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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ザルベック解放編

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7話 壊れた学び舎

ぜひお楽しみ下さい!

 早朝、ノクトたちは隠れ家を出発した。


 森を抜け、荒れた道を進み、ザルベックの東へ向かう。


 ヴェルノア学園に着いた頃には、太陽は真上近くまで昇っていた。


 ザルベックの東にある緩やかな丘。


 そこに、かつてこの国で最も美しい学び舎があった。


 その名はヴェルノア学園。


 白い石造りの校舎。


 風が吹くたびに響く鐘楼の音。


 校庭を囲む花壇には、四季折々の花が咲いていたという。


 生徒たちはそこで笑い、魔法の基礎や歴史、礼法、そして人としての在り方を学んでいた。


 それは、バルザック王の理想そのものだった。


 力だけで国を導くのではない。


 知と心で国を導く。


 そのための場所が、ヴェルノア学園だった。


 だが今、その面影はほとんど残っていなかった。


 白かった石壁はひび割れている。


 窓ガラスは砕け、破れたカーテンが風に揺れていた。


 校庭の花壇は踏み荒らされ、噴水も枯れている。


 人の声はない。


 鳥の鳴き声すら聞こえない。


 学び舎というより、まるで廃墟だった。


「ひどい……」


 ミレオは呆然と立ち尽くした。


「僕の知ってるヴェルノアじゃない……」


 ゼルマンも苦しそうに目を伏せた。


 ライナは拳を握りしめる。


「こんなの……ひどすぎるよ」


 ノクトは何も言わなかった。


 ただ周囲の気配を探っていた。


 静かすぎる。


 人がいないのではない。


 隠されている。


 そんな嫌な気配があった。


 その時だった。


 校庭の奥を、一人の少年が歩いているのが見えた。


 淡い灰色の髪。


 整った顔立ち。


 澄んだ青い瞳。


 けれど、その表情には生気がなかった。


 ミレオはその少年を見るなり、ぱっと顔を明るくした。


「アルト!」


 少年が振り返る。


 彼の名はアルト・レイン。


 ヴェルノア学園の首席として知られる少年だった。


「ミレオ様……!?」


 アルトは驚いたように目を見開いた。


 だがすぐに、その顔が青ざめる。


「どうしてここにいるんですか!?」


「アルト、久しぶりだね!」


「駄目です!早く逃げてください!」


 アルトは周囲を気にしながら叫んだ。


「ここはもう魔王軍に占領されています!このままだと殺されます!」


「でもアルト、君は――」


「お願いです!早く!」


 アルトの声は震えていた。


 その時、校舎の影から一人の男が歩いてきた。


 大柄で、だらしなく笑っている男だった。


 魔王軍の兵士らしい黒い装備を身につけている。


「アルト」


 男は嫌な笑みを浮かべた。


「誰だ、そのガキは」


 アルトの肩がびくりと跳ねる。


「バ、バルド様……」


「答えろ」


「この方は……ザルベックの王子です」


 次の瞬間、バルドと呼ばれた男の顔が歪んだ。


「王子だと?」


 バルドはアルトへ歩み寄り、乱暴に胸ぐらを掴んだ。


「もうこの国に王なんていねぇんだよ。分かってんのか?」


「す、すみません……」


「次にそんなこと言ったら殺すぞ」


 ミレオは悔しそうに唇を噛んだ。


 だがアルトは完全に怯えていた。


 逆らうどころか、目を合わせることすらできていない。


 バルドはミレオを見た。


 そして笑う。


「ちょうどいい」


 その声は、ひどく軽かった。


「アルト。そいつを殺せ」


「……え?」


「お前の手で、そのガキを殺せって言ってんだ」


 アルトの顔から血の気が引いた。


「そ、それはできません……」


「できない?」


 バルドの声が低くなる。


「じゃあザイモン様に言いつけるぞ」


 その名前を聞いた瞬間、アルトの体ががたがたと震え出した。


 明らかに様子がおかしい。


 恐怖で心を壊されている。


 ノクトもその名に反応した。


 ザイモン。


 聞いたことがある。


 魔王軍の中でも、残虐さで知られる名だった。


「ゼルマンさん!」


 ノクトが叫んだ。


「ミレオを連れて少し下がってください!」


「はい!」


 ゼルマンはすぐにミレオを背後へ下げた。


 ミレオはまだアルトを見ていた。


「アルト……」


「ミレオ様……」


 アルトの目には涙が浮かんでいた。


 それでも、彼は杖を握った。


 バルドが怒鳴る。


「アルトォォォ!なぜ俺の命令を聞かない!」


 バルドは愉快そうに笑った。


「そいつらを殺せ!じゃないとお前も、友達みたいにザイモン様に食われるぞ!」


 アルトの表情が壊れた。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 アルトが風属性魔法を発動する。


 激しい風の刃が、ノクトたちへ向かって飛んできた。


 だがライナが前へ出た。


 拳に炎を宿し、風の刃を叩き落とす。


「ライナ!」


 ノクトが叫ぶ。


「その子は任せる!傷つけすぎるな!」


「分かってる!」


「ゼルマンさんはミレオを守ってください!」


「承知しました!」


 アルトは涙を流しながら、何度も風魔法を放ってきた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 ライナは歯を食いしばる。


