76話 グレイの正体
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その夜。
フェルナ村から少し離れた森の中に、二つの影があった。
一人は、グラヴィル。
そして、その隣には黒髪の青年が立っていた。
細身の体に力みはない。どこか気だるそうにすら見える。
だが、切れ長の目だけは異様に鋭かった。
その目に見つめられると、心の奥まで静かに覗かれているような気がする。
ノクティル。
幻術魔法を操る六魔星。
人の意識に、影のように入り込む男だった。
「一族の皆殺し。どうしてそこまでする必要がある?」
ノクティルが尋ねる。
グラヴィルは楽しそうに笑った。
「君はグレンハルトを知っているか?」
「ああ。たしか、ひと昔前に活躍した猫人族のハーフだったか」
「そうだよ。あいつはネフェルナ一族なんだ」
「それと今回の件に、どんな関係があるんだ?」
グラヴィルの笑みが深くなる。
「あいつは強かった。世界の三大勇者の一人だからね。ルシエルとも肩を並べるくらいの強さだった。何故か知名度は低いけどね。」
グラヴィルは、どこか遠い目をした。
「僕は一度、グレンハルトと戦ったことがある。あの時はまだ僕も若かったし、少し油断しすぎた」
「負けたのか?」
「うん。負けたよ。背中を向けて全力で逃げた」
グラヴィルは笑っていた。
けれど、その目は笑っていなかった。
「あの日から、ずっと恨んでいた。いつか殺してやるつもりだった。でも、僕が再会するより先に、ゼルクが殺してしまった」
ノクティルは静かに聞いていた。
「グレンハルトに恨みがあるから、その一族を滅ぼすのか?」
「それだけじゃないよ」
グラヴィルは肩をすくめる。
「グリュネヴァルトの森そのものが、魔王軍にとって邪魔なんだ。グレンハルトは死んだけれど、ネフェルナ一族には強い魔法使いがたくさんいる」
そして、少しだけ声を低くした。
「しかもエルフと手を取り合って、魔王軍と戦う準備までしているらしい」
「なるほど」
「グリュネヴァルトは面倒な国だよ。エルフもネフェルナも、放っておけば必ず邪魔になる」
グラヴィルは、当然のように言った。
「だから、早めに滅ぼす」
ノクティルは何も答えない。
グラヴィルは続けた。
「それに、僕はグレンハルトみたいなやつが大嫌いなんだ。正義の味方みたいな顔をして、まっすぐに人を守ろうとするやつがね」
その口元に、嫌な笑みが浮かぶ。
「あいつはあの世で後悔すればいい。自分の一族が滅びるところを見ながらね」
ノクティルは、やはり何も言わなかった。
ただ、夜の森を見つめていた。
その頃。
フェルナ村の祠の前には、ネフェルナ一族の者たちが集められていた。
直系も分家も。
幼い子どもも、年老いた者も。
篝火の赤い光が、集まった人々の顔を揺らしている。
誰もが突然の招集に戸惑っていた。
それでも、長兄であるレオニルの言葉を信じて、皆ここへ来ていた。
父は腕を組み、周囲を警戒している。
母は不安そうに子どもたちを見ていた。
子どもたちは何も分からないまま、大人たちの服を掴んでいる。
ライナも、人の輪の中からレオニルを見つめていた。
レオニルは、その光景を見渡した。
皆、ここにいる。
集めることはできた。
守るためだ。
奇襲が来ても、ここならすぐに迎え撃てる。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、胸の奥の不安だけは消えなかった。
その時だった。
森の奥から、ひやりとした風が吹いた。
次の瞬間、祠を囲む闇の中に、いくつもの光が灯る。
赤。
青。
紫。
篝火ではない。
魔法の光だった。
