表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/100

92話 幸せだった時間

今回もお読み頂きありがとうございます。ぜひお楽しみ下さいませ。

 セレフィナの住む館の一室で、ノクトは白木しらきの寝台に横たわっていた。


 ヴォルツとの戦い。


 そして、森羅覇神アルヴェルドとの戦い。


 その二つで、ノクトの身体は限界を超えていた。


 肩には深い傷が残っている。


 脇腹には、爆発の衝撃でできた青黒い痣があった。


 呼吸をするたびに胸の奥がきしみ、指先にはまだ、黒焔を使い続けたあとの痺れが残っていた。


 窓の外では、傷ついた森に翠色の光が静かに降り続いている。


 ノクトは天井を見つめたまま、何も言わなかった。


 勝ったとは思えなかった。


 救えなかった命が多すぎた。


 レオニル。


 セレフィナの父。


 多くのエルフたち。


 胸の奥に、重たい石のようなものが沈んでいる。


 枕元では、ノエルの雪の精霊たちがふわふわと漂っていた。


 小さな光を放ちながら、ノクトの傷を少しずつ癒している。


 それでも、ノクトの表情は晴れなかった。


 彼はただ静かに目を閉じる。


 その時、部屋の扉が小さく開いた。


「体の具合はどう?」


 入ってきたのはセレフィナだった。


 長い銀髪は、いつもより少し乱れていた。


 碧の瞳の周りには、泣き腫らした跡が残っている。


 それでも背筋はまっすぐに伸びていた。


 父を失った悲しみを抱えながらも、統領の娘として弱った姿を見せまいとしているようだった。


 セレフィナの胸元には、小さな翠色の光の欠片があった。


 森羅覇神アルヴェルドが消えたあとに残された、父の最後の温もりだった。


「傷は、だいぶ癒えたのかしら?」


 セレフィナはそう言って、寝台のそばに静かに歩み寄る。


 声は穏やかだった。


 けれどその奥には、まだ消えない涙の気配があった。


「痛みはだいぶなくなったよ。ありがとう」


「それならよかったわ。みんな、あなたのことを心配していたから」


 ノクトはセレフィナを見つめた。


 そして、少しだけ迷ってから口を開く。


「俺が憎いか?」


 セレフィナは目を細めた。


「どうして、そんなことを思うの?」


「俺が魔王の子だからだ」


 部屋の空気が、少しだけ重くなる。


 セレフィナはしばらく黙っていた。


 それから、寝台のそばにある椅子に腰を下ろす。


「別に、あなたが憎いわけじゃないわ」


 セレフィナは胸元の光の欠片に手を添えた。


「でも、あなたなら少しは分かるのかしら」


「何を?」


 ノクトが尋ねる。


 セレフィナは窓の外を見た。


 傷ついた森。


 倒れた木々。


 まだ消えない戦いの跡。


 そして、翠色の光。


「この世界は、魔王軍のせいで壊れているわ」


 セレフィナの声は静かだった。


 静かすぎて、余計に痛かった。


「理不尽な悲しみに襲われている人が、世界中にたくさんいる。何十年もまじめに生きてきた人が、ある日突然、むごい殺され方をする。昨日まで笑っていた子どもが、次の日にはもういない」


