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砂漠の中の赤  作者:


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第二話:白いカップに浮かぶコーヒーは、月の上のクレーター

 

 なんだか胡散臭い笑顔を張り付けたような顔だと思いながら、メリアは店内に足を踏み入れた。


 目の前には、すべて白に統一された空間が広がっていた。思わず三分の一歩ほど後ずさりをしてしまう。そんな様子に気付いたのか、メリアを出迎えたカフェのマスターのような男(店内には彼しかいないのできっとそうなのだろう。)は、ふっと笑う。


 その男は異様に綺麗すぎた。髪は全てオールバックにし、ジェルで固め、教科書に書いたような笑顔を貼り付けている。着ているエプロンやシャツにはシミもシワもひとつだって無い。


全てが、とても正しい。そんな風にメリアは思った。その完璧さはカフェの真っ白な空間にまるでぴったりである。その静謐さに身の毛がよだつような思いがした時、星が降る音が聞こえた気がして、ふと天井を見上げた。玄関の天井には吹き抜け窓が付いており、そこから星明りがじんわりと落ちてきている。なんだかほっとしていると、羽のように軽い男の声が聞こえてきた。


「このお店は土足厳禁ですので、そちらにある靴箱にお客様のブーツをしまっていただけますか。」


 確かに右下をみると靴箱のようなものがある。カフェにしては珍しく土足厳禁らしい。しかたなく男に背を向けるようにして、土間の少し段差になっている所に腰をかけ、ブーツの紐を解く。ひどく長く旅をしてきたものだから、結び目が異様に硬くなっており、なかなかほどけない。

 

 手こずっているメリアにしびれを切らしたのか、後方にいた男はすたすたと歩いてカフェの奥に歩いて行ってしまったようだ。まあ、その方が気楽でいいか、とメリアは思いながら、なんとかブーツを脱ぎ、靴箱に置いた。これまた真っ白な靴箱に自分の薄汚れて砂だらけのブーツを置くのは気が引けたが、しょうがないとメリアは自分を納得させ、すっと立ち上がって振り向くと、すぐ目の前に男が立っていた。


「わあ!!!」


 思わずメリアは驚き後ろにのけぞり、バランスを崩してしまう。ああ、転ぶ!と思った瞬間白い腕がぬっと突き出され、間一髪メリアの腕をつかんだ。


「まあ、すみません。僕いつも影が薄いって言われるんですよ。驚かすつもりはなかったのですが。」

 男は冗談まじりに言った。


「いえ。私が勝手に驚いただけなので。ありがとうございます。」

 腕を掴んだ男の手は酷く冷たく、思わず振り払ってしまった。この男はまだ不気味な笑顔を貼り付けている。口角だけを意図的に上げ、目を細めているだけの薄ら笑い。勘弁してほしい。早く本題に入ろうと心を決め、メリアは恐る恐る口を開けた。


「来て早々申し訳ないのですが、お願いがあります。」



「『()()()()』を分けてくれませんか。」



 メリアがそう言った刹那、この世界の全ての光が一瞬、瞬きをしたように、点滅したような気がした。

それでも男は変わらず、あの不気味な笑顔を貼り付けたままに、ゆっくりと口を開いた。


「そうですか。まあ、ここに『命の聖水』があるのは事実です。これまでもそれを求めてたくさんの冒険者様がこのカフェを訪れましたし。」


「そうか、じゃあ…!」

 メリアは期待を孕んだ目で男を見つめて言った。


「まあまあ、そう焦らず。ゆっくりコーヒーでも飲んでお話をしましょうかね。」

「せっかくカフェにいらしたんですから。」

 そう言って男はメリアをカウンター席に促した。メリアは高鳴る胸に手を抑え、カウンター席に腰を下ろした。カウンターも椅子もカトラリーも全て白に統一されている。まるで月の上にいるみたいだ、とメリアは期待をさらに高まらせた。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。」

