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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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84話 森羅覇神アルヴェルド

今回も読んで頂きありがとうございます!


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 黒い光が、城の壁を貫いた。


 そのまま外の森へ向かって、一直線に伸びていく。


 だが不思議なことに、黒焔こくえんは森へ届く直前で灰のように散った。


 ノクトが最後の最後で、威力の向きを制御したのだ。


 崩れた王室に、静けさが落ちる。


 黒い灰が、雪のように舞っていた。


 漆黒龍しっこくりゅうは大きく息を吐き、ゆっくりと輪郭を崩していく。


 翼が灰になる。


 鱗が闇へ溶ける。


 最後に、赤黒い瞳だけが一瞬ノクトを見た。


 そして、消えた。


 ノクトは杖を支えにして、片膝をついた。


 息が荒い。


 肩も腹も痛む。


 全身に重い疲れが残っていた。


 それでも意識ははっきりしている。


 身体もまだ動く。


 楽な勝利ではなかった。


 だが、ここで倒れるほどではない。


 ノクトは顔を上げた。


 瓦礫の山の向こうで、ヴォルツが倒れている。


 赤橙色の髪は煤で汚れ、黒い軍服は焼け裂けていた。


 全身から煙が上がり、指先の火花もほとんど消えている。


 それでもヴォルツは、わずかに目を開けた。


「……は、はは……」


 掠れた笑い声だった。


「マジかよ……俺の爆発を……喰いやがった……」


 ノクトはゆっくりと立ち上がり、ヴォルツの方へ近づいていく。


 ヴォルツは何とか身体を起こした。


 その目には、まだ悔しさが燃えている。


「なんでだよ……」


 ヴォルツが呟いた。


「なんでお前は……俺たちの邪魔ができる……」


 声が震えていた。


「魔王様も、ヴァルグラン様も殺して……今度は俺の邪魔までして……」


 ノクトは静かに答えた。


「ただ、止めたいものを止めてるだけだ」


「それが綺麗事だって言ってんだよ……」


 ヴォルツは苦しげに笑う。


「暴力を止めるために、暴力を振るう。結局、お前も俺らと同じじゃねぇか……」


「そうかもしれない」


 ノクトは否定しなかった。


 その返答に、ヴォルツの目がわずかに揺れる。


「だから俺は、自分が正しいなんて言わない」


 ノクトは杖を握り直した。


「ただ、お前たちのやり方を見過ごすことだけはできない」


「……気に食わねぇ」


 ヴォルツが歯を食いしばる。


「最後まで……気に食わねぇな……」


 彼の指先に、小さな火花が灯った。


 ノクトはすぐに杖を構える。


 だが、その火花は攻撃にはならなかった。


 ぱちり、と小さな音を立てて消える。


 ヴォルツの魔力は、もう尽きかけていた。


「ちくしょう……」


「もう諦めろ。お前の負けだ」


 ノクトは戦いを終わらせるため、ヴォルツへ近づいた。


 するとヴォルツは、最後の力を振り絞るようにして、ノクトから距離を取った。


 そして、狂ったように甲高い声で笑い出す。


「ノクト……俺には最終兵器があるって、前に言わなかったか?」


「もう無理だ。諦めろ」


「だから、俺には最終兵器があるんだよ」


 ヴォルツの口元が歪む。


「お前、神核しんかくについて詳しく知ってるか?」


 ノクトの表情が変わった。


 神核。


 もちろん、名前は知っている。


 だが、それはほとんど神話に近い話だった。


 神核とは、各属性の根源に存在するとされる最上位の神格。


 火には火の神核。


 水には水の神核。


 風には風の神核。


 土には土の神核がある。


 精霊や魔物とは違う。


 神核は、その属性そのものに近い存在だ。


