20◇思えば勝手な弟でした
会社の飲み会
☆☆☆
物心ついた時には傍に居た。一番古い記憶は七重の顔だと思う。当たり前と云えば当たり前だ。
家族で、双子で、生まれてから暫くは一緒の布団に寝かされていたのだから。
暫く……って便利な言葉だよね。
普通は日単位とか、精々数ヶ月じゃない?
数年ってどうよ?
私が初めての怪我をしたのは。
寝ぼけた弟に蹴り飛ばされて、ベッドから落ちたからなんだけど。
ベッドの柵ごと落ちた私は、それはそれはキレイに右腕を骨折してたそうですよ?私が左利きに成ったの……まさかその所為じゃ………。
弟は二卵性の癖に私と同じ顔をしている。それでも長じるに連れて、そんなに似てるとか云われなくなると思っていた。
男と女。
男女の別と云うものは、いっそ残酷なまでの差異がある……などと云われて期待していた幼少期が懐かしい。
中学時代、全く変わらず、同じように育つ美少女顔を見て、男女の別は一体いつ訪れるものかと切望した。
同じ顔だが、七重の方が大人しく従順そうに見える為か、男の子からの人気は高かった。見掛けだけで、中身は印象を大きく裏切る性格なのに、その性格を知れば却ってギャップにヤられたとかでまたモテていた。魔性の美少年とはこの事か!?
淡い初恋相手が七重に告白したときに叫んだ台詞は、中学卒業まで七重の二つ名として広まった。おかげで校外からも見学者が訪れて、七重はまたモテた。
「男からモテて何が嬉しいか!?」
七重は一度だけキレたが。
大抵は淡々としていた。
「実害が無ければそれで良い。」
スッパリ無視する七重のスルースキルは、主に美少女顔故に生まれた悲しいスキルなのである。七重は残念な事に男に欠片も興味は無かった。判りやすく巨乳好きだった。需要と供給が一致するならば、七重ほどのビッチは居ないことになっただろう。弟がビッチだったら恥ずかしくて外を歩けない。同じ顔で巨乳好きなのは微妙だが、弟がノーマルなのは倖いであると思った。
需要と供給の不一致は、しかし若いケダモノを呼び起こした。
倖いな事に。
七重は見掛けとは裏腹に、中身は怪獣だった。ケダモノたちは弱肉強食に敗れ去った。
時々、更なる変態を呼び覚ましはしたが、それもまたどうでも良いとばかりに七重は淡々としていた。
高校時代。
成長期っていつ迄だろうか?そんな事を考えた。七重は益々美少女だった。もちろん同じ顔なのだから私も美少女なのだが………やはり七重の方がよりモテた。
卒業を目前とする頃には、七重はすっかり諦めていた。
多分。
七重は永遠の美少女だと思う。
中身は怪獣だけど。
就職活動を開始しようとした私は、七重に引き摺られて旅に出た。ホテルくらいとってあるかと思いきや、見事な野宿。しかも自然に満ち溢れたジャングルだの、緑のみの字も見えない砂漠だの、自然も無いが科学も無い怪しげな街だのを連れ回された。
泣きそうだったが、泣いても始まらない。
正直云えば少し泣いたが、七重は私の泪などに頓着してくれない。
無理矢理連れ出して、連れ回しているのは七重なのに。七重は私を守ってさえくれなかった。
生きて帰れて良かった。
国に、自宅に、自室に着いて。
何度も思った。
感慨深かった。
そして倒れて入院した私を他所に、七重はさっさと就職した。何それズルい。
同じ物を食べて、同じ場所で、同じ生活リズムで暮らして。
私が過労と栄養失調に陥っても、無理矢理検査された七重は健康体だと太鼓判を押されただけだった。何それ。マジでズルい。
退院して。
取り敢えず思った。
絶対に七重と同じ会社には就職しないから。
そんな物悲しい思い出を語ると、尊敬する上司は。
「そうか。」
と。
一言溢して、そっと私の肩を宥めるように軽く叩いた。
そんなに震えて笑いを堪えるくらいなら。いっそ爆笑してくれませんか?
恨めしく見つめたら、視線を背けられた。
「ナナ……そこまで。」
幼なじみの元彼が、七重の暴挙が思った以上らしく呆然と呟いた。コイツと仲の良い高東や剣城主任も何やら感慨深そうである。
「だからか……。」
そう云ったきり、私を見つめて納得したように頷かれたが。
どういう意味だよ。
問い質したい気持ちになった。
ところで。
そんな怪獣七重を会社の飲み会で語ったのは、別に酔って思い出が溢れたからでは無い。
部長の妹さんが、七重の上司で結構七重を気に入ってくれているらしい。何かの拍子に顔を見れば、私と同じ顔だから血の繋がりは疑いようもない。
それで、質問されての答えである。
誰?と問われれば弟と一言で足りるが、どんな子?と問われたなら。
一言で語るには難しい。
まあ。
怪獣?とでも答えるしかなくて。
案の定上司の興味を惹いた訳である。
☆☆☆




