74話 ネフェルナの真実(2)
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それから数日後。レオニルは再び森の外へ出ていた。
交易場で必要な物資を受け取り、森へ戻るための細道へ入る。人通りは少なく、左右を茂みと古木に挟まれた道には、湿った土の匂いがこもっていた。
胸の奥には、まだあの男の言葉が残っている。
森を切りたい者がいる。
強い一族は恐れられる。
外の空気は、もう少しで変わる。
グレイ。
正体不明の青年だった。でもどこか安心感を見出せる雰囲気を持っていた。
道を半ばまで戻ったところで、レオニルは足を止めた。
前方に三人の男が立っていた。交易場で見かけたことのある連中だ。粗雑な革鎧に、腰には短剣。森へ無断で入り、獣や薬草を掠め取ろうとするような手合いだった。
「よう、森の兄ちゃん」
真ん中の男が笑う。
「また一人か?」
レオニルは黙ったまま荷を持ち直す。
「どけ」
「冷てえなぁ」
「少し話を聞かせてくれよ。森の奥のこととか、エルフのこととか、ネフェルナの連中のこととかさ」
わざとらしい物言いだった。
探りを入れているのか、喧嘩を売っているのか。もしくはその両方か。
レオニルの目が細くなる。
「お前たちに話すことはない」
「そう言うなよ」
男の一人が、レオニルの荷に手をかけた。
その瞬間、レオニルの拳が男の頬へめり込んだ。
鈍い音。
男の身体が横へ吹き飛び、ぬかるみに転がる。
「てめえ!」
残る二人がすぐに短剣を抜いた。
レオニルは舌打ちする。
素手でも相手はできる。もしここで火の力まで見せれば余計な噂を呼ぶ。森の外で目立つのは避けたかった。
一人目の刃をかわし、手首を掴んで捻る。悲鳴。だがもう一人の蹴りが脇腹に入った。
「っ……!」
衝撃で呼吸が詰まる。その隙に、最初に倒した男まで泥まみれで飛びかかってきた。三人がかり。細道では囲まれやすい。
勝てない相手じゃない。
だが無傷では済まない――そう判断した、その時だった。
「三人で一人を囲むのは、あまり感心しないな」
静かな声が落ちた。
男たちの動きが止まる。
木々の影の向こうから、黒衣の青年が歩いてきていた。長い外套。穏やかな顔。相変わらず、この森と外界の境目にだけ現れるみたいな男だった。
「……グレイ」
レオニルが低く呟く。
グレイはレオニルではなく、男たちを見ていた。
「今すぐ退いた方がいいよ」
「なんだてめえ」
「これは忠告だからね」
柔らかな声だった。だが男たちの表情は、みるみる強張っていく。
「ふざけやがって!」
一人が怒鳴って突っ込んだ。
次の瞬間、レオニルは一瞬何が起きたか分からなかった。
グレイはただ半歩ずれたように見えた。それだけなのに、男の身体は横へ弾かれ、木の根元に叩きつけられていた。
「がっ……!」
男が呻く。
残る二人が一気に顔色を変える。ただ者ではないと理解したのだろう。
グレイは穏やかなままだった。
「まだやるのかな?」
たった一言。
なのに空気が変わる。
男たちは無言で後ずさり、倒れた仲間を引きずるようにして逃げていった。
細道に静けさが戻る。
レオニルは脇腹を押さえ、小さく息を吐いた。
「少し痛そうだね」
「大したことない」
「そういう顔じゃない」
グレイは近くの茂みから細い葉を持つ薬草を摘み、指先ですり潰した。青く澄んだ匂いが立つ。
「これを当てておけば少し楽になる」
「そんなことまで分かるのか」
「旅が長いからね」
差し出されたそれを、レオニルは少し迷ってから受け取った。掌に冷たい感触が残る。
「本当だ。少し楽になった。」
レオニルは関心した。もしかするとこの青年は凄い人なのかもしれない。
しばらく二人で歩き、森の入口近くまで来たところで、レオニルがぽつりと聞いた。
「……どうしてまたここにいたんだ?」
グレイは少しだけ笑う。
「君がまた来る気がしたから」
「気味悪いな」
「そうかもしれない」
風が吹く。
木々が揺れる。
森の匂いが濃くなる。
「でも、君はたぶんまた一人で外へ出る」
グレイが静かに言った。
「君は優しすぎるから。皆の前では平気な顔をして、自分だけが外の濁ったものを見に来る」
レオニルの足が止まる。
図星だった。
グレイは続ける。
「そういう役回りの人間は、少しくらい誰かに助けられてもいいと思うけどね」
レオニルはすぐには返せなかった。
助けられる。
そんな言葉を、外の人間から向けられるとは思っていなかった。
「……知ったような口を聞くんだな」
ようやく出た声は低かったが、最初ほど刺々しくはなかった。
グレイは否定もしない。
「間違ってたら忘れてくれていい」
その言い方が妙に静かで、レオニルはそれ以上責められなかった。
それから二人は森の外で何度か顔を合わせるようになった。
交易場の端。
森へ戻る細道。
沢のそば。
境目の場所ばかりだった。
グレイは村へ入ろうとはしなかったし、無理に何かを聞き出そうともしなかった。
ただ、森の外の噂や空気の変化を静かに話し、時々レオニルの方も言葉を返すようになっていった。
最初は警戒していた。
だが何度会っても、グレイは境界を越えすぎない。それが逆に、レオニルの気を緩ませた。
気づけばレオニルの方も、森の外へ出るたびに、今日もあの黒衣の男はいるだろうかと周囲を見るようになっていた。
そして実際グレイはよくそこにいた。
木にもたれていたり、沢の石に腰掛けていたり、最初からそこにいたみたいな顔で。
短いやり取りが増える。
沈黙も増える。
それでも、もう気まずくはなかった。
レオニルは少しずつ思い始めていた。
この男は得体が知れない。
けれど少なくとも、敵ではないのかもしれない、と。
そう思ってしまったことこそが、取り返しのつかない最初の間違いだった。
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