 ノクトは何も言えなかった。


「その人たちに、何の罪があるのかしら」


 セレフィナの声が、わずかに震える。


「子どもに何の罪があるの?その子を抱きしめていた親に、何の罪があるの?どうして魔王軍は、誰彼かまわず殺せるの?」


 ノクトは黙ったままだった。


 答えなどなかった。


 どんな言葉を選んでも、軽くなる気がした。


「私は魔王軍が許せない」


 セレフィナは胸元の欠片を強く握った。


「あいつらは、私の日常を全部奪った。殺されたエルフのみんなは、本当にいい人たちだったわ。まだ小さな子どももいた。森で走り回って、笑っていた子たちもいた」


 言葉がそこで切れた。


 セレフィナは唇を噛む。


 言いたいことを言い終えたあと、自分の言葉がノクトを傷つけたことに気づいたのだろう。


 彼女は小さく息を吸った。


「……ごめんなさい」


 ノクトを見る。


「あなたは私たちのために戦ってくれたのに。こんなことを言うべきじゃなかったわ」


「いや、いいんだ」


 ノクトは静かに言った。


「俺がどれだけ魔王軍と戦っても、俺が魔王の子であることは変わらない。俺が魔王軍にいた過去も消えない」


 彼は天井を見つめる。


「その事実とは、一生かけて向き合っていくつもりだ」


 セレフィナは、ノクトにかける言葉を見つけられなかった。


 その時、再び扉が開いた。


「お加減はいかがですか?」


 部屋に入ってきたのは、セレフィナの母であるセレーネだった。


 顔には深い疲れが見える。


 けれど、その声は柔らかかった。


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 ノクトは上半身を少し起こそうとした。


 セレフィナの母は手で制する。


「無理はなさらないでください」


 そして、静かに微笑んだ。


「ノクトさんには、本当に感謝しています。あなたはグリュネヴァルトの森を救ってくれました」


「俺は……救えなかった人もたくさんいます」


 ノクトの声は重かった。


「それでも、救われた命があります」


 セレフィナの母はそう言って、娘の胸元にある翠色の欠片へ手を伸ばした。


 指先が、そっと光に触れる。


「私は、あの人もきっと幸せだったと思っています」


 セレフィナが顔を上げた。


「お母様……?」


「最後は、残酷だったかもしれません」


 セレーネの声が少し震える。


 それでも、彼女は言葉を続けた。


「でも、私はあの人の人生を、最後だけで決めたくありません」


 セレフィナは何も言えなかった。


「セレフィナ。あの人は、あなたと過ごした時間を本当に大切にしていました。あなたが初めて歩いた日も、初めて魔法を失敗して泣いた日も、森の祭りで笑っていた日も、全部覚えていました」


 セレーネは小さく笑った。


 涙をこらえるような笑みだった。


「あの人は強い統領でした。でも、あなたの話をするときだけは、ただの父親になるんです。あなたが笑った。あなたが怒った。あなたが泣いた。そんな話を、何度も何度もしていました」


 セレフィナの瞳が揺れる。


「本当に……?」


「ええ」


 母は頷いた。


「だから私は、あの人をかわいそうなだけの人にはしたくないのです。最後がどれほど残酷でも、あなたと過ごした幸せな時間まで奪われたわけではありません」


 セレフィナの胸元で、翠色の欠片が淡く光った。


「たった一瞬でも、生まれてきてよかったと思える時間があるなら。その時間は、その人の人生を支えてくれるはずです」


 母は娘の頬に手を添えた。


「あの人には、それがたくさんありました。あなたと過ごした時間がありました。だから、あの人は幸せだった。私はそう信じています」


 その言葉を聞いた瞬間、セレフィナの表情が崩れた。


「パパ……」


 声が漏れる。


「パパ……パパ……」


 セレフィナは胸元の欠片を握りしめたまま、涙を流して崩れ落ちた。


 母がすぐにその身体を抱きしめる。


 セレフィナは子どものように泣いた。


 統領の娘としてではない。


 森を背負う者としてでもない。


 ただ父を失った一人の娘として、泣き続けた。


 ノクトは寝台の上で、その光景を見つめていた。


 胸の奥が痛かった。


 この世界は、どうしてこんなにも簡単に誰かを奪うのだろう。


 何も知らない子どもでさえ、平気で殺される。


 生まれる場所も選べない。


 死に方も選べない。


 こんな世界で、幸せとは何なのだろう。


 生まれてこなければ、こんなむごい目に遭わずに済んだ人もいたのだろうか。


 ノクトはすぐに、その考えを振り払った。


 違う。


 そんなふうに思いたくない。


 死に方がむごかったからといって、その人の人生全部が不幸だったなんて思いたくない。


 魔王軍に殺された命にも、きっと幸せだった時間があった。


 誰かと笑った時間があった。


 誰かに名前を呼ばれた時間があった。


 誰かを大切に思った時間があった。


 それまで奪わせてたまるか。


 ノクトは拳を握った。


 魔王軍に自分が殺される。


 大切な人が殺される。


 その絶望に救いを求めるなら、いったい何に希望を託せばいいのか。


 ノクトには、まだ分からなかった。


 魔王軍から世界を救うと決めている。


 でも、たとえ世界を救ったとしても、自分は魔王の子として許されるのだろうか。


 その答えも分からない。


 分からないまま、進むしかない。


 やがて、泣き崩れていたセレフィナがゆっくりと立ち上がった。


 涙で濡れた顔のまま、ノクトのそばへ歩いてくる。


 そして、ノクトの手を握った。


「私の胸元にこれがあるのは、あなたがヴォルツを倒してくれたからよ」


 セレフィナは震える声で言った。


「さっきは、あんなことを言ってごめんなさい。ちゃんと感謝しているの」


 ノクトはセレフィナの目を見つめた。


 そこには、まだ悲しみがあった。


 怒りもあった。


 でも、それだけではなかった。


 ほんの少しだけ、前を向こうとする光があった。


「俺が必ず、この世界を魔王軍から救ってみせる」


 ノクトは言った。


「きっと、全員の命を助けることはできない。それでも、一人でも多くの命を救えるように、俺は自分の命を賭けて戦う」


 セレフィナはノクトの手を握り返した。


「信じているわ」


 彼女は涙を拭う。


「この世界を、救ってほしい」


「ああ」


 ノクトは小さく頷いた。


 目の前の母と娘に、誓う。


 自分は負けるわけにはいかない。


 絶望の中で死んでいった者たちの命を、無駄にしないために。


 この時代に流された涙が、いつか未来の誰かの幸福へつながるように。


 そのために、魔王軍を倒す。


 たとえ最後まで、魔王の子として許されなかったとしても。


 ノクトは拳を固く握りしめた。


 必ず救う。


 この世界を。

ありがとうございました!もしよろしければポイント評価、ブックマーク登録をよろしくお願いします!作者の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