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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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90/100

90話 守るための魔法

今回もお読み頂きありがとうございました!

 森羅覇神アルヴェルドは暴走していた。


 巨大な拳が振り下ろされるたびに大地が沈む。


 古樹の根がうねり、逃げ遅れた者たちを呑み込んでいく。


 反対派の兵も、魔王軍の残党も殆ど残っていなかった。


 最初、アルヴェルドは森の敵だけを狙っているように見えた。


 エルフを傷つけた者。


 森を焼こうとした者。


 魔王軍に従い、この森を壊そうとした者。


 そうした者たちだけを、大地へ沈めていた。


 だが、神核に人の理屈など通じない。


 とうとうアルヴェルドは、森を守るために集まった者たちへも腕を振り上げた。


「まずい!」


 ノクトが叫ぶ。


 ライナのために集まった獣人族たちが、巨大な影に飲まれそうになっていた。


 ベレンが岩壁を出す。


 ガルドが仲間を逃がす。


 エルフたちも矢を放ち、なんとか神核の注意をそらそうとする。


 だが、どれも意味をなさなかった。


 岩壁は一撃で砕けた。


 矢は神の身体に触れる前に、根に絡め取られた。


 アルヴェルドの拳が落ちれば、そこにいた者たちは大地ごと押し潰される。


 ノエルはその光景を見て、唇を噛んだ。


 もう、身体は限界だった。


 回復回復や補助魔法を何度も使い続けている。


 指先は震え、膝も笑っていた。


 それでも、ノエルは前へ出た。


「僕が……守る」


 自分には、敵を倒す強い攻撃魔法はない。


 ノクトのような闇もない。


 エリシアのような聖剣もない。


 ライナのような炎の拳もない。


 けれど、だからこそ思ってきた。


 守る魔法だけは、誰にも負けたくない。


 一人でも多く、傷つく人を減らしたい。


 誰かが泣く前に、その前に立てる魔法使いになりたい。


 その思いが、ノエルの中で形を変えた。


 ノエルは震える両手を前に出す。


雪天大聖壁せってんだいせいへき――白翼大天使はくよくだいてんし降臨こうりん


 ノエルの足元に、白い魔法陣が広がった。


 それは、これまでの魔法とは違っていた。


 冷たいだけではない。


 優しいだけでもない。


 そこには、誰かを守りたいという祈りが限界まで込められていた。


 森に降る雪が、淡い光を帯びる。


 空から舞い落ちる雪片が、ノエルの周囲へ集まっていく。


 一つ一つは小さな雪の精霊だった。


 ふわふわとした小さな命たちは、今だけは遊ぶことも笑うこともやめていた。


 ノエルの祈りに応えるように、静かに集まっていく。


 雪が重なる。


 光が重なる。


 そして森の中心に、巨大な白い影が立ち上がった。


 それは大天使だった。


 透き通る氷雪の身体。


 祈るように伏せられた瞳。


 背中には、森全体を包み込むほどの六枚の白翼。


 その姿を見た者たちは、敵も味方も関係なく息を呑んだ。


 暴走する神核の前に、雪の大天使が立ちはだかっていた。


「ノエル……」


 ライナが涙に濡れた顔を上げる。


 ノエルは青ざめた顔で、それでもまっすぐにアルヴェルドを見ていた。


「僕は、誰かを倒すことはできない」


 震える声だった。


「でも、守ることだけは絶対に諦めたくない!」


 大天使が六枚の翼を広げた。


 その瞬間、巨大な白い結界が森を包み込む。


 雪と氷の光が幾重にも重なり、逃げ遅れたエルフ、獣人族、ライナ、エリシア、ノクトたちを覆った。


 アルヴェルドが腕を振り下ろす。


 神の拳が、大地ごとすべてを押し潰そうと迫った。


 大天使は両翼を重ね、その拳を受け止める。


 轟音が鳴った。


 森全体が跳ねる。


 地面が割れ、木々が倒れ、衝撃が雪の結界を叩いた。


 だが、大天使は倒れなかった。


 六枚の翼のうち、一枚に大きな亀裂が走る。


 氷の羽根が砕け、白い光となって散った。


 それでも結界は残っていた。


「止めた……!」


 エリシアが信じられないように呟く。


「あの神核の攻撃を受け止めたのか……」


 ノクトも目を見開いた。


 ノエルの口元から血がこぼれる。


 だが、彼は膝をつかなかった。


「まだ……まだ守れる……!」


 砕けた翼が雪となって再び集まり、大天使の背に戻っていく。


 アルヴェルドの翠の瞳が、初めてノエルを見た。


 ただの小さな氷属性の魔法使い。


 神核から見れば、虫のような存在に過ぎないはずだった。


 だが今、ノエルは神の一撃を止めていた。


 アルヴェルドがゆっくりと両腕を広げる。


 大地が鳴った。


 地面の奥から、無数の根が突き上がる。


 根は大蛇のようにうねり、白い結界へ絡みついた。


 森羅根葬しんらこんそう


 古樹の根が、大天使の脚を縛る。


 翼へ。


 腕へ。


 首へ。


 太い根が次々と絡みついていく。


 ノエルは両手を前へ突き出した。


「凍って!」


 大天使の翼から吹雪が巻き起こる。


 根が凍りついた。


 アルヴェルドの古樹の根は白い霜に覆われ、動きを止める。


 さらに大天使は両腕を広げ、雪の光を放った。


 凍った根が砕ける。


