第一話: 砂漠の上の訪問者
「例えば月が落ちたとするでしょ?」
月明かりの下、砂漠の中にポツンと佇む小さなカフェで、僕が開店準備をしていると、彼女は滅相もない例え話を始めた。僕は洗い物をしながらふと前のカウンターに頬杖をついている彼女の顔を見る。カウンターの横から白いカーテンのような青白い月の光に照らされた横顔はまるで人形のような冷たさを持っており、その目は火星のような赤を纏っている。触れたら消えてしまいそうな、でもどこか芯の通った強さを含む独特な雰囲気は、人間をいとも簡単に飲み込んでしまうのではないだろうか。かくして僕もそのうちの1人なのだけれど。
「レイ、またそれは物騒なことを考えたね。」
彼女は僕の言葉に、にやっと笑いながら、こちらを向いた。
「でもありえないことじゃないかもしれないでしょ。例えば月が軌道から外れてこっちに落ちてくるとか。」
そう言うとレイは人差し指で、数字の1を書くように空に縦線を描いた。
開店準備がまだ残っているというのに彼女は延々とくだらない“もしも“の話しをしている。こうなったら彼女は何を言っても聞かないので僕は諦めてコーヒーカップを洗いながら話を聞くことにした。
今日は久しぶりの来客がある気がするので、完璧に準備をしておきたい。僕はため息を隠しながら彼女に尋ねる。
「それで?」
「うん、それで、月が例えば落ちたとして、そうしたら夜は本当に真っ暗な夜になるってことだよね。」
「まあ、そうだね。毎日が新月の日みたいな感じなんだろうね。」
「うん、そうしたら私は長くても3日しか生きられない。月の光は私にとって、とても重要な栄養素なの。」
「そうか。じゃあ君に消えてもらいたいときはあの月を打ち落とせばいいのか。」
「まあ、そういうことだね。三日は生きられるからその間にマスターも道ずれにしちゃうけど。」
「わあ、おっかないね。少女の恰好をしてそんな物騒なこと言わないでほしいかな。」
「こんな少女に消えてもらいたいとか言うのもなかなかだと思うけどね。」
彼女は頬をふくらませながらこちらを睨む。僕はむしろその顔に笑ってしまう。
「そんなこと言っても、君はどうせ僕の妄想だろう?だからいいんだ。」
僕のその言葉に彼女は一拍おいて、ふっと笑った。彼女の顔には、影がさしていた。
その時、突然、ドンドンと激しく扉を叩く音が室内に響いた。
「ほら、言っただろう。今日はきっと久しぶりにお客様が来るって。」
「マスターの勘って怖いね……。」
「さ、僕はお客様をおもてなししないといけない。話はまた後でね。」
彼女は渋々はーいと答えてカウンターの席から降り、そのままいつもの窓辺にひとつだけ置いてあるソファに座り込んだ。僕はそれを横目に、キッチンの壁にある小さな鏡で身だしなみを整える。カフェのマスターは清潔感が命だ。髪の毛一本一本をジェルで固めて、オールバックにしている。髪の毛が二本ほど出ているので、少しジェルを塗りなおす。完璧だ。そのまま両手の人差し指をそれぞれの口角に持っていく。笑顔の練習だってお客様に特別な時間を過ごしてもらうには欠かせない。そして、カフェエプロンの皺を手で伸ばし、紐を縛りなおす。カフェの制服には、シミもシワもひとつとしてない。
「ドンドンドン!!!」
さっきより大きな音で扉を叩く音がした。今日はなんとまあせっかちなお客様が来たらしい。キッチンの吊るし棚に置かれている拳銃をズボンの後ろポケットにしまった。僕はいつもの重さを確かめながら、いまだ叩く音が鳴りやまない扉へ足を一歩踏み出す。窓際のソファに座り込み、空を見つめているレイを横目に僕は、扉を開けた。
「ようこそいらっしゃいました。中へどうぞ。」
そこには、僕よりも身長が高く、長い金髪をポニーテールにしている女性が立っていた。彼女は険しい顔をしてこちらを睨んでいる。さて、今日も仕事をしようか、とまたため息を隠して僕は笑顔を向けた。
扉の前に立っていた女性は、また、冒険者だろう。冒険者はいつだって大きなリュックを抱え、腰元に大小さまざまな剣を携えている。彼女も例外なく、自分の身長の半分ぐらいある大きな剣を携えている。僕が数秒間彼女を観察していると、おい、と声をかけられた。
「ああ、すみません。久しぶりのお客様だったので。どうぞ、中へ。」
そう僕が声をかけると彼女はまだ不満そうな顔のまま中へ足を踏み入れた。
初めまして、簾と申します。小説執筆を始めました。
思いついた情景をよくメモしていましたが、しっかりと作品にするのは初めてなので、何だか緊張していますが、頑張って執筆したいと思います。
読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。




