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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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87話 妹を守る炎

いつも読んで頂きありがとうございます。


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 巨大な岩のような男が、ゆっくりと前に出た。


 黒翼将ガルガント・ローム。


 地属性の重装魔法使いだった。


 ガルガントは大岩のような拳を鳴らし、エリシアを見下ろす。


「光属性の女剣士。貴様がエリシアか」


「ええ」


 エリシアは聖剣を構えた。


「あなたを粛清する者よ」


 その瞬間、ライゴウが赤雷せきらいをまとってライナへ突進した。


 ゲンスイは濁った水を生み出し、足元から森を呑み込もうとする。


「またその水!」


 ライナが叫ぶ。


 今度はノエルが前に出た。


白雪結界しらゆきけっかい!」


 雪の壁が広がり、濁流を一瞬で凍らせる。


 だがライゴウは、その氷の上を赤雷で滑るように走った。


 一気にライナの目の前まで迫る。


「小娘。今度こそ焼き殺す!」


「アタシだって、やるときはやるんだから!」


 ライナは紅蓮爆装ぐれんばくそうの炎をさらに強めた。


 ライゴウの赤雷をまとった拳を、正面から受け止める。


 炎と雷がぶつかり、森の空気が大きく揺れた。


 横からレオニルが飛び込む。


「ライナには指一本触れるな!」


 レオニルは紅蓮に燃える拳を叩き込み、ライゴウの巨体を弾き飛ばした。


 だがゲンスイが、すぐに砂時計を掲げる。


「お主はまだ、ワシらの玩具じゃろう?」


 砂時計が逆さになった。


 次の瞬間、レオニルが悲鳴を上げる。


「ぐあああああッ!」


 全身を、あの日の痛みが襲った。


 グラヴィルの魔法。


 燃える祠。


 倒れていく一族。


 ライナの叫び。


 レオニルの身体は、その場から動けなくなった。


「小娘を殺すまで、この砂時計を動かし続けるとしようかのぉ」


 ゲンスイがいやらしく笑う。


「さぁ、殺してしまえぇ!」


 ライナは砂時計を奪おうとした。


 だがライゴウが立ちはだかり、その動きを止める。


「どいて!」


「行かせるかよ」


 レオニルは痛みに耐えていた。


 今にも気を失いそうだった。


 それでも、意識を手放すわけにはいかない。


 今度こそ、大切な妹を守りたかった。


 自分の命にかえても、ライナだけは生かしたかった。


 レオニルは、かすれた声を漏らす。


「俺は……死に場所を探していたのかもしれない……」


 フェルナ村が襲われた日から、毎日が長かった。


 生きているだけで苦しかった。


 魔王軍の下で働きながら、いつか復讐したいとだけ思っていた。


 そのためなら、自分の命を燃やしてもいい。


 ずっとそう思っていた。


 けれど今は違う。


 復讐のためではない。


 ライナを守るために、この命を使う。


 レオニルは大きく息を吸った。


紅蓮獅命殉装ぐれんしめいじゅんそう――終焔獅皇鎧しゅうえんしおうがい


 詠唱が終わった瞬間、レオニルの身体から音が消えた。


 悲鳴も。


 呼吸も。


 心臓の鼓動さえ、一瞬だけ止まったように見えた。


 次の瞬間、レオニルの全身から紅蓮の炎が噴き上がる。


 それは、これまでとは比べものにならない炎だった。


 紅蓮の魔力がレオニルの身体そのものを燃やしながら、巨大な炎獅子の鎧へ変えていく。


 肩には、獅子の牙のような炎の装甲。


 背中には、燃え盛るたてがみ。


 両腕を覆う紅蓮の籠手は、獅子の頭そのものに見えた。


 拳を握るたび、骨がきしむ音と獅子の咆哮が重なる。


 ライナは息を呑んだ。


「兄さん……?なに、その魔法……」


 レオニルは振り返らなかった。


 ただ、震える声で言う。


「ライナ。そこで見ていてくれ。味方まで巻き込みかねない」


「嫌だ!」


「頼む。最後のお願いなんだ」


 その声は優しかった。


 でも、死を覚悟した者の声でもあった。


「ライナ。俺はライナのことを愛している」


 ライナの胸が凍る。


「やめてよ……そんな言い方しないでよ……!」


 ゲンスイは砂時計を握ったまま、顔を引きつらせていた。


「な、なんじゃその魔法は……!砂時計の幻術がきいておらんのか!?」


 ライゴウも赤雷をまとい直す。


「とんでもねぇ魔力を体にまとってやがる。けど肉体がもつわけねぇ。せいぜい数分の自滅だな」


 レオニルはゆっくりと顔を上げた。


 その瞳は、炎の奥で静かに燃えている。


「俺はもう二度と、妹の前で膝をつかない」


 次の瞬間、レオニルの姿が消えた。


 いや、踏み込んだだけだった。


 だが、その一歩で地面が焦げ、森の土が赤く弾けた。


 レオニルは一瞬でライゴウの懐に入り、獅子の拳を叩き込む。


 大きな衝撃が走った。


 鬼神の巨体が吹き飛ぶ。


 赤雷の鎧が砕け、ライゴウの身体は木々を何本もへし折りながら地面を転がった。


「がっ……!?」


 ライゴウは立ち上がろうとする。


 だがその前に、レオニルがもう一度踏み込んだ。