 火の神核なら、ただ炎を操るのではない。


 炎という概念そのものを支配する。


 土の神核なら、大地、岩、鉱脈、重み、地脈そのものを司る。


 神核を召喚することは、属性の神を呼ぶことに等しい。


 普通の魔法使いでは触れることすらできない。


 そもそも、世界でも本当に顕現させた者がいるかどうか分からない。


 そういう、古い言い伝えの中の存在だった。


 ヴォルツは笑った。


「俺はこの世界で初めて、神核を召喚させるんだ」


 ノクトの背筋に、嫌な寒気が走る。


「地属性の神核を知ってるか? 地属性の神核は、エルフの血統と深く関わっていると言われてる」


 ヴォルツの声が、さらに歪む。


地属性神核ちぞくせいしんかく――森羅覇神しんらはしんアルヴェルド」


 ノクトは息を呑んだ。


「俺はこいつを降臨させるために、大量のエルフを生け贄に捧げた」


 ノクトの手に力がこもる。


「何を言ってるんだ……」


「この王宮には地下室がある」


 ヴォルツは楽しそうに言った。


「外からは絶対に入れないように閉ざしてある場所だ。そこで俺は大量のエルフを犠牲にした。あいつらからマナを搾り取って、そのマナで神核を降臨させる」


 ヴォルツは、血の混じった唾を吐き捨てる。


「俺の合図一つでな」


 ノクトが動こうとした。


 だが、その前にヴォルツが指を鳴らす。


地属性神核ちぞくせいしんかく――森羅覇神しんらはしんアルヴェルド、降臨せよ!」


 その瞬間、王宮が揺れた。


 いや、揺れたという程度ではない。


 地下から、とてつもない力がせり上がってくる。


 床が割れた。


 壁が裂けた。


 天井が崩れていく。


 王宮そのものが、内側から押し壊されていった。


 そして地下から、あまりにも巨大なエルフの姿が現れる。


 ノクトは呆気に取られた。


 ありえない。


 こんなものが、現実に存在するはずがない。


 目の前に現れたのは、地属性を司る神だった。


 森羅覇神アルヴェルド。


 それは、巨大なエルフの王を思わせる姿をしていた。


 全身は岩、古樹、根、大地で形作られている。


 肌は苔むした石のように重く硬い。


 頭には、長い角のように枝分かれした冠。


 瞳は深い翠色に静かに光っていた。


 身体からは無数の根が伸びている。


 立っているだけで、周囲の大地と森が呼応していた。


 まるで森そのものが、神の姿を取ったようだった。


 ノクトは昔、本で読んだことがあった。


 森羅覇神アルヴェルドは、地属性の神核に宿る古き神性。


 大地。


 森。


 根。


 鉱石。


 古樹。


 そして、エルフの血脈を司る存在。


 その力は、命を育む土であり、すべてを押し潰す大地そのもの。


 ひとたび顕現すれば、古樹の根が山脈のように隆起し、森そのものが巨大な神の肉体となって敵を呑み込む。


 そんな存在だった。


 ヴォルツは目を見張り、すぐに笑みを浮かべた。


「おお……地属性の神よ」


 ヴォルツはアルヴェルドに向かって怒鳴る。


「お前の飼い主は俺だ! 今すぐあいつを葬ってくれ!」


 アルヴェルドが、ゆっくりとヴォルツを見た。


 その瞳には、怒りも喜びもない。


 ただ、大地のように深い沈黙だけがあった。


 次の瞬間、アルヴェルドの巨大な拳に地脈の魔力が集まる。


覇神地葬槌はしんちそうつい


 アルヴェルドの拳が、振り下ろされた。


 狙いはノクトではない。


 ヴォルツだった。


「は……?」


 ヴォルツの顔から、笑みが消えた。


 次の瞬間、巨大な拳が直撃する。


 ヴォルツの身体だけではない。


 周囲の地形ごと陥没した。


 地面は巨大な墓穴のように沈み、瓦礫も石床もまとめて押し潰される。


 ヴォルツの声は、もう聞こえなかった。


 六魔星ヴォルツは、自ら呼び出した神核によって、一瞬で葬られたのだった。

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