86話 地鳴りの黒翼将
今回も読んで頂きありがとうございました!ポイント評価が創作の励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します!
森を守る者たちが集まったことで、押されていた戦いは少しだけ立て直された。
ベレンの岩壁が敵の魔法を受け止め、ガルドの剣が前線を切り開く。
鹿人族の戦士たちは森の地形を使って敵をかき乱し、狐人族の術者たちは幻の火で反対派の兵たちを迷わせた。
エルフたちも弓を構え、木々の上から矢を放つ。
一本一本の矢は、敵の足元や武器を正確に狙っていた。
殺すためではない。
進ませないためだ。
それでも敵の数は多すぎた。
三千近い敵が、森へ押し寄せてくる。
ただそれだけで、森の空気が重くなる。
倒しても、次の兵が来る。
押し返しても、別の場所から炎の矢が飛んでくる。
木々の根元には血が流れ、凍りついた炎の跡が割れていた。
焦げた幹からは、細い煙が上がっている。
ライナは拳に紅蓮を宿し、敵兵の群れを打ち払った。
「紅蓮爆装!」
炎が全身を包む。
ライナの身体が一気に軽くなり、踏み込むたびに赤い残像が走った。
一人目の剣をかわし、腹へ拳を叩き込む。
二人目の槍を腕で弾き、膝蹴りで地面へ沈める。
三人目が背後から魔法を放とうとした瞬間、ライナは振り向きざまに蹴りを放った。
炎をまとった足が空気を裂き、敵の魔法陣ごと吹き飛ばす。
「この森は必ず守る!」
その声には、怒りだけではなく必死さもにじんでいた。
ここはフェルナ村ではない。
けれど、同じ森だ。
エルフも獣人族も、あの頃のネフェルナ一族を知る者たちも、今ここで戦っている。
もう二度と、目の前で奪わせたくなかった。
その少し後ろで、レオニルも戦っていた。
「紅蓮獅霊同化――獅皇焔身!」
紅蓮の獅子が、その身に溶け込む。
レオニルの全身を、灼熱の鎧が包んだ。
拳を振るうたびに炎の爪痕が走り、押し寄せる敵兵たちをまとめて弾き飛ばしていく。
だがレオニルは、助けに来てくれた森の人々の顔をまともに見ることができなかった。
敵を倒すたびに、あの夜の光景が頭をよぎる。
祠の前に集められた一族。
逃げ場のない壁。
グラヴィルの魔法。
消えていった父と母。
そして今、自分はまた森の中で戦っている。
誰かを守るために。
今度こそ守らなければならない。
「ライナ!」
レオニルが叫んだ。
ライナの背後から、反対派の兵が魔法弾を放っていた。
ライナが振り向くより早く、レオニルが地を蹴る。
炎をまとった拳が魔法弾を砕き、そのまま敵兵を吹き飛ばした。
「大丈夫か!」
「うん! ありがとう、兄さん!」
その返事を聞いて、レオニルの胸がわずかに熱くなる。
ライナは、まだ自分を兄と呼んでくれる。
それだけで、膝を折るわけにはいかなかった。
ノエルは二人の後方で、休む間もなく魔法を使い続けていた。
「雪精同調!」
淡い雪の光が、ライナとレオニル、そして周囲のエルフたちへ降り注ぐ。
疲れで鈍りかけていた身体が軽くなり、傷の痛みも少し和らいだ。
さらにノエルは、迫る炎の魔法を見て両手を広げる。
「白雪結界!」
白い雪の壁が、森の前に広がる。
炎の流れは雪の壁にぶつかった瞬間、音を立てて凍りついた。
ベレンが豪快に笑う。
「すげえな、あの坊主!森ごと冷やしやがる!」
ガルドも剣を振るいながら頷いた。
「あの氷がなければ、とっくに森は焼け落ちていた」
ノエルは小さく息を吐いた。
「まだ……まだ大丈夫。僕がいる限り、森は燃やさせない」
だが、その顔色は明らかに悪かった。
広い範囲を凍らせる。
傷を癒す。
仲間の動きを助ける。
結界で守る。
ノエルは攻撃以外の魔法に優れている。
それでも、これほど大きな戦場を一人で支え続けるには限界があった。
エリシアはその異変に気づいていた。
聖剣を振るい、迫る魔王兵を斬り伏せながらノエルを見る。
「ノエル、無理しすぎないで!」
「平気だよ……まだいける」
「その返事、全然平気じゃない人の返事なのよ」
エリシアは周囲を睨んだ。
ノクトはいない。
今この場で、一番全体を見なければならないのは自分だ。
ライナもレオニルも強い。
ノエルの支援もある。
獣人族とエルフたちも戦っている。
それでも敵の数が多すぎた。
このまま長引けば、先に倒れるのはこちらだ。
その時だった。
森の奥から、嫌な魔力が三つ同時に膨れ上がった。
エリシアの背筋に冷たいものが走る。
「……来る」
ライナも拳を止めた。
レオニルも振り返る。
ノエルの雪の精霊たちが、一斉に怯えたように震えた。
次の瞬間、前方の敵兵たちが左右に割れる。
まるで道を開けるように。
その奥から、三つの影が歩いてきた。
一人は、赤い雷をまとった鬼。
黒翼将ライゴウ。
裂けた外套を揺らし、赤雷鬼神の姿で大地を踏みしめている。
額の二本角からは赤い雷が走り、拳を握るだけで周囲の空気が焦げついた。
一人は、濁った水の気配をまとう河童。
黒翼将ゲンスイ。
蒼淵河童の姿のまま、ぬめるような足取りで進んでくる。
頭の皿にたまった水が不気味に揺れ、口元にはいやらしい笑みが浮かんでいた。
その手には、あの砂時計が握られている。
そして、もう一人。
巨大な岩のような男がいた。
身の丈は二メートルを超えている。
肩幅は城門のように広い。
漆黒の外套は、その巨体に合わせて作られているのか、長い裾が地面を引きずっていた。
内側の深紅が、乾いた血のように揺れている。
肌は浅黒い。
顔には、岩の割れ目のような古い傷が走っている。
首元から頬にかけて、土色の魔力紋が刻まれていた。
胸元には、堕天の双翼の紋章。
その男が一歩踏み出すたび、地面が低くうなった。
ありがとうございました!