 カウンターで食器を何やらカチャカチャさせながら、男はこちらを見て言った。


「僕はこのカフェのマスターであるウィルスと申します。」


「どうも初めまして。私は冒険者のメリアです。」


 ウィルスはさらに目を細めて言った。

「とても素敵な名前ですね。はるか北の国の言葉で、『希望の光』ですか。」

 メリアは目を見開いて頷いた。


「よくご存知ですね。そうです。私の父が極北の国出身で、名付けてくれたんです。」


「それはそれは、そうでしたか。素晴らしい感性を持ったお父上ですね。」

 ウィルスはきっと熟練のマスターだ、そうメリアは感じた。彼の表面上から感じる冷たさは、彼の上手い言葉づかいと化学反応を起こして、独特の居心地の良さを作り出している。コーヒーの苦さのように、最初は敬遠するが、いつの間にか癖になっている。なるほどこのカフェはウィルスがいてカフェとして成り立つのだと、メリアは妙に納得した。

 すると、ちょうどメリアの脳内を読み取ったかのように、淹れたてのコーヒーに匂いが漂ってきた。鼻腔をつんとつくような酸味と苦味を感じる匂いだ。


「さ、こちらをどうぞ。当店オリジナルブレンドのコーヒーです。そちらを飲みながら、お話をいたしましょうか。」

 ウィルスはそう言って、メリアに一杯のコーヒーを差し出した。真っ白な世界に唯一真っ黒なコーヒー。ここが月なら、コーヒーは底の見えないクレーターかな、なんて馬鹿げたことを考えながらメリアは口をつけた。

 旅の中で、なかなか得られなかったその苦さはメリアの心に静けさを授けた。メリアはほっとしてコーヒーカップを置き、ゆっくりと話し始めた。


「私が生まれ育った街、『キヴェール』では、周辺諸国に比べて、より砂漠化が深刻なんです。」

 突然メリアの後方にあるソファに座っていたレイが顔を上げて思い出したように言った。


「そっか。『キヴェール』はそんなに砂漠化が深刻なのね。」

 ウィルスはメリアに不審に思われないよう、レイの言葉は宙に浮かんだままにした。


 砂漠化――――人間が増えすぎてしまった代償として大地に宿る全体の魔法量が減少し、少しずつ土地が不毛になっていく現象だ。この世界のほとんどの地域で、砂漠化が進み、被害の大小はあれど人間滅亡の一途を辿っている。メリアの故郷である『キヴェール』はもともと広大な牧草地帯で、農業を主要産業としていた。しかし、砂漠化によってその豊かな土地は見る影もない。育つものがなければ、魔力も大地に残されていない。そこに住む多くの人間が飢え、体の弱い老人から先に死に、小さな子どもは生まれてあっけなく死んでしまう、そう以前このカフェに来た冒険者に聞いたことをウィルスは思い出した。


「そうでしたか。それで『命の聖水』を求めにこのカフェにはるばるやってきたんですね。」


「ええ、隣町の商人から聞いたんです。『命の聖水』は、不毛になった土地を再生する。砂漠化が止められるって。」

 メリアはまるで目を潤ませながらウィルスに訴えかけた。


「そしてこのカフェにはその『命の聖水』が際限なく沸き続けている、と。」


 室内には水の流れる音と食器がぶつかる音が響く。コーヒーの残り香は、より苦く漂っている。


「それでも、それは噂止まりでしょう。よくそんな話を信じてここまでやってこられましたね。『キヴェール』からこのカフェまで数ヶ月はかかる。道中はほとんど砂漠で、人間が制御できなくなった獰猛な魔獣たちも多い。ほとんどの冒険者は道中で命尽きるでしょう。」

