77話 魔王の子
とうとうこの章も中盤にさしかかりました!今回もお読み頂きありがとうございます。
レオニルは、すべてを話し終えた。
部屋の中は、しばらく静まり返っていた。
誰もすぐには言葉を出せなかった。
フェルナ村で起きたこと。
レオニルがグラヴィルに騙されたこと。
ネフェルナ一族が、逃げ場のない場所へ集められて殺されたこと。
その話は、あまりにも重かった。
沈黙を破ったのは、レオニルだった。
「ライナ。お前は……どうやって生き残ったんだ?」
ライナは少しだけ目を伏せた。
「分からない」
小さな声だった。
「気がついたら、森の外にいたの。森に戻った時には、もう誰も生き残ってなかった」
ライナの手が震える。
「しかも森の中は魔王軍だらけだった。だから、アタシは逃げるようにこの国を出た」
レオニルは黙って聞いていた。
「あの時のことは覚えてる。でも途中から記憶がないの。どうしてアタシだけが生き残ったのかも、分からない」
「……そうか」
レオニルは、深く頭を下げた。
「俺のせいだ」
声が震えていた。
「俺があの男に騙されたから、父さんも母さんも、親戚も、みんな殺された。ライナ……ごめん。本当にごめん」
レオニルは、何度も頭を下げ続けた。
「俺は一族を滅ぼされたのに、そのあとも魔王軍に従って生きていた」
レオニルは唇を噛む。
「情けなくて……情けなくて、仕方がない」
「あの砂時計のせいか……」
ノクトが低く呟いた。
エリシアがノクトを見る。
「ノクトは、あれが何か分かるの?」
「ああ。たぶん、ノクティルの幻術魔法だ」
ノクトはレオニルへ視線を向けた。
「レオニルさん。あの砂時計をひっくり返されると、何が起きるんですか?」
レオニルの顔色が変わった。
恐怖が、目に浮かぶ。
思い出すだけで体が震えるほどのものなのだと、誰の目にも分かった。
「あの砂時計がひっくり返されると……砂が落ちきるまで、グラヴィルの魔法に襲われる」
レオニルの声は、ひどくかすれていた。
「炎も、衝撃も、悲鳴も、あの日の全部が頭の中に戻ってくる。何度も何度も、繰り返されるんだ」
ライナが息を呑む。
「僕は……あれに耐えられなかった」
レオニルはうつむいた。
「だから、魔王軍の言いなりになった」
部屋の空気が重くなる。
ノクトは静かに言った。
「あの砂時計は、かなり強い魔力で作られているはずです。普通の力では壊せない」
ノクトは少し考えてから続ける。
「ノクティルは、魔王軍の中でも上位の魔法使いです。実力はグラヴィルと同じくらいあると思う」
「そんなに……」
ノエルが小さく呟いた。
「村が襲われた日、グラヴィルの隣にいた黒髪の男。それがノクティルです。突然現れた壁も、たぶん幻術魔法だった」
レオニルはノクトを見た。
その目には、疑問が浮かんでいた。
「どうして君は、そんなに魔王軍のことに詳しいんだ?」
その一言で、部屋の空気が止まった。
ライナが何か言おうとする。
だが、ノクトは逃げなかった。
隠しても意味がない。
そう思った。
「俺は、元魔王軍です」
ノクトは静かに言った。
「そして、魔王の子です」
その瞬間、レオニルの表情が変わった。
「……魔王の子?」
レオニルはゆっくり立ち上がった。
そして、ライナを見る。
「ライナ……どうして魔王の息子なんかと一緒にいるんだ」
「お兄ちゃん……」
少しの沈黙。
次の瞬間、レオニルはノクトの胸ぐらを掴んだ。
「お前の父親のせいで、ライナの家族は殺されたんだぞ!」
怒鳴り声が部屋に響く。
「お前はどんな気持ちで、俺の妹に接してるんだ!」
レオニルの拳が、ノクトの頬を打った。
ノクトは避けなかった。
もう一発。
さらにもう一発。
レオニルは叫びながら、ノクトを殴った。
「お兄ちゃん、やめて!」
ライナが叫ぶ。
「ライナ!こいつは魔王の息子なんだぞ!?」
レオニルの目は怒りで揺れていた。
「どうしてこいつをかばうんだ!」
「ノクトは確かに魔王の子だよ!」
ライナも叫び返した。
「でも、ノクトは優しくていい人だから!」
