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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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93話 墓前の誓い

今回もありがとうございます!

 エルフの村の隅に、小さな墓地があった。


 古樹の根に抱かれるように、白い石の墓標がいくつも並んでいる。


 そこは、かつて虐殺されたネフェルナ一族のために、エルフたちが密かに守り続けてきた場所だった。


「まさか……こんな場所があったなんて……」


 ライナは驚いたように、墓標を見つめていた。


 セレフィナの母が、静かに口を開く。


「エルフとネフェルナは、昔から親しい交流を続けてきました。共にグリュネヴァルトの森を守ってきた仲間ですから」


 彼女は墓標の一つ一つに、ゆっくりと視線を移した。


「だからせめて、何か少しでもネフェルナの方々のためになることをしたかったのです」


 墓標には、かつてこの森で笑い、鍛え、家族を愛して生きた者たちの名が刻まれていた。


 風が吹くたび、淡い花びらが墓の上に落ちる。


 その一角に、新しい墓が一つ増えていた。


 レオニル・ネフェルナ。


 ライナはその名の前に膝をついた。


 そして、静かに手を合わせる。


 もう兄の声は聞こえない。


 頭を撫でてくれる手もない。


 それでも最後に、兄は自分を守ってくれた。


 命を燃やし尽くして、妹を生かしてくれた。


 ライナは目を閉じる。


 すると遠い日のフェルナ村が、胸の奥によみがえった。


 朝の訓練場で、父が一族の若者たちを叱っていたこと。


 母が笑いながら、泥だらけになったライナの頬を拭ってくれたこと。


 夕暮れになると村中に食事の匂いが広がり、子どもたちの笑い声が森に溶けていったこと。


 その中には、いつもレオニルがいた。


 幼いライナが転んで泣いたとき、レオニルは不器用に手を差し出してくれた。


「ライナは強い子だから大丈夫だ」


 そう言って、少し乱暴に頭を撫でてくれた。


 訓練でうまく拳を出せなかった日も、夜遅くまで付き合ってくれた。


 ライナが悔しくて泣きそうになると、レオニルは困った顔で笑っていた。


「焦るな。お前はちゃんと強くなる」


 あの頃の兄の手は、大きくて温かかった。


 家族がいて、兄がいて、村があった。


 それがずっと続くものだと信じていた。


 けれど今、そのすべては白い墓標の下に眠っている。


 ライナは唇を噛みしめた。


 涙が一粒、墓前の土に落ちる。


「兄さん……アタシ、まだ覚えてるよ」


 声が震えた。


「父さんの声も、母さんの笑顔も、兄さんの手の温かさも。全部、ちゃんと覚えてるからね」


 墓標は何も答えない。


 それでも、森の風が赤い花を揺らした。


 ライナにはそれが、レオニルがまた不器用に頭を撫でてくれたように思えた。


「兄さん……ありがとう」


 ライナは涙を拭う。


「アタシ、ちゃんと生きるよ。兄さんがくれた命も、マナも、絶対に無駄にしない」


 墓前に置かれた赤い花が、もう一度小さく揺れた。


 まるでレオニルが、静かに頷いてくれたようだった。


 ノクト、エリシア、ノエルたちも墓標の前で手を合わせた。


 しばらく誰も何も言わなかった。


 ただ森の風だけが、白い墓地を通り抜けていく。


「みんな、ありがとう」


 ライナは涙で頬を濡らしたまま、仲間たちを振り返った。


 泣いているのに、笑っていた。


 無理に作った笑顔だった。


 でも、前を向こうとしている笑顔でもあった。


「アタシはこの世界を平和にするために、世界最強の火魔法使いになる」


 ライナは墓標の前で、はっきりと言った。


「みんなの前で誓ったから、絶対になる。アタシはネフェルナ最後の生き残りとして、この世界を救ってみせる」


「ライナなら絶対になれるわ」


 セレフィナが、迷いなく言った。


「私たちエルフも、グリュネヴァルトの森を立て直して、世界一幸せな国にしてみせる」


「セレフィナなら余裕だよ」


 ライナが笑った。


 その笑顔を見て、セレフィナも少しだけ笑った。


 二人とも、大切なものを失ったばかりだった。


 それでも、もう立ち止まるわけにはいかなかった。


 ノクトたちは墓地を後にした。


 それからしばらくの間、彼らはグリュネヴァルト王国に留まることになった。


 全員の傷がある程度癒えるまで、統領の館にある空き部屋を借りることになったのだ。


 グリュネヴァルト王国から、魔王軍は撤退した。


 魔王軍に利用されていた反対派も崩壊した。


 だが、それで国がすぐ元に戻るわけではない。


 王は魔王軍に殺されている。