レオニルの背筋が凍る。
「――来る!」
叫ぶより早く、森の外側にいた魔法使いたちが一斉に手をかざした。
見えない壁が立ち上がる。
祠の前の広場を、丸ごと包み込んだ。
逃げ道は、一瞬で閉ざされた。
一族にざわめきが走る。
子どもが泣き出す。
大人たちが息を呑む。
若者たちはすぐに構えた。
その包囲の向こうから、二つの影がゆっくりと現れる。
一人は、黒衣の青年。
穏やかな顔のまま、篝火の赤を浴びて立っていた。
グレイ。
そう名乗っていた男だった。
その隣には、黒髪の細身の青年がいる。
切れ長の目。
温度のない瞳。
影がそのまま人の形を取ったような、不気味な静けさをまとっていた。
ノクティル。
六魔星の一人だった。
レオニルの顔から血の気が引いた。
「どうして……お前が……」
黒衣の青年は、静かに笑った。
「ありがとう、レオニル」
その一言で、レオニルはすべてを理解した。
守るために集めた。
そのはずだった。
だが今、ネフェルナ一族は一人も欠けることなく、逃げ場のない場所に閉じ込められている。
広場を囲む見えない壁は、ノクティルの魔法だった。
グレイ。
いや、グラヴィルは、穏やかな顔のまま言った。
「本当に助かったよ。これで誰一人、探す必要がない」
レオニルの体が震える。
「お前……最初から……!」
「うん」
グラヴィルは笑った。
「最初からだよ」
次の瞬間、グラヴィルが手を上げた。
それだけで、夜が壊れた。
凄まじい魔法が祠の前へ降り注ぐ。
広場が爆ぜた。
篝火が吹き飛び、赤い火の粉が夜に散る。
悲鳴が上がった。
「戦えッ!!」
父の怒号が響く。
若者たちが炎をまとって飛び出した。
だが、グラヴィルの魔法はあまりにも強かった。
魔法が放たれるたびに誰かが倒れる。
家族をかばった者が吹き飛ばされる。
祠の石畳が砕ける。
結界に閉じ込められたネフェルナ一族には、逃げ場すらなかった。
ノクティルはその隣で、ただ静かに立っていた。
黒髪の青年は、手を出さない。
切れ長の目で、壊れていく広場を黙って見ているだけだった。
「グレイッ!!」
レオニルが叫んで飛び出した。
渾身の拳を叩き込もうとする。
だが、グラヴィルは半歩だけ体をずらした。
そのまま放たれた一撃で、レオニルの体が吹き飛ぶ。
石畳を転がり、祠の前に叩きつけられた。
「がっ……!」
息が潰れる。
視界が揺れる。
その向こうで、さらにグラヴィルの魔法が一族を薙ぎ払った。
父のいた場所が炎に呑まれる。
母の姿が人影の向こうに消える。
そして、ライナの泣き叫ぶ声が聞こえた。
「兄さん!!」
母が必死にライナの腕を引いている。
レオニルは、血の味がする口で叫んだ。
「来るなァ!!」
守るために集めた。
なのに今、自分が集めたせいで、皆は逃げられなくなっている。
親が子を守ろうとする。
若者が前に出る。
それでも、グラヴィルの魔法の前に、一人また一人と倒れていく。
広場は、あっという間に地獄になった。
炎。
悲鳴。
崩れる祠。
泣き叫ぶ声。
そのすべての中で、グラヴィルだけが穏やかな顔をしていた。
グラヴィルは、地面に倒れたレオニルを見下ろす。
「いい顔をするね」
その声だけが、妙に静かだった。
「守るつもりだったんだろう? でも違う。君は自分の手で、一族を死ぬ場所に並ばせたんだ」
「黙れええええッ!!」
レオニルは立ち上がろうとした。
だが、次の魔法が炸裂する。
衝撃で、再び地面へ叩き伏せられた。
炎が広がる。
誰かが叫ぶ。
祠が崩れていく。
フェルナ村の夜は、グラヴィル一人の魔法によって地獄へ変わった。
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