75話 長兄の決断
いつも読んで頂きありがとうございます!
ただいま全話を改稿しております。編集日が2026年6月以降のものをお読み下さいませ。
レオニルとグレイの距離は、少しずつ近づいていった。
ある日は、沢のそばで果実を分け合った。
ある日は、交易場で聞いた不穏な噂を教えられた。
またある日は、レオニルが長兄として背負っているものを、グレイが静かに聞いていた。
短い言葉を交わすだけの日も多かった。
それでも、会う回数が増えるほど、レオニルの中の警戒は薄れていった。
気づけば、森の外へ出るたびに黒い外套を探すようになっていた。
そしてグレイもまた、最初からそこにいたような顔で現れる。
よく分からない男。
それは変わらない。
けれどレオニルは、少なくともこの男は自分を傷つけるためだけに近づいているわけではない。
そう思い始めていた。
それが、大きな間違いだった。
その日。
二人は森の外れの沢のそばにいた。
水は静かに流れている。
枝葉の隙間から差す光が、水面できらきら揺れていた。
穏やかな場所だった。
だからこそ、グレイの声ははっきり聞こえた。
「……日が決まった」
レオニルが顔を上げる。
「何の話だ」
グレイは沢を見たまま答えた。
「フェルナ村を襲う日だよ」
一瞬、空気が止まった。
レオニルの目が鋭くなる。
「……誰が」
「反対派だ」
グレイは静かに続けた。
「森を切り開きたい者たち。エルフを嫌っている者たち。そして、ネフェルナ一族を危険だと思っている者たちだ」
「それだけでフェルナ村を襲えるわけがない」
「ああ。だから連中は、魔王軍と手を組んだ」
その一言で、レオニルの表情が変わった。
魔王軍。
それは森の外の争いとは比べものにならない、本物の脅威だった。
「確かなのか」
「確かだよ」
グレイの声は低かった。
いつもの曖昧な感じはない。
妙にまっすぐだった。
「反対派だけなら、君たちネフェルナ一族で押し返せるかもしれない。でも魔王軍が加わるなら話は別だ」
グレイはレオニルを見る。
「奇襲で来られれば、村はばらばらにされる」
レオニルは黙った。
頭の中に、フェルナ村の人たちの顔が浮かぶ。
父。
母。
ライナ。
子どもたち。
分家の者たち。
いつもの夕暮れ。
祠。
訓練場。
その全部が奇襲で壊される光景を、想像したくないのに想像してしまう。
「いつだ」
レオニルは、かすれた声で聞いた。
「三日後の夜」
沢の水音だけが、しばらく続いた。
「……どうすればいい」
その問いは、助けを求める声に近かった。
グレイは初めて、レオニルをまっすぐ見た。
「散らばっていたら守れない」
その声は静かだった。
「村の家々に分かれていたら、一軒ずつ襲われる。年寄りも子どもも、逃げる前にやられるかもしれない」
レオニルの拳が強く握られる。
「だから、同じ場所に集めるんだ」
グレイが言った。
「祠の前でも、広場でもいい。一族を一か所に集めれば、守る側は動きやすい。誰がいるかも分かる。奇襲されても、すぐに迎え撃てる」
レオニルの喉がわずかに動いた。
「……全員か」
「ああ」
グレイは頷く。
「直系も分家も、子どもも老人も。1人も漏れてはいけない。全員だ」
その言葉は、正しく聞こえた。
少なくとも、その時のレオニルにはそう聞こえた。
「僕も手を貸す」
グレイは続けた。
レオニルの目が揺れる。
「君一人に背負わせるつもりはない。相手に魔王軍がいるなら、なおさらだ」
その言葉は、ひどく頼もしく聞こえた。
長兄としての責任。
一族を守らなければならない重さ。
それを一人で抱えていたレオニルにとって、誰かが一緒に背負うと言ってくれたことは大きかった。
「ただ、この話は広げすぎない方がいい」
グレイが低く言う。
「下手に騒げば、反対派の耳に入るかもしれない。村に不安だけが広がって、混乱したところを狙われたら終わりだ」
レオニルは黙った。
父に話すべきか。
母に話すべきか。
けれど、伝え方を間違えれば、皆を怯えさせるだけになる。
ライナには、なおさら背負わせたくなかった。
グレイは、そんな迷いを見透かしたように静かに言った。
「決めるのは君だよ」
沢の水が細く光る。
「でも、君は長兄だろう」
その一言が、深く胸に沈んだ。
「皆の安全のために動けるのは、たぶん君だけだ」
レオニルは目を閉じた。
守らなければならない。
フェルナ村を。
ネフェルナ一族を。
ライナを。
その思いが、疑いを少しずつ押し流していく。
やがて、レオニルはゆっくり目を開けた。
「……分かった」
声は低く、重かった。
「俺が皆を集める」
その瞬間、グレイはほんの少しだけ目を細めた。
「ありがとう」
柔らかな声だった。
レオニルはその時まだ、分かっていなかった。
その礼が、何に向けられたものなのかを。
今回もお読み頂きありがとうございました。




