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第四章 謎解き

---

 夜になった。


 礼拝所の中に松明を一本立て、アレクは一人で床に座っていた。


 他の者は主塔の居室を使っている。捕虜のハンスは縛られ、エドモンが見張りをしている。ガストンとドレクは見回りに出た。ファビアンは食料の確認をしていた。


 礼拝所の十字型の建物は静かだった。掘り返された床に松明の炎が揺れ、穴の縁に影が落ちる。


 アレクは壁の碑文を見た。


 盟約の証は、我らのしるしが指す先に眠る。しるしは我らの信仰そのもの。中心を見よ。


 この建物は十字型だ。ヴォルフはその交差点を掘った。半年間。何も出なかった。


 有能な男が、なぜ失敗したのか。


 碑文を正確に読んだとすれば、「しるし」の解釈が違ったのだ。十字型の礼拝所を見て、十字架の「中心」と考えた。しかしここはゲルドの礼拝所だ。ゲルドのしるしは、十字架ではない。


 アレクは知恵の書を取り出した。


 今度は手が止まった。ページが動いた。革の表紙を開くと、文字が浮かんでくる。以前はなかった項目だ。


 「ゲルド信仰の象徴:アンク。頭部に楕円形の輪を持つ十字。輪は永遠の命を象徴し、縦棒と横棒の上方に位置する。古代ローム時代、ゲルドの礼拝所はアンクを正面に掲げ……」


 アレクはページを止めた。


 アンク。輪を持つ十字。


 頭部に輪がある。縦棒と横棒の交差点より、上に。


 十字架の中心は交差点だ。アンクの中心は、輪の中にある。位置が違う。


 この十字型の礼拝所をアンクとして見れば——中心は建物の北端の先になる。礼拝所の建物から外に出て、城壁の向こう。


 城壁の向こう。


 崖の下。


 「外だ」


 アレクは立ち上がった。松明を手に取り、礼拝所の北側の壁まで歩いた。壁の外は城壁で、その先は崖だ。昨日の夕暮れに見た石灰岩の急な岩場。


 壁に手を当てた。壁の先に何かある。


---


 翌朝、アレクはエドモンに話を持ちかけた。


 「礼拝所の外を調べたいのですが。北の崖の下です」


 エドモンは訝しげに眉を上げた。「崖の下? なぜそんなところに」


 「碑文の解釈が、昨日とは変わりました。ゲルドのシンボルと、十字架では形が違います。『しるしの中心』の位置が、建物の内側ではなく外側を指している可能性があります」


 「根拠は」


 「確証はありません。ただ、ヴォルフが半年かけて建物の中を掘り尽くして何も出なかった以上、外に目を向ける価値はあると思います」


 エドモンは腕を組んだ。騎士としての判断が顔に出ている。慎重で、合理的で、でも腰が重い。


 ファビアンが静かに言った。「ここまで来たのですから、試してみる価値はあるのでは。外れても失うものはない」


 エドモンは短く頷いた。「分かった。行ってみよう」


---


 城壁の北側に出ると、目の前に崖が広がった。


 石灰岩の急な斜面が真下に落ちている。下まで二〇メルはある。岩の隙間に低木が生え、蔦が垂れ下がっていた。


 「降りられるか」ガストンが言った。


 「崖を横に見れば降りられます。岩に足場がある」


 アレクが先に出た。城壁の基部から岩の足場を選んで横移動しながら、斜面を降りていく。東の朝日が崖を斜めに照らし、岩の凹凸に影を作っている。


 城壁の北面の、下から五メルほどのところ。


 蔦と雑草の陰に、石の縁が見えた。


 アレクは足を止めた。手で蔦を払った。石造りの小さな扉の枠だった。長年の風雨で土が積もり、蔦に半ば隠されているが、縁の直線が分かる。


 目地があった。扉だ。


 「ここです」


 後ろから降りてきたエドモンが、アレクの肩越しに見た。「扉……?」


 ガストンが蔦を引き剥がした。ドレクが土をかき出した。しばらくで、低い石造りの扉が姿を現した。高さはアレクの腰ほど。横幅は一メルと少し。錠前はなかった。


 扉の表面に短い文字が刻まれていた。アンクの浮き彫りと、文字が数行。


 アレクは声に出して読んだ。「守り手ここに眠る」


 扉に手を当てて押した。重い抵抗があった。長年動いていない扉の重さだ。もう一度、体重をかけた。


 石が動いた。


---


 中は狭かった。


 人が一人入れる程度の横穴。奥行きは三メルほど。礼拝所というより、ただの隠し穴だった。


 湿った土の匂いがした。松明を差し入れると、土の中に古びた木の輪郭が見えた。


 宝箱だった。


 五人がかりで引き出した。木は古いが腐っておらず、蓋の金具もまだ動く。エドモンが留め金を外した。


 蓋が開いた。


 金貨が詰まっていた。古い意匠の硬貨で、現在の流通硬貨とは形が違う。装飾品も入っている。金の首飾り、宝石の嵌まった指輪、象牙の彫刻物。ドレクの目が光った。


 その下に、一冊の書物が置かれていた。


 表紙は聖書と同じ体裁だった。十字教の聖書によく似た、革張りの重厚な装丁。アレクが手に取ると、予想より重かった。保存状態がいい。


 宝箱の脇の土に、もう一つ埋まっていた。金属の小さな像だ。掘り出すと、白い輝きがあった。竜を象った像で、翼を広げた姿を精巧に再現している。掌に乗るほどの大きさだが、細工が細かい。