紅蓮獅命拳ぐれんしめいけん


 獅子の形をした炎の拳が、ライゴウの胸を撃ち抜いた。


 赤雷が弾ける。


 炎が喰らう。


 雷鬼の鎧が、内側から焼き砕かれていく。


「馬鹿な……!」


 ライゴウが膝をついた。


 だがレオニルの身体も無事ではなかった。


 腕の皮膚が裂け、炎の隙間から血が蒸発していく。


 骨にまで炎が届いているのが、見ているだけで分かった。


「兄さん! もうやめて!」


 ライナが叫ぶ。


 それでもレオニルは止まらない。


 ゲンスイが慌てて濁流を生み出した。


「近寄るなぁ!蒼淵妖禍そうえんようか溺界呪牢できかいじゅろう!」


 濁った水が巨大な牢のようになり、レオニルを呑み込もうとする。


 その瞬間、ノエルが前へ出た。


「させない!」


 ノエルの両手から白い光が広がる。


白雪結界しらゆきけっかい――凍深牢壁とうしんろうへき!」


 濁流が空中で凍りついた。


 水の牢は氷の壁となり、ゲンスイの魔法を完全に止める。


 ノエルは膝を震わせながら叫んだ。


「レオニルさん!今です!」


 レオニルは頷き、ゲンスイへ向かって走る。


「ひっ……!」


 ゲンスイは砂時計を掲げた。


「止まれ!止まらんか!また地獄を見せるぞ!」


 砂時計が逆さになる。


 レオニルの身体に、あの日の痛みが襲いかかった。


 グラヴィルの魔法。


 燃える祠。


 倒れていく一族。


 ライナの叫び。


 だが今度のレオニルは倒れなかった。


「俺はもう負けない」


 レオニルは炎の奥で笑った。


「俺の地獄は、もうとっくに終わってるんだ」


 そのまま踏み込む。


 ゲンスイの顔から血の気が引いた。


「な、なぜ動ける……!」


「決まってるだろ」


 レオニルの拳が、獅子の顎のように開く。


「妹のことを愛しているからだ」


 紅蓮の拳が、砂時計を砕いた。


 ぱきん。


 小さな音だった。


 だがそれは、レオニルを縛り続けた悪夢が終わる音だった。


 砂時計の破片が光になって散っていく。


 レオニルの身体を縛っていた見えない鎖が、一本ずつ焼き切れていった。


 ゲンスイが後ずさる。


「ワシの砂時計が……ノクティル様の術式が……!」


 レオニルは荒い息を吐きながら、最後の一歩を踏み込んだ。


「これで終わりだ」


 炎獅子の鎧が、ひときわ大きく燃え上がる。


終焔獅皇拳しゅうえんしおうけん


 レオニルの拳が、ゲンスイを撃ち抜いた。


 河童の身体が炎に呑まれ、水妖の鎧が一瞬で蒸発する。


 ゲンスイは悲鳴を上げる間もなく吹き飛び、凍った濁流の壁へ叩きつけられた。


 ライゴウもゲンスイも倒れた。


 森の戦場に、一瞬だけ静けさが戻る。


 だがレオニルの炎は消えない。


 むしろ、さらに彼の身体を焼き始めていた。


「兄さん!」


 ライナが駆け寄る。


 レオニルは立ったまま、空を見上げていた。


「やっと壊せた」


 その声は、どこか安心しているようだった。


「俺を縛っていたものを……やっと……」


 ライナがレオニルの身体を支える。


「もういい! もう戦わなくていいから! その魔法を早く止めて!」


 レオニルはゆっくりとライナを見る。


 炎の中で、少しだけ昔の兄の顔に戻っていた。


「ライナ」


「なに……?」


「生きていてくれてありがとう」


 レオニルは小さく笑った。


「競技場でライナの顔を見たとき、本当に嬉しかった。俺の大切な妹だから」


 ライナの目から涙が溢れる。


「そんなの……そんなの今言わないでよ……!」


「俺は今度こそ守れたかな」


「守れたよ!だから早く魔法を止めて!死なないで! 兄さん!」


 だがレオニルの魔法は止まらなかった。


 この魔法は、命を燃やして力に変える魔法だった。


 魔王軍に従わされていた間、レオニルはいつか復讐したいと願い続けていた。


 そのためなら命を失ってもいいと思い、この魔法を習得した。


 けれど今、彼が命を燃やしている理由は復讐ではない。


 ライナを守るためだった。


 ノエルが必死に雪の精霊を集める。


「まだ間に合う……!絶対に死なせない……!」


 雪の精霊たちが、レオニルの炎へ群がった。


 白い光が紅蓮の鎧を包み込み、命を燃やす炎を少しずつ冷ましていく。


 レオニルは膝から崩れた。


 ライナがその身体を抱きとめる。


 魔法は弱まっていく。


 だが、レオニルの身体はひどく傷ついていた。


 腕は震え、呼吸は浅い。


 全身から、焼けたマナの匂いがした。


 レオニルは最後の力を振り絞り、ライナの頭に手を乗せた。


「俺のマナを、お前に譲る」


「兄さん……?」


「だからライナ。お前の目的を果たしたら、ちゃんと幸せになってくれ」


 レオニルの手が、優しくライナの髪を撫でる。するとライナはレオニルから大量のマナが送られてきているような、なんとも言えない奇妙な感覚を抱いたのだった。


「愛している」


 その言葉を最後に、レオニルの力が抜けた。


 ライナは泣きながら、兄を抱きしめる。


 力尽きたレオニルの表情は、不思議と穏やかだった。


 まるで、長い悪夢からようやく解放されたように。


 ライナの泣き声が、森一帯に響いた。

今回も読んで頂きありがとうございました!

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