3.運命の舞踏会
十日後。洒落者で知られる、ウィンガム侯爵の開いた舞踏会。
会場内では、異国から招かれたサーカス団がとびきりの芸を披露し、妖精のような歌姫が耳に心地よい歌を奏でている。
用意された食事も、普段この国ではあまり使われないスパイスを使ったメニューや異国の酒が並び、客は多いに楽しんでいた。
「なんて豪華な舞踏会なの!」
ミリアは、新しい婚約者ポールと共に意気揚々と舞踏会に参加していた。新作のドレスを、仕立て屋に無理をいって作らせた甲斐があり、周囲の羨望の眼差しが自分に向けられていることが心地よい。
「ミリア、レモネードでもどうだい?」
「ありがとう、ポール。いただくわ」
差し出されたグラスを手に、ミリアはうっとりと傍らのポールを眺める。
ひょろりと背が高く、陽に焼けた肌に青い瞳と金の髪の美青年。所作や言葉遣いから上流階級出身であることは明らかなのに、わざと出自を伏せているところもミステリアスで素敵だ。ひょっとしたら外国の王子様だったりして? とミリアは夢想する。
「なんてね!」
さすがにそこまで高貴な身分ではおいそれと街を歩くことも許されないだろうから、きっと貴族の次男坊あたりが現実的なラインだろう、と考えていた。
ミリアは、改めて彼の腕を抱きしめる。
「ポール、向こうに挨拶に行きましょう」
「あー……もう少しここでゆっくりしないかい? 二人きりで」
そういって、ポールはパチンと音のなりそうなウインクをした。その気障な仕草にも、ミリアはポウ、としてしまう。
色が白くブルネットに緑の瞳のミリアとの見た目の相性も良く、長身の彼に傅かれる姫君のように周囲から見えていることに、彼女は大満足していた。
前の婚約者のエドワードは、容姿端麗でミリアのワガママを笑って許してくれるところはよかったが、身だしなみに頓着しないところが気に入らなかった。
連れて歩くならばやはり見目のいい男でなくては、ミリアの可愛らしさが半減してしまうではないか。
それに、ミリアよりも美しく賢く周囲の視線を集める、エドワードの義姉の存在が目障りだった。
「素敵な舞踏会ね」
「ああ……そうだ、庭に出ないか? ミリア」
ポールはグラスをテーブルに置くと、ミリアを庭に誘う。
美しい庭園にはたくさんのランタンが吊下げられていて、幻想的な雰囲気を演出されている。外へと続く大きな窓が開け放たれていて、室内からでもその様子がよく見えた。
「? まだ早いわ」
魅力的な誘いだったが、今はまだ舞踏会は始まったばかり。庭園にしけこんで、恋人同士の甘い時間を過ごすには早い時間だった。まだまだ、ここで注目と羨望を集めたい。
するとポールはちょっとはにかんで笑った。
「ああ、ごめん。つい、早く君と触れ合いたくて」
耳元で囁かれて、ミリアはくすくすと笑う。
これも、エドワード相手の時にはなかった刺激だ。真面目で紳士的なだけの彼は、ミリアをお姫様のように甘やかしたが、恋の情熱は一切感じられなかった。あまりに紳士的すぎるのだ。四年も婚約していて、キスのひとつもしていないなんてあり得ない。
政略婚約なので当然だが、年頃の娘なのだから恋人のように甘く扱われたいのは当たり前だ。
「……もっと縋ってくるなら、考えてあげないこともなかったのに」
「ん? なにか言った?」
「ううん、なんでもないの。踊りましょう、ポール」
ミリアは思わず口をついて出た言葉を誤魔化して、ポールをダンスフロアに誘った。
エドワードは服装に無頓着で真面目なだけの面白みのない男だったが、容姿端麗で家柄は良く気遣いが出来た。
ポールはちょっと自分勝手なところがあるから、エドワードが婚約破棄の際に縋ってきたら、どちらの男を選ぶか天秤にかけるつもりだったのだ。
だというのに、オリビアという邪魔が入ったのは、迷惑だった。でも、歌劇場でのあの嫌味な女の青ざめた顔は見物だった、と内心でほくそ笑む。
「それにしても、婚約破棄の時はあんなに饒舌だったのに、歌劇場ではすぐに黙っちゃって呆気なかったわね。幸せに溢れる私の方が、あの女より勝ってる証拠だわ」
今度こそポールにも聞こえないように小声で呟いて、思わずニヤリと表情に出して笑う。その後は、ポールのリードに従って、ミリアはワルツに身を委ねた。
それから三曲立て続けに踊って、ほどほどに注目を集めたミリアは、満足して一旦ダンスの輪から抜けた。その頃には舞踏会は盛り上がりに差し掛かっていて、皆踊りよりもあちこちでお喋りを楽しむ頃合いになっている。
「楽しかったわね、ポール」
「ああ、さぁミリア、もうそろそろ……」
ポールがきょろきょろしつつ、ミリアを再び庭へと誘う。
「なに言ってるのよ、今からあなたを皆に紹介しなきゃ!」
「え? いや、それは今度でいいんじゃないか……?」
何故かポールが焦った様子で、ミリアの腕を引いた。ミリアは、自分の美しさを見せびらかした次は、美形の新しい婚約者を周囲に自慢したかったのだ。
舞踏会は大いに盛況で、ミリアが視線を巡らせるとあちこちで有名な貴族の当主や令嬢たちが、優雅にお喋りに興じている。ぜひ、あそこに交じりたいものだ。
ふと見ると、招待客もあらかた揃った様子で、入り口で招待客を紹介する役目の使用人が招待客リストを閉じようとしている。
そこに遅れてやってきたのは、まるで絵画のように美しい男女だった。
一気に、そちらに注目が集まる。
「え……?」