 ウィルスはふと洗い物をする手を止めてメリアの顔を見た。


「そんな危険を冒してまでなぜあなたはここに来ることを決めたのですか?」


 メリアは数秒ウィルスの目をじっと見つめ、ふと下にあるコーヒーカップに目を移した。カップの取っ手をもち、少しだけ残った黒い液体を持て余したかのように回す。


「……そうせざるを得なかったから、かな。」

 メリアの声は悲哀を帯びていた。ウィルスには、メリアが今どんな顔をしているかわからなかった。


「冒険者になるのは、ずっと夢だったから、嬉しかった、けれど。今じゃない、もっと未来に叶えたかった。でもね、私の故郷にはもう時間が残されていなかったの。」


「あと1、2年で私の故郷は滅亡するわ。そんな危機の中で冒険に出れるのは私しかいなかった。最後の一人。だったらもう、やってしまえと思ってね。」

 メリアはふと顔を上げて月明かりが差し込む窓の外を見る。メリアの横顔とレイの横顔が重なるように、ウィルスには見えた。メリアの金色の髪が透ける。


「でも、何か後悔しているようですね。」

 ウィルスの声にメリアは微動だにせず、ただ外を眺めている。今日はこれから強風が吹き荒れる予報だ。風は砂を空高くまで飛ばし、月の光も覆ってしまうだろう。メリアは揺らがず淡々と答えた。


「一人娘をね、置いてきたの。とても聞き分けのいい子で、私が旅に出る時も涙ひとつ流さなかったわ。」

 メリアは再びウィルスに向き合う。メリアの目尻には、少し皺が刻まれている。それがなんとも言えない柔らかさと、芯の強さを象徴しているようだ。


「とてもいい子でね、こんなものもくれたのよ。」

 メリアは胸ポケットから小さな赤茶色の革巾着を取り出した。その革巾着は柔らかく、彼女の手にとても馴染んでいるようだ。彼女はその革巾着の口をそっと指で広げ、ひとつの小石を取り出した。


「それは魔鉱石のかけらですか。今時大変珍しいですね。」

 ウィルスはそのエメラルドグリーンに輝く小石を眺めて言った。


「そう。これは私の娘がたまたま見つけてずっと大切にしていたものよ。肌身離さず、お守りとしてどこにでも持ち歩いていた。でも、私が旅立つ時に、『私をいつでも思い出せるでしょう?』ってこれを。」

 メリアの目が少し緑色に滲む。窓の外では少しずつ風が強くなってきたようだ。窓が震える音が室内を満たす。


「とても優しい娘さんなのですね。……それは『命の聖水』をなんとかもって帰らないと、ということなんですね。」

ウィルスは諦めたように後ろのポケットに入れた冷たい感触を確かめる。


「それで、分けてもらえるんですか。『命の聖水』を。」

メリアの問いかけは、このカフェの無重力空間に従って、ただ、浮遊している。


 いつの間にか月明かりは砂に閉ざされたようだ。窓の軋む音が鼓膜を揺らす。メリアの肩越しにいるレイは、いつの間にかこちらを見つめていた。その目はどこまでも続く闇だ。


 ウィルスは銃をメリアに向けた。ちょうど眉間を貫くように。それはまるで儀式のようだった。


 カチャっと金属の音が鳴る。このまま人差し指を引いて仕舞えば、数秒前まで動いていたこの女はただの物体になるのだ、とウィルスはどこか他人事のように思う。


「……これは一体どういうことかしら。」

 メリアが腰元に携えた剣の柄をギュッと強く握り、引き抜こうとした刹那、ひどい金属音が鳴り響く。


 メリアの手元から剣が簡単にすり抜けてしまった。


メリアは信じられないというように、目を見開き、その震える手を見つめる。これまでたくさんの危機を乗り越えてきたメリアは一流の冒険者だ。その自負があった。


メリアはウィルスを睨んで言い放つ。

「……とても素敵なコーヒーを淹れてくれたようね。素晴らしすぎて全く体に力が入らないわ。」


メリアは言葉の通じない魔獣の対峙しているように感じた。これまで感じていた暖かさは全てコンマ秒のうちに、この空間に飲み込まれてしまった。


「……お褒めの言葉、ありがとうございます。結論から言うと、このカフェには『命の聖水』はありますが、分け与えられるほどの量はありません。」

ウィルスは毅然とした態度で淡々と話す。


「……だから私を殺すと?奪われるのを防ぐために?あなた、相当イカれてるわね。」

 メリアの鋭い視線を感じながら、きっとそうなのだろうとウィルスは思った。


これまで『命の聖水』を守るために多くの冒険者の命を奪ってきた。それは自分の信念の上で避けられないと、見切りをつけていた。たとえ『命の聖水』を量産でき、世界を救うことができたとしても、ヒーローになりたいわけではない。ただ、自分は、