 アルヴェルドの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。


「すごい……!」


 誰もが目を見張った。


 だが次の瞬間、砕けた根の断面から新たな芽が生えた。


 一本が二本に。


 二本が十本に。


 十本が無数に。


 凍らせても、砕いても、神核の根は再び伸びてくる。


 ノエルの顔が歪んだ。


「そんな……」


 アルヴェルドの身体から翠の光が広がる。


 古森再生こしんさいせい


 雪で凍らされた根も、砕かれた岩肌も、欠けた腕も、すべてが大地と森によって作り直されていく。


 大天使は強い。


 間違いなく、これまでノエルが生み出した中で最強の防御魔法だった。


 六魔星の攻撃ですら、きっと防ぎ切れただろう。


 黒翼将の必殺技など、寄せつけもしなかっただろう。


 だが相手は六魔星ではない。


 神核だった。


 アルヴェルドが巨大な拳を握る。


 その拳に、大地の魔力が集まっていく。


 岩。


 根。


 鉱脈。


 古樹。


 森のすべてが、その一撃に込められていた。


 ノクトが叫ぶ。


「ノエル!避けろ!それは受けるな!」


 だが、ノエルは首を振った。


 後ろにはライナがいる。


 ライナが抱きしめているレオニルがいる。


 エリシアがいる。


 エルフたちがいる。


 獣人族たちがいる。


 自分が避ければ、みんなが死ぬ。


「避けられないよ」


 ノエルは青ざめた顔で、それでも笑った。


「僕は、みんなを守るためにここにいるんだから」


 大天使が六枚すべての翼を前へ重ねる。


 翼は重なり、巨大な白い盾となった。


 さらにその内側に、幾重もの雪の結界が生まれる。


 氷の壁。


 雪の膜。


 精霊の祈り。


 ノエルのすべてが、そこに込められていた。


 アルヴェルドの拳が振り下ろされる。


 覇神地葬槌はしんちそうつい


 神の鉄槌が、大天使へ直撃した。


 世界が砕けたような音がした。


 一枚目の翼が砕ける。


 二枚目の翼が裂ける。


 三枚目の翼が粉々になる。


 白い羽根が雪のように舞った。


「まだ……!」


 ノエルは叫ぶ。


 四枚目の翼が砕けた。


 五枚目の翼が折れた。


 ノエルの身体にも、亀裂のような痛みが走る。


 腕の皮膚が裂け、血が雪の上に落ちた。


 それでも、最後の一枚の翼が残っていた。


 大天使は最後の翼で、仲間たちを包み込む。


 まるで母が子を抱くように。


 まるで祈りそのものが形になったように。


 アルヴェルドの拳が、最後の翼を押し潰した。


 ぱきん。


 澄んだ音がした。


 白い翼が砕け散る。


 大天使の身体に亀裂が走った。


 胸が割れ、腕が崩れ、祈るような顔が雪へ還っていく。


「ノエル!」


 エリシアが叫ぶ。


 ノエルは膝から崩れ落ちた。


 しかし大天使は、完全に消える直前、最後の力を振り絞った。


 砕けた両腕で、ノエルたちを包み込む。


 神の衝撃が、わずかに横へ逸れた。


 森全体を押し潰すはずだった一撃は、雪の結界の名残によって軌道を変えられ、横の大地を大きく抉った。


 巨大な亀裂が森を走る。


 だが、そこにいた者たちは生きていた。


 完全には防げなかった。


 それでも、全滅は免れた。


 大天使は最後に、小さな白い羽根をノエルの手のひらに残した。


 そして静かに消えていった。


 ノエルが稼いだわずかな時間で、多くの者がその場から離れることができた。


 だがこの神を沈めない限り、この国は終わる。


 冥澄の女神も破られた。


 ノエルの最強防御も破られた。


 もう、まともに戦える者はほとんどいない。


 その時だった。


 森の端から、数人のエルフたちが駆け込んできた。


 セレフィナ。


 エルフ統領の娘である彼女のそばには、母の姿もあった。


 さらに、護衛を務めるエルフたち。


 そして、ヴォルツの王宮から解放されたエルフたちもいる。


 彼らは目の前に立つ巨大な神を見て、言葉を失った。


「あれは……いったい何なの……?」


 セレフィナが震える声で呟く。


 母も、信じられないものを見るようにアルヴェルドを見上げていた。


「まさか……地属性の神核……?」


 その声は震えていた。


「でも、どうして……。あれを呼び出すには、莫大なマナが必要なはずです。いったいどうやって……」


 ノクトは何も言えなかった。


 言いたくなかった。


 それでも、黙っているわけにはいかなかった。


「ヴォルツが召喚しました」


 セレーネがゆっくりとノクトを見る。


「どうやって……?」


 ノクトは拳を握りしめた。


「生け贄です」


 その一言で、セレフィナとセレーネの顔から血の気が引いた。


 王宮で捕らえられていたエルフたち。


 地下へ連れて行かれた者たち。


 そして、この場にいないエルフ統領。


 すべてが、つながってしまった。


 セレフィナは何かを言おうとした。


 けれど、声にならなかった。


 セレーネは震える手で口元を覆い、森羅覇神アルヴェルドを見つめる。


 あれはエルフを守る神などではない。


 エルフの血と命を奪って呼び出された、暴走する神だった。


 セレフィナとセレーネは絶望した目で、森羅覇神アルヴェルドを見上げていた。

次回もぜひお読み下さい!ブックマーク登録、ポイント評価、リアクションをして頂ければ幸いです。

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