って見送った。
そんな中、光の扉の向こうに見覚えのない黒髪の人物が背中を見せて立っていた。
そして、こちらを振り返れば、その姿は変貌した。
所々で渦を巻いて燃え上がる炎のようになった闇を纏う右半身、一方の左半身は背中に真っ二つにされてもなお輝く模様の入った光の輪があり、身体に星のように光輝する発行体を纏って全体的に黄色一色に染まっている。
だが、そのどちらとも首から上に纏うことはなかった。
その人物は人間としての輪郭は失い、右半身と左半身に纏う闇と光が辛うじて人間の原形を維持させている。
黒髪だった頭髪も徐々に色抜けて白髪となったけど、侵されずにいる顔は人間のまま引き締まった顔つきをしていた。
一言も発さない。
不思議な人物と視線が合うなり、穏やかに笑顔を見せた。
その瞬間、二人と光の扉は突如として閃光を放った
俺は反射的に目を閉じ、腕で覆って隠した。
少しばかり時間を空けて恐る恐る目の前を確認するも、もうあの二人の姿と光の扉もなく、世界の時間は今だ止まったままだった。
「生き続けてるのかな。このペンダントに……」
今だ光り続けるペンダント。
自分の意思でこれを使おうと思ったことはないし、実際に自分から進んで使うこともなかった。自分の力とは到底思えなかった。
あのとき、剣に化けたペンダントでレアスを斬り捨てたとき。薄々思っていた。
自分の力で解決したといえるのかどうか、と。
確かに母さんが言ってた通り躊躇が密かにあったと思う。
俺はあくまで自分で成し遂げたい。だれかに力を借りるのはいいけど、それを自分のものとはしない。例えるなら借りたものは自分のものにはしない。当然の話だ。
ただ与えられて自分の力だのと言いたくはない。
だけど母さんは、このペンダントの持つ不思議な力を家族の力、俺の力と言っていた。
与えられたような力じゃなく、元からある俺たち家族の力なんだって。
力の成り立ちとか真面目な話は今、曖昧だったとしてもどうでもいい。
今はただ、家族という繋がりを実感したこの瞬間にこそ、俺にとって価値がある。
助けたい、向かいたい、その思いのままに今の俺は行動しようと思う。
俺は収納魔法を発動させ、両手の剣を収納空間へ仕舞う。
そして、ほんわかと光るペンダントを握り締め、心に詰め込まれた思いの丈をひたすらに魔力とともに解放し、あの言葉を口にした。
「【ラクハト】」
ペンダントの放つ光は煌びやかな黄緑色になり、突発的に眩い閃光となってそのまま俺を包み込んだ。
レアスとの戦闘時にペンダントの力を使ったように、体温は急上昇し、途端に水蒸気が立った。
全身に激痛がじわじわとやってくる。
まだその痛みに慣れていない俺は、小さくうめき声を上げてしまったが、なるべき耐え抜いた。おそらく以前と同じように容姿も変わっている。
さらに、すぐさま右手を確認すると、ペンダントは柄から剣先へと高速で剣へと化けていた。
その瞬間、爆発的に俺のボルテージは急上昇し、疲労のすべてが文字通り吹き飛んだかのようだった。
身体は軽く、青紫色に光り輝き様変わりした魔力は、風のように俺の元へやってくる。それも、常に俺を介して空気中を移動している。
供給され続け、使わなくとも俺に影響はない。
そして、初めてこの力を使った俺には能力の決定権はなかったが、俺の意志に応えるかのように情報のすべてを脳内に刻み込むように俺へ受け渡された。
この止まった時間の間は、俺にも制限がかけられて上半身はなんとか動かせて魔力を扱えるけど、下半身は空中で固定されて自由な身動きはできない。
デットとの戦闘はまだ終わっていない。油断大敵だ。
俺は時間が再起するその瞬間に備え、拳撃を受け止めてしばらくした位置に構えた。
そんな中、俺の右手にあるペンダントから化けた宝石のように光り輝く剣は、今に至るまで光を放ち続けていたが、照明のように瞬間的に消えた。
その途端――構えていた剣に予想だにしないほどの重量がのしかかり、風魔法はその一瞬では魔力を供給されていないため時効が発生した。
それは――
「叩き落す――ッ!」
止まったすべてが動き出した確固たる証拠だった。
その瞬間的な変化に焦りはあったが、俺の周囲の魔力環境は比較できないほど段違いになっていた。本能で行えるといっても過言ではないほど反射的に魔力を空気中から吸収。
風魔法や剣、前々から発動させていた身体強化の潜在能力にも魔力を行き渡らせ、急上昇したボルテージとともに魔力の消費を激しくしていく。
身体強化は体力の強化にも繋がる。元々、神の眷属とあって基礎的な身体能力は高く、無茶しなければ問題ない。が、この力を使ったときのみ問題は浮上してこないだけで、通常時はまだ魔力の扱いへの経験値が足りていない。
きっとこの力は、未来の自分なのかもしれない。希望を抱きすぎかもしれないけど。
「うぅ……」
と思考を巡らせるが、ペンダントの不思議な力を解放して魔力の循環が強化されたはず。
だが、劣る基礎的な能力が足を引っ張っり、デットが対応して威力を上げた可能性もあって抗うのもやっとだ。じわじわとデットの力を体感する。
「なるほどな……ッ! 本来なら最初の一瞬で勝負が決まるとでも思ったが……力の解放の前兆だったのかァ……?」
「そんなことは知らない! あとでいくらでも知ることができる! ここを突破してしまえば!」
「強気だなぁ、より強気だ! それに青紫の魔力、お前も俺たちと同じ領域に踏み入ったということか。こちらとしては結果オーライ!」
興奮状態になりながらも狂気には染まらず、少し不敵な笑みを浮かべながら眼力だけで俺へ語りかけようとしていると思えるほど、デットは止まらなかった。
この一瞬、たった一瞬。俺は改めて自覚した。
自分の無力さを。
「もう結果は出た。この勝負、手っ取り早いほうがいいだろ? 決着つけるのは」
その瞬間、デットの両手に装着された戦闘用のグローブの指の形状に沿ったすべての装甲部分が、指先と同方向にスライドを始めた。
「【複数同時圧出装置 展開】」




