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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

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96話 休息のひととき(1)

今回は少し脱線します!

ノクトたちは旅の疲れを癒すために、有名な温泉宿に来ていた。


 露天風呂からは白い湯気が立ち上っていた。ノクトは肩まで湯に浸かりながら、ゆっくりと息を吐く。


「生き返るな……」


 温かな湯が全身の傷を包み込んでいく。連日の戦いで身体は想像以上に疲弊していた。


 隣ではノエルが静かに湯へ浸かっている。


「ノクト、だいぶ傷は良くなった?」


「おかげさまでな。ノエルがいなかったら今頃死んでたかもしれない。」


 そう言うと、ノエルは困ったように微笑んだ。


「そんなことないよ。僕は少しお手伝いしただけ。」


 湯気の向こうには、夜の山々が静かに広がっている。


 戦いもない。悲鳴もない。ただ温泉の流れる音だけが耳に届いていた。ノクトは久しぶりに心から安堵していた。


「まだ傷があるね。」


ノエルがノクトの肩にある傷口に手を添えた。そして治癒魔法を発動する。


「どう?楽になった?」


「あ、ああ。ありがとう。」


 彼らはゆっくりと温泉に浸かっていたのだった。するとノクトがふと口を開く。


「ノエル。この隣って女湯だよな?」


「そうだと思うけど‥‥‥」


 ノクトは髪の毛を一本ちぎった。するとそれが一粒の錠剤に変わった。


「これ実は変身魔法の薬なんだ。この日のために買っといたんだよ。ちょっくら蛙に変身するから俺をぶん投げてくれないか?」


「えええ!でも‥‥‥」


「大丈夫!大丈夫だからさ!」


 ノクトは薬を飲んでカエルに変身した。


「ゲコゲコ」と間抜けそうに泣いている。ノエルは呆れた顔をしながらもそのカエルを掴んで、敷居の向こうに投げた。


「ノクトはどうやって帰ってくるんだろう?」


 ノエルは呆れた顔をしながらもクスクスと笑っていたのだった。


 その隣、木の敷居を隔てた女湯では、エリシアとライナが湯に肩まで浸かっていた。


 白い湯気の向こうで、ライナは気持ちよさそうに両腕を伸ばす。


「はぁぁ……最高。戦いばっかりだったもん。こういうのって久しぶりだね」


「そうね。たまには身体を休めないと、剣も拳も鈍ってしまうわ。」


 エリシアの表情はいつもより少し柔らかかった。金の髪は湯に浸からないよう高い位置でまとめられており、普段の凛とした雰囲気とは少し違って見える。


 ライナはちらりと敷居の方を見た。


「向こう、ノクトとノエルだよね。ちゃんと休めてるかな」


「ノエルはともかく、ノクトは心配ないわよ。あいつは体力お化けなところあるからね。」


 二人は顔を見合わせ少しだけ笑った。


 戦いの傷も失ったものの痛みも、すぐに消えるわけではない。それでも今だけは、湯の温かさが張り詰めていた心をゆっくりほどいてくれるようだった。


 そして温泉の側にある草むらには蛙に変身したノクトがいた。そこからエリシアとライナの姿が見える。今は2人とも湯に浸かっていたので、肩くらいしか露わになっていなかった。


「ゲコゲコ」


 ノクトはしまったと思った。鳴きたくなくても体が反応して鳴いてしまう。


「ゲコゲコ」


(なんなんだ!そんなに鳴いてしまったら俺の存在がバレてしまうだろう!)


「ゲコゲコ。ゲコゲコ。」


(ばかばかばか!勝手に鳴くな俺の体!)


「ゲコゲコゲコゲコ。ゲコゲコゲコゲコ。」


「エリシア。あんなところに大きいカエルさんがいるよ。」


 ライナがカエルを指差した。


「なんか間抜けな顔をしたカエルね。なんでこっちをずっと見てるのよあのカエル。」


 エリシアがカエルを睨む。あのカエルから妙なマナを感じたのだった。まさかあいつ‥‥‥


 エリシアが叫んだ。「ノエル!ノクトはそこにいるの!?」


 ノクトは恐る恐る「隣にいるよ。」と答える。


「ならノクトなんか喋って!」


だが無言。ノエルは気まずそうに「ノクトがのぼせて倒れちゃった。」と答えた。


 エリシアは全てを悟って指笛を鳴らした。ノクトは(あれはいったいなんなんだ?)とその指笛を怪しく思う。するとその瞬間だった。草むらの向こうから、一羽の大きな鳥が音もなく舞い降りた。


長い脚。鋭いくちばし。灰色がかった大きな翼。アオサギだった。


ノクトはカエルの姿のまま、全身から嫌な汗をかいた。


(いや、待て。待て待て待て。あれはまずい。あの目は完全に俺を食べ物として見ている)


「ゲコ……」


アオサギの首が、ゆっくりと傾いた。


次の瞬間だった。


 するとその瞬間だった。アオサギが翼を広げた。


「ゲコォォォォォ!!」


 ノクトは情けない鳴き声を上げながら、草むらを必死に跳ねた。だが追いつかれる。


「ゲコォォォォォォッ!?」


アオサギのくちばしが、ノクトの身体をがっちりと捕まえた。


「え? あのカエル、鳥に持っていかれたよ?」


ライナがぽかんとした顔で空を見上げる。エリシアはしばらく無言だった。そして深くため息をつく。


「……自業自得ね」


隣の男湯から、ノエルの慌てた声が響いた。


「ノクト!?ノクトがさらわれちゃった!」


空ではアオサギにくわえられたカエルのノクトが、必死に短い手足をばたつかせていた。


(まずいまずいまずいまずい!このままじゃ鳥の晩飯になる!)


「ゲコゲコゲコゲコォォォォッ!!」


夜の温泉宿に、情けないカエルの悲鳴だけが遠く響いていたのだった。

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