「「自分が正しいと思う道を、自分で選びとって生きたいだけ。」」


 ウィルスの考えはメリアの言い放ったそれと重なった。いつの間にかレイもメリアの真後ろに立ち、こちらを睨んでいる。思わずウィルスはより口角を上げてしまう。


「そうですね。僕は自分が選んだ道を歩みたいだけです。誰に強制されたわけでもない、自分で選び取った道。」

「そしてその選んだ道の過程で、あなたたちからどう思われようと、僕の信念は変わりません。」


「僕が殺した冒険者は星の数ほどいますが、罪悪感などありません。僕は信念を持って、生きたいように生きた。その結果が彼らの死であった。それは彼らも同じでしょう?彼らも信念を持ちここに辿り着いた。結果殺された、ただそれだけです。」


 いつの間にか、風に巻かれた砂が扉や窓を叩きつけて、酷い音を立てている。もう今夜は外に出られそうにはない。月が砂に覆い隠されたまま外に出れば、そのままミイラになってこの砂漠に溶け込んでいくだろう。

 メリアはふと俯き、胸に手を当てて、魔鉱石の硬さを確かめる。泣いているのだろうか、とウィルスが思ったその瞬間、


「あー!!!!!!!!!ははははははは!!!!!」


 突然上を向いてメリアは笑い出した。ウィルスは突然のことに何が起こったか分からず、初めてその笑顔を崩した。後ろにいたレイも、高らかに笑うメリアを見て硬直している。


 メリアは笑い涙をおぼつかない手で拭いながら、ウィルスの顔を見てまた大きく笑った。


「あなた、そんな顔もできるんじゃない!そっちの方がいいわ。」

 ウィルスはしまった、と銃を置き、メリアに背を向け、キッチンの戸棚に吊るしてあった鏡で自分の顔を確認する。完璧な笑顔は崩れ去っていた。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないの。実を言うと、あなたの笑顔ちょっとっていうか、かなり不気味だったわよ。」


 ウィルスは内心余計なお世話だ、と思いながら、再び笑顔を貼り付けてメリアに向き合い、再び銃を向ける。



「……まあ、こんな夜じゃあ逃げることもできないし。殺されてあげるわよ。」

 かつてこんな快活に自分の死を受け入れた冒険者がいただろうか、とウィルスは呆気に取られ、思わず硬直してしまう。


「その代わりさ、マスター、もう一杯入れてよ。今度は本当に美味しいものをお願いね。」

 そう言ってメリアは自分自身の腰に身につけていた武器類を全て取り出し、まるでウィルスに差し出すようにカウンターに置いた。ウィルスは混乱し、思わずメリアに尋ねた。


「どうしてこんなことをする?」

 メリアは笑って答えた。


「私たち、似てるから、かな?それに私、マスターの話に興味があるんだ。」

「これまでどんな人生を歩んできたの?私を殺すのは、私がその話を聞いてからにしてくれないかな?」


 真っ白なこのカフェにひとつだけ小さな灯火が現れたようだと、ウィルスは思った。

それはこのカフェにあるもの全てを照らし、根本から何かを変えてしまいそうであった。

それでもウィルスは、なんだかとても自然的なものに引き寄せられるかのようにメリアの申し出を受け入れた。


カフェを叩きつける砂嵐はもはや二人にとってなんの脅威でもなかった。

みなさん、こんばんは。お読みいただき、誠にありがとうございます。

第二話いかがでしたでしょうか。

第一話と比べて文字量が多いと思いますので、読了していただいた皆様には、とても頭が上がりません。

もしよかったら感想をコメントしていただけますと、とてつもなく励みになります。

次の話も楽しみにしていただけると嬉しいです。

それでは、また。

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