 多くの民も死んだ。


 森も深く傷ついていた。


 焼け焦げた古樹。


 崩れた住居。


 戦いで抉られた大地。


 かつて美しかった森のあちこちには、魔王軍と反対派が残した爪痕が痛々しく残っていた。


 それでも、森は死んでいなかった。


 翠色の光が降った場所からは、小さな若芽が顔を出していた。


 焼けた幹の根元には淡い花が咲き、凍りついた炎の跡には、雪解け水のような澄んだ流れが生まれていた。


 その復興の中心に立ったのは、セレフィナだった。


 父を失った悲しみは消えていない。


 胸元には、父が最後に残した翠色の光の欠片がある。


 それでも彼女は、泣き崩れるだけでは終わらなかった。


 セレフィナはエルフたちを集め、静かに言った。


「グリュネヴァルトを、もう一度立て直します」


 その声は震えていた。


 けれど、折れてはいなかった。


「お父様が守ろうとした森を。ネフェルナ一族と共に愛したこの国を。もう一度、誰もが笑って暮らせる場所にします」


 エルフたちは黙って彼女を見つめていた。


 セレフィナはまだ若い。


 けれど、その瞳には父から受け継いだ強さがあった。


 怖くても根を張れ。


 そう教えられた少女は、今度は自分が森の前に立つ者になろうとしていた。


 母は何も言わず、ただ優しく娘を見守っていた。


 まず行われたのは、真実を国中へ伝えることだった。


 ネフェルナ一族を滅ぼしたのはエルフではない。


 魔王軍であり、六魔星グラヴィルだった。


 反対派が信じていた憎しみは、魔王軍によって作られた嘘だった。


 その事実が広まると、国中は大きく揺れた。


 エルフを憎んできた者たちは言葉を失った。


 怒りの向け先を失い、自分たちが利用されていたことを知った者もいた。


 中には、エルフの森を焼こうとした過去を悔い、泣きながら謝る者もいた。


 もちろん、すぐに全員が分かり合えたわけではない。


 憎しみは長く根を張りすぎていた。


 傷つけられたエルフたちの中にも、人間を簡単には信じられない者が多くいた。


 それでもセレフィナは、対話を諦めなかった。


「この国は憎しみで壊れました。なら今度は、時間をかけて信頼で戻していくしかありません」


 彼女はそう言って、森の外に住む人々とも話し合いの場を作った。


 伐採された土地には、再び木を植えることが決められた。


 傷ついたエルフたちには住まいと治療が与えられた。


 魔王軍に進んで協力した者たちには、罪を償わせた。


 ただし、騙されて動かされていた者には、森を修復する労働を通じて、もう一度国に関わる道も残された。


 処罰だけでは国は戻らない。


 セレフィナはそう考えていた。


 ライナも、傷が癒え始めると復興を手伝った。


 焼けた木を運び、崩れた家を直し、子どもたちに拳の構えを教えた。


 最初は泣いてばかりだった子どもたちも、ライナの明るさにつられて、少しずつ笑うようになった。


 かつて森で共に暮らした獣人族たちも残り、エルフたちと共に森の警備を引き受けた。


 バラバラになっていた森の守護者たちは、少しずつ、もう一度集まり始めていた。


 ある日、セレフィナはネフェルナ一族の墓地を訪れた。


 ライナも一緒だった。


 白い墓標の前に、セレフィナは深く頭を下げる。


「あなたたちと一緒に守ってきた森を、私たちは全力で守り抜きます」


 風が吹いた。


 古樹の葉が、優しく鳴る。


「セレフィナなら、きっとできるよ」


 ライナが言った。


 セレフィナは頷く。


「ええ。必ず」


 やがてグリュネヴァルト王国には、新しい評議会が作られた。


 エルフだけではない。


 人間。


 獣人族。


 そして森に関わるすべての種族が代表を出し合い、国の未来を話し合う場だった。


 その中心に立つセレフィナは、もう守られるだけの少女ではなかった。


 父を失い、多くの民を失い、それでも前を向いた若き指導者だった。


 そして月日は流れ、ノクトたちが旅立つ日が来た。


 セレフィナは森の入口まで見送りに来ていた。


「この国は、必ず立て直します」


 セレフィナはノクトたちに向かって言った。


「だからあなたたちも、必ず魔王軍を倒してください」


 ノクトは頷く。


「ああ。必ず」


 ライナはセレフィナに抱きついた。


「また絶対に会いに来るからね!」


「ええ。待っているわ」


 二人は強く抱きしめ合った。


 かつて共に森で遊んだ少女たちは、大切なものを失いながらも、それぞれの道へ進もうとしていた。


 グリュネヴァルトの森に、柔らかな風が吹く。


 焼け跡の中から伸びた若芽が、朝の光を受けて揺れていた。


 まだ小さい。


 けれど、確かに生きていた。

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