 「白竜の像か」ガストンが呟いた。


 知恵の書が動いた。


 外套の中で、革表紙がひとりでに開く感触があった。アレクは書物を手にしたまま、知恵の書も開いた。ページが自然に開き、文字が現れた。「原典聖書」「白竜の盟約」「ゲルドの記録」——知恵の書が何かを読み込もうとしている。


 アレクは手に持った書物を開いた。


 現在の聖書に似ているが、文章が違う。冒頭の文体は同じ形式だが、内容に聞き覚えのない記述が続く。白い翼の守護者。創世神に仕える者。教会の側が書いた教義とは全く異なる語られ方で、白竜が登場する。


 没頭した。


 次の節。また次の節。現在の教義では「悪魔の手先」と定義されている白竜が、ここでは創世神の使いとして書かれている。教会が公式に認める文書には一切出てこない記述が、古い文体で連なっている。いつ削除されたのか。なぜ削除されたのか——


 「おい、何が書いてある」


 ドレクの声で、アレクは顔を上げた。


 気づいていなかった。声に出して読んでいた。


 全員が聞いていた。エドモンも、ガストンも、ファビアンも、ドレクも。崖の下の狭い空間で、五人がアレクを見ていた。


 アレクは書物を閉じた。一拍遅れて、自分が何をしていたかを理解した。


 「……すみません。つい読み込んでしまいました」


 「いや、続けてくれ」ドレクが言った。「面白い話じゃないか。それ、どういう本だ」


 説明しなければならなかった。この書物が現在の聖書と何が違うか。白竜が何者として書かれているか。教会の公式見解にない記述がなぜここにあるか——読んでしまった以上、黙っていることはできなかった。


---


 崖の穴から出て、一行は城壁沿いに腰を下ろした。


 アレクが書物の内容をかいつまんで説明した。白竜は教会の定義する「悪魔の手先」ではなく、創世神に仕える守護者として記されている。現在の聖書ではその記述が削除されている。この書物は教会が「異端」と定めた内容を含む古い版だ。


 沈黙があった。


 エドモンは石に腰かけたまま、崖の外を見ていた。その横顔が固い。


 「教会が……虐殺した」エドモンは呟くように言った。「この城の人たちを。そのために、これを隠した」


 「おそらく、そうだと思います。この書物が残っていれば、現在の聖書が書き換えられたことを示せる。だから消された。ゲルドの人たちごと」


 エドモンはそれ以上何も言わなかった。


 ドレクの目の色が変わった。


 「なあ」ドレクが書物を指した。「これ、教会に黙って渡す話か? 売れるぞ。いや——」


 ドレクは立ち上がった。「売るより使い方がある。教会に突きつければいい。この聖書を公開すると言えば、向こうは何でも出してくる。金でも地位でも」


 エドモンが顔を上げた。「脅迫だと?」


 「悪いか。実際に手の届く話だろ」


 「騎士として容認できない。不正だ」


 「騎士がどうした」ドレクは肩をすくめた。「俺は傭兵だ。報酬以外に義理はない」


 「脅すのは難しいと思います」ファビアンが静かに言った。「教会は大きな組織です。こちらが脅せば、向こうも動く。私たちが標的になる」


 「臆病者め。これだけのものが目の前にあるのに」


 「領主に届けるべきです」エドモンが言った。「マルクに報告し、適切な手順を踏む。それが騎士の義務だ」


 「あんたの義務でしょう。俺は関係ない」


 「ガストン」エドモンが声をかけた。「お前はどう思う」


 ガストンは書物をちらりと見て、「俺も領主でいいと思いますよ」と言った。「傭兵だって、依頼から外れたことはしたくない。依頼は山賊退治で、これは見つかったもの。領主に渡すのが筋でしょう」


 アレクは書物を手に持ったまま、何も言わなかった。


 利害が合っていない。エドモンとガストンは領主への報告。ドレクは脅迫。ファビアンは「売るならともかく脅迫は悪手」という立場。自分は——記録として残したい。この内容を失いたくない。


 「ひとまず城に戻りましょう」アレクは言った。「話はそこで続けられます」



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