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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ザルベック解放編

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8話 黒翼将ザイモン

いつも読んで頂きありがとうございます!

 ノクトはようやく剣を抜いた。


 その瞬間、空気が変わった。


 校庭に満ちていた魔王軍の殺気が、まるで押し潰されたように沈む。


 一歩。


 ノクトが踏み込んだ。


 前列の兵士たちは、何が起きたのかも分からないまま地面に倒れた。


 二歩。


 横一線に剣が走る。


 放たれた炎が裂け、風の刃が消え、岩の弾丸が真っ二つに割れた。


 三歩目。


 ノクトの姿が消えた。


 残ったのは、黒い外套の残像だけ。


「な……何が起きている!?」


 誰かが叫んだ。


 だが答える者はいなかった。


 次の瞬間、その兵士も地面に倒れていたからだ。


 ノクトは敵の間を駆け抜けた。


 斬る。


 払う。


 打ち伏せる。


 その動きは、速すぎて誰の目にも追えなかった。


 五十を超える魔王軍の兵士たちは、ほんのわずかな時間で次々と崩れ落ちていく。


 やがて、校庭に立っている兵士はいなくなった。


 ノクトは剣についた血を払うこともなく、静かに鞘へ納める。


 ほとんどの兵士は死んでいない。


 だが、もう戦える者はいなかった。


 ゼルマンは言葉を失っていた。


 ミレオも、ただノクトの背中を見つめている。


 ライナとアルトも、戦いの手を止めていた。


「あの人は……いったい何者なんだ……?」


 アルトが震える声で呟いた。


 ライナはその隙に、アルトへ一歩近づいた。


「アルトくん。もう魔王軍なんかに従わなくていい」


 ライナは拳を下ろした。


「アタシたちが助けに来たんだから。一緒にここを出よう」


 だがアルトは首を横に振った。


「無理です」


「無理じゃないよ」


「あの人が強いのは分かりました。でも……ザイモン様はもっと強い」


 その声は、恐怖で震えていた。


「逆らったら殺される。逃げても殺される。助けを求めても殺されるんです」


「アルトくん……」


「あなたは知らないでしょう」


 アルトは涙を浮かべたまま、叫ぶように言った。


「魔王軍に逆らった友達が、目の前であの化け物に食い千切られるところを!」


 ライナの表情が変わった。


「僕の友達は……あんな奴に食われるために努力してきたんじゃない……!」


 アルトは杖を握り締める。


「毎日勉強して、魔法を練習して、いつかこの国の役に立つんだって……それなのに……!」


 涙が頬を伝う。


「何もできなかった。誰も助けられなかった。だからもう、逆らえないんです!」


 ライナは胸が痛くなった。


 アルトは敵ではない。


 ただ、心を折られた少年だった。


 それでも、このまま放っておくことはできない。


「ごめんね」


 ライナは両拳を構えた。


「でもアタシ、けっこう強引なところあるんだ」


 足元に紅い円が走る。


 炎が噴き上がり、獅子の形を作っていく。


紅蓮獅霊召喚ぐれんしれいしょうかん


 炎の獅子が咆哮した。


 熱風が校庭を駆け抜ける。


焔獅子乱舞ほむらじしらんぶ!」


 炎の獅子が跳んだ。


 赤い爪が空を裂き、火の軌跡が連続して走る。


 アルトも風魔法で対抗した。


 無数の風刃が炎の獅子へ向かう。


 だが、炎は止まらない。


 風を焼き払い、刃を砕き、アルトの周囲を一気に飲み込んだ。


「うっ……!」


 ライナは力を抑えていた。


 アルトを殺すつもりなどない。


 ただ動けなくするだけでいい。


 炎の獅子が最後に大きく前脚を振るう。


 アルトの杖が弾き飛ばされ、彼の体が地面に倒れた。


 そのまま意識を失う。


 ライナはすぐに駆け寄った。


「大丈夫。ちゃんと手加減したからね」


 気絶したアルトを抱え上げ、ゼルマンたちの方へ運ぶ。


「この子、お願い!」


「分かりました」


 ゼルマンがアルトを受け取る。


 ミレオは倒れたアルトを見て、悔しそうに唇を噛んだ。