「謝るくらいなら、やめなよ!」


「やめられないんです!」


 アルトの周囲で風が荒れ狂う。


「逆らったら……僕もみんなみたいに……!」


 風の刃が一斉に襲いかかる。


 ライナは炎を纏った拳で、それを次々と砕いた。


 炎が弾ける。


 風が裂ける。


 校庭の砂が巻き上がった。


 アルトの魔法は鋭かった。


 無駄がない。


 さすがヴェルノア学園の首席と言われるだけはある。


 風の刃は見えにくく、角度もいやらしい。


 普通の相手なら、一瞬で切り刻まれていただろう。


 だがライナも止まらない。


 踏み込むたびに炎が爆ぜる。


 拳を振るたびに、赤い閃光が走る。


 火は風に強い。


 属性の相性だけで言えば、ライナの方が有利だった。


 しかしライナは本気を出し切れなかった。


 相手は魔王軍の兵士ではない。


 怯えきった少年だ。


 傷つけたいわけじゃない。


「アルトくん!目を覚まして!」


 ライナが叫ぶ。


「ミレオくんは、君を助けに来たんだよ!」


「無理です!もう無理なんです!」


 アルトはさらに風を集める。


 校庭の空気が渦を巻いた。


 数十の風輪が、彼の周囲に浮かび上がる。


 透明な刃が空気を震わせた。


「来る……!」


 ライナは両拳に炎を込めた。


 風輪が一斉に放たれる。


 ライナは前へ出た。


 逃げない。


 避けない。


 炎をまとった拳で、風輪を正面から叩き砕いていく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 砕けた風が肌を切る。


 頬に細い傷ができた。


 それでもライナは止まらなかった。


「こんなところで終わらせない!」


 ライナの両腕に炎が膨れ上がる。


 紅蓮の渦が空へ伸び、残った風輪を一気に焼き払った。


 熱風が広がり、アルトは大きく後ろへ下がる。


「くっ……!」


 だがその時、バルドが笑った。


「いいぞアルト!もっとやれ!殺さないとお前が殺されるぞ!」


「うわぁぁぁぁぁ!」


 アルトは風をさらに圧縮した。


 ライナも拳を構える。


 風と炎がぶつかり、轟音が校庭に響いた。


 その頃、ノクトはバルドと向き合っていた。


「お前がここの監視役か」


「ああ?」


 バルドは水のマナを手に集めながら笑った。


「だったらどうした」


「アルトに何をした」


「何もしてねぇよ。ちょっと教育しただけだ」


 ノクトの目が冷たくなる。


「友達を食われたってのは?」


「ザイモン様は食欲旺盛だからなぁ。逆らった奴を噛み砕くのが好きなんだよ」


 バルドは腹を抱えて笑った。


「お前も会えば分かる。あの方はすげぇぞ。人が泣き叫ぶ顔が大好きなんだ」


「そうか」


 ノクトは静かに剣へ手を添えた。


「もう喋らなくていい」


 バルドは水魔法を放った。


 高圧の水が刃となってノクトへ襲いかかる。


 だがノクトは軽く横へ動いた。


 水の刃が空を斬る。


「なっ――」


 次の瞬間、ノクトの姿が消えた。


 バルドが気づいた時には、ノクトはすでに目の前にいた。


 剣が一閃いっせんする。


 バルドの武器が砕け、体が地面へ叩きつけられた。


「がはっ……!」


 ノクトは殺してはいない。


 だがバルドは完全に戦意を失っていた。


 その時だった。


 校舎の奥から、足音が響いてきた。


 一人ではない。


 二人でもない。


 次から次に、魔王軍の兵士たちが姿を現す。


 外の騒ぎに気づいたのだ。


 数はすぐに十を超えた。


 二十。


 三十。


 さらに増えていく。


 やがて、五十を超える魔王軍がノクトの前に立ちはだかった。


 ゼルマンは息を呑む。


 ミレオの顔も青ざめた。


 ライナもアルトと戦いながら、その異様な気配に気づいた。


「嘘……あんなに……」


 魔王軍と戦うということの現実。


 それが今、目の前にあった。


 兵士たちは一斉に魔法を唱え始める。


 火。


 風。


 土。


 水。


 あらゆる属性のマナが、校庭に満ちていく。


 空気が震えた。


 地面が軋んだ。


 普通なら、逃げ場などない。


 だがノクトは動かなかった。


 剣すら抜かない。


 鞘に納めたまま、ただ静かに立っている。


「撃てぇぇぇ!」


 号令と同時に、無数の魔法がノクトへ降り注いだ。


 炎が爆ぜる。


 風が裂く。


 岩が砕ける。


 水が弾ける。


 校庭を飲み込むほどの爆発が起こった。


「ノクト!」


 ライナが叫んだ。


 ミレオも息を止める。


 ゼルマンはミレオを抱えるようにして庇った。


 煙が広がる。


 誰もが、ノクトの姿を探した。


 そして煙が晴れた時。


 そこには一人の剣士が立っていた。


 黒い外套が風に揺れている。


 傷一つない。


 足元の地面さえ、ほとんど抉れていない。


 ノクトは静かに息を吐いた。


「この程度か」


 その声に、魔王軍の兵士たちは言葉を失った。


 ライナも、ミレオも、ゼルマンも、ただ呆然とノクトを見ていた。


 彼が何者なのかは、まだ誰も知らない。


 ただ、その背中に宿る異常な力だけは、誰もが感じ取っていた。

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