85話 森の守護者たち
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ノクトがヴォルツの王宮へ足を踏み入れようとしていた頃。
エリシアたちは、エルフの森に押し寄せる敵と激しい戦いを続けていた。
手を止める暇などない。
次から次へと敵が流れ込んでくる。
最初はまだ押し返せていた。
だが、あまりにも数が多い。
先日の襲撃とは比べ物にならなかった。
しかも相手の動きも違う。
反対派の人間に混じって、魔王軍の隊員らしき者もかなりいるようだった。
「数が多すぎる!」
ライナが叫ぶ。
その時、森の外を見に行っていたエルフが駆け込んできた。
「森の外は大軍だ!三千はいるぞ!」
エリシアは息を呑んだ。
こちらは、エルフを合わせても百人ほど。
三千の敵を相手に、まともに戦える数ではない。
自分は無事でいられるかもしれない。
けれど、この場にいる全員を守りきるのは難しい。
敵は雪崩のように森へ流れ込んでくる。
ライナも完全に囲まれていた。
四方八方から飛んでくる攻撃をさばききれない。
ほんの一瞬、ライナの動きが遅れた。
そこを敵は見逃さなかった。
魔法弾が、ライナの喉元へ迫る。
その時だった。
別の魔法が、ライナを守った。
分厚い岩の盾がせり上がり、魔法弾を受け止める。
鈍い音が響き、魔法弾は砕け散った。
「……え?」
ライナが振り返る。
そこには、一人の大柄な男が立っていた。
熊人族の男だった。
年齢は四十代半ばほど。
短く刈り込んだ黒茶色の髪。
分厚い肩。
顔は人間に近いが、丸い耳と大きな腕は獣人族らしかった。
頬には古い傷跡がある。
その目には、戦いに慣れた静かな強さが宿っていた。
男の名は、ベレン・グラウ。
かつてフェルナ村の近くで、ネフェルナ一族と交流のあった熊人族の戦士だった。
「危なかったな、ライナ」
その声を聞いた瞬間、ライナの瞳が大きく揺れた。
「……ベレン、おじさん?」
ベレンは少しだけ口元を緩める。
「大きくなったな。昔は俺の腕にぶら下がって遊んでたのに」
ライナの胸が詰まった。
フェルナ村が滅んでから、自分の幼い頃を知る人に会えるとは思っていなかった。
もう二度とないと思っていた。
だが、懐かしさに浸る暇はない。
敵の魔法が、また四方から飛んでくる。
ベレンは大きな足で地面を踏みしめた。
「熊巌壁」
地面がうなり、分厚い岩壁がライナたちの周囲にせり上がる。
敵の魔法は次々と岩壁にぶつかった。
だが、びくともしない。
熊人族特有の地属性魔法。
速さよりも、重さと守りに優れた魔法だった。
「ライナ。泣くのは後だ」
ベレンは巨大な拳を握った。
「今は生き残るぞ。お前はネフェルナの希望の炎なんだからな」
ライナは涙をこらえながら、強く頷いた。
「うん!」
その瞬間、森の奥からさらに獣人族たちが姿を現した。
狼人族。
鹿人族。
狐人族。
そして熊人族。
それぞれが武器を構え、エルフの森を守るように並び立つ。
ライナがグリュネヴァルトの森を守ろうと戦っている。
その姿が、一度はバラバラになった森の守り手たちを再び集めたのだ。
先頭に立つ狼人族の男が、鋭い金色の瞳で敵軍を睨む。
「ベレン。遅れたな」
「ガルド。相変わらず足だけは速いな」
狼人族の男。
ガルド・ヴォルフェンは、腰の剣を抜いた。
「ライナ。俺たちもフェルナ村のことを忘れたわけじゃない」
その声に、ライナは息を呑んだ。
ガルドは静かに続ける。
「ネフェルナ一族が滅ぼされたあの日から、俺たち獣人族もずっと後悔していた。助けに行けなかったことをな」
ベレンが大きな拳を鳴らす。
「だから今度は間に合った。お前を死なせる気はない」
ライナの拳に、紅蓮の炎が宿った。
胸の奥で、止まっていた何かがまた一つ動き出す。
「ありがとう……ベレンおじさん、ガルドさん」
ライナは涙を拭い、前を向いた。
「でも、守られてるだけじゃ終われない」
そして拳を握る。
「アタシも戦う!」
ベレンは豪快に笑った。
「そうこなくちゃな。やっぱりネフェルナの娘だ」
敵軍が再び押し寄せてくる。
だが、今度は違った。
ライナの隣には、彼女の過去を知る獣人族たちが立っている。
失われたはずの故郷の記憶が、戦場の中でライナを支えていた。
グリュネヴァルトの森に迫る敵は、三千近い。
圧倒的な数だった。
最初は苦戦していた。
だが今、森の精鋭たちが集まり始めている。
エルフだけではない。
獣人族もいる。
この森を守りたい者たちが、次々と戦いに加わっていく。
グリュネヴァルトの未来をかけて。
反対派と守護派の最後の大きな戦いが、始まろうとしていた。
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