「そんなの信用できるか!」
レオニルはノクトを睨んだ。
「元々、魔王軍にもいたんだろう!?人だって殺してきたはずだ!」
そして、もう一度ライナを見る。
「ライナ、お前は騙されてるんだ!俺と同じ道を進んでほしくない。目を覚ましてくれ!」
その言葉に、ライナの顔が苦しそうに歪んだ。
それでも、ライナは引かなかった。
「お兄ちゃんだって今、魔王軍の下にいるんでしょ!?」
その一言で、レオニルは黙り込んだ。
部屋の空気が、さらに重くなる。
ライナは涙をこらえながら続けた。
「誰にだって、自分ではどうにもできない運命がある。アタシやお兄ちゃんが、一番分かるでしょ?」
レオニルは何も言えなかった。
「ノクトも同じだよ。どうにもできない運命があったの。でもノクトは今、その運命と向き合って戦ってる」
ライナの声は震えていた。
でも、まっすぐだった。
「アタシは、今のノクトを見てる。魔王の子だからって、それだけで全部を決めたくない」
レオニルは完全に沈黙した。
ライナの言葉を聞いて、もう何も言えなくなっていた。
やがて、レオニルは小さく呟いた。
「……ごめん」
その声は、ひどく弱かった。
ノクトは赤くなった頬に触れもせず、静かに首を振る。
「いいんです」
そして、レオニルを見る。
「魔王軍だった俺の過去は変わりません。魔王の子であることも変えられません」
ノクトは一歩前に出た。
「でも、約束させてください」
赤い瞳に、迷いはなかった。
「必ずヴォルツを倒して、この国を救います」
その時だった。
扉が勢いよく開いた。
セレフィナが、青ざめた顔で部屋に入ってくる。
「大変です!」
全員が振り返った。
「反対派が、エルフの森域に侵入してきました!」
セレフィナの母も、驚いた顔で立ち上がる。
「そんな……。いったい誰が幻術結界を破ったのですか。今まで、一度も破られたことはなかったのに」
考えている時間はなかった。
ノクトたちは、すぐに外へ飛び出した。
館の外に出た瞬間、森の空気が変わっていた。
叫び声。
足音。
怒号。
そして、松明の火。
たくさんの反対派が、エルフの森に入り込んでいた。
数えきれないほどの人数だった。
彼らは剣や斧を持っている。
中には、油壺や火種を抱えた者もいた。
ただ侵入してきたのではない。
森を焼くつもりで来ていた。
「エルフを追い出せ!」
「森ごと燃やせ!」
「この国を取り戻すんだ!」
怒号が広がる。
次の瞬間、火のついた油壺が森へ投げ込まれた。
炎が枝葉に燃え移る。
グリュネヴァルトの森が、赤く染まり始めた。
「そんな……!」
セレフィナが息を呑む。
ノエルがすぐに前へ出た。
「消すよ!」
ノエルの両手から、冷たい魔力が広がる。
雪が舞った。
白い冷気が森を包み込み、燃え広がろうとしていた炎を押さえ込む。
緑の森が、一瞬だけ雪景色に変わった。
「助かった、ノエル!」
ノクトは剣を握る。
だが、すぐに歯を食いしばった。
数が多すぎる。
剣だけでは止められない。
ノクトは闇のマナを集めた。
黒い影が地面を走り、反対派の足元へ広がっていく。
次々と男たちが倒れた。
エリシアも聖剣を構えて続く。
ライナも拳を握り、ノエルは雪の精霊で森を守る。
だが、全員の胸に違和感があった。
今、戦っている相手は魔王軍ではない。
この国の人間だ。
エルフを憎み、反対派に流された人たち。
武器を持ち、森を焼こうとしている。
止めなければならない。
でも、殺したいわけではない。
ノクトは闇魔法の力を抑えながら、敵を倒していく。
エリシアも急所を外し、ライナも相手を気絶させるように動いた。
それでも、戦いは苦しかった。
守るために戦っている。
けれど、傷つけている相手は魔王軍ではない。
その事実が、全員の胸に重くのしかかっていた。
それでも止まるわけにはいかなかった。
エルフを守るため。
森を守るため。
グリュネヴァルトを、これ以上壊させないため。
ノクトたちは、燃えかけた森の中で、反対派の群れへ立ち向かった。
今回も読んで頂きありがとうございました!