「アルト……」


 戦いは終わった。


 そう思った。


 だが、その直後だった。


 空が暗くなった。


 昼間のはずなのに、校庭に巨大な影が落ちる。


 ノクトが空を見上げた。


「来る」


 黒い閃光が、雲を裂いて落ちてきた。


 轟音。


 校庭の中央に、巨大な魔物が降り立つ。


 その名はアビス・クロウ。


 大鴉のような姿をした魔物だった。


 広げた翼は校舎の屋根を覆うほど大きい。


 羽の先には黒い炎が揺れ、赤い瞳が獲物を探すようにぎらついている。


 嘴は黒曜石のように鋭く、爪は地面を簡単にえぐった。


 アビス・クロウが咆哮する。


 それだけで空気が震えた。


「な、何あれ……!」


 ライナが息を呑む。


 ミレオはゼルマンの服を掴んだ。


 アビス・クロウが翼を振るう。


 黒い羽が雨のように降り注いだ。


 その一枚一枚が刃のように鋭く、地面に突き刺さるたび石畳が砕ける。


「下がってろ!」


 ノクトが前へ出た。


 剣を抜き、降り注ぐ黒羽を斬り払う。


 金属音のような硬い音が、何度も校庭に響いた。


 アビス・クロウが再び翼を広げる。


 今度は黒い風刃が、四方からノクトへ襲いかかった。


 ノクトは一歩も退かない。


 剣を振るい、風を裂き、迫る闇を弾き返す。


「速いな」


 ノクトは小さく呟いた。


 アビス・クロウが空へ舞い上がる。


 そして黒い雷を纏い、一直線に急降下してきた。


 雷鳴が鳴る。


 空気が焼ける。


 ノクトは紙一重でかわし、地面を滑るように距離を詰めた。


 アビス・クロウの爪が地を抉る。


 瓦礫が吹き飛び、崩れかけた塔の一部が崩落した。


「ノクト!」


 ライナが叫ぶ。


 だがノクトは止まらない。


 黒羽が背後から飛んでくる。


 ノクトは振り向きもせずに剣をぎ払った。


 羽が砕け、黒い霧となって弾ける。


 視界が黒煙に覆われた。


 その中で、赤い瞳だけが光る。


 アビス・クロウはまだ生きている。


 ノクトは剣を構え直した。


 呼吸を整える。


 黒煙の向こうで、風が動いた。


 次の瞬間、アビス・クロウが急降下する。


 雷を纏った黒翼が、ノクトの頭上へ迫った。


 ノクトは動かない。


 ぎりぎりまで待つ。


 黒い翼が光を浴びた。


 その一瞬。


 ノクトの剣が閃いた。


 一閃。


 斬撃が空を裂いた。


 アビス・クロウの翼が斬り落とされ、巨体が大きく傾く。


 魔物は絶叫した。


 黒い炎が散り、赤い瞳から光が消えていく。


 地面へ落ちる寸前、ノクトはもう一度踏み込んだ。


 最後の一撃。


 剣が魔物の胴を斬り裂いた。


 アビス・クロウは黒い霧となって崩れ落ちる。


 校庭に、ようやく静けさが戻った。


 ノクトは息を吐いた。


 思ったより手強かった。


 だが休んでいる暇はなかった。


「ノクト!」


 ライナが駆け寄ってくる。


「また誰か来る!」


 ノクトもすぐに気づいた。


 魔力の気配が違う。


 さっきまでの兵士たちとは比べものにならない。


 重く、冷たく、体の奥を掴まれるような殺気。


 ライナの背筋に冷たいものが走った。


 これは危険だ。


 本能がそう告げていた。


 校舎の奥から、一人の男が歩いてくる。


 漆黒の外套。


 高い襟。


 長い裾の内側には、血のような深紅が覗いている。


 胸には、堕天の双翼の紋章。


 逆さ剣を中心に、二枚の黒翼が広がる魔王軍の紋章だった。


 ただの兵士ではない。


 黒翼将こくよくしょう


 六魔星の直系幹部。


 ザルベックを支配する怪物。


 男は倒れた兵士たちを見て、面白そうに笑った。


「ずいぶん派手にやってくれたな」


 その声を聞いた瞬間、気絶していたはずのアルトがうっすら目を開いた。


 そして恐怖に顔を歪める。


「ザイモン様……」


 男の名は、ザイモン。


 この学園を地獄に変えた黒翼将だった。


 ザイモンはノクトとライナを見つめ、ゆっくりと口角を上げる。


「さて」


 黒い魔力が、足元から滲み出した。


「次は俺が遊んでやる」

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