71話 統領の館
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ノクトらがセレフィナのもとに駆け寄る。セレフィナには傷一つとして付いていなかった。ライナがレオニルを担ぐ。レオニルは気を失っていた。
ノエルがレオニルのために雪の精霊を召喚した。すると精霊がレオニルを優しく抱え持つ。
「これからどこに向かえばいいんだ?そもそもヴォルツはどこにいるんだ?」
ノクトは一瞬だけ途方に暮れた。するとセレフィナが口を開く。
「ヴォルツはグリュネバルトの森の中に王宮を構えているの。でもたくさんのエルフがヴォルツに脅されて、幻術魔法で城を外部から隠しているわ。」
「幻術魔法。それは厄介ね。」とエリシアが呟く。
「確かに幻術魔法は厄介だな。使える魔法使いが少ない分、耐性がついていない。まずはそのエルフたちの幻術を破らないといけないのか。」
「エルフの幻術であれば、私の母ならできるかもしれない。私の母はエルフの中でも名高い幻術魔法使いなの。」
「本当だ!セレフィナのパパとママの幻術は凄かったもんね!」
「うん。でもパパはヴォルツの王宮で捕虜になっているから。だから私はパパを救って欲しいの。」
セレフィナがノクトを見る。その目は涙が溜まって潤っていた。
「任せてくれ。俺が必ずセレフィナのお父さんを救うよ。」
ノクトらはひとまず森の中にあるセレフィナの住まいに行くことにした。
ノクトらは、セレフィナに案内されてグリュネバルトの森の奥へ入っていく。
開拓地の喧騒は、少し進むだけで嘘みたいに遠ざかっていく。切り株だらけだった大地は、やがて湿った土と深い緑に変わった。見上げれば古樹の枝葉が幾重にも重なり、昼だというのに森の中は薄暗い。風はひんやりとしていて、さっきまで闘技場に満ちていた血と焦げの匂いを、少しずつ洗い流してくれるようだった。
セレフィナは先頭を歩く。
両手の拘束は解かれたが、まだ手首には赤い痕が残っている。それでも彼女は弱った様子を見せず、枝をかき分け、迷いなく獣道を進んでいった。
ライナは雪の精霊に支えられたレオニルを振り返る。
「兄さん……」
レオニルはまだ目を覚まさない。苦しげな表情だけが、砂時計の呪いの深さを物語っていた。
ノエルが静かに言う。
「命に別状はなさそう。でも心と魔力の消耗が激しい……もう少し安静が必要だよ」
ノクトは頷いたが、その表情は晴れない。
ヴォルツは逃げた。王宮の場所も、まだ幻術で隠されている。急がなければならないのに、無闇に突っ込めば今度こそ全滅しかねない。ヴォルツは最終兵器があるといった。あの話は本当に違いない。ヴォルツは口から出まかせを言う奴ではない。
そんな重い空気を切るように、セレフィナが振り返った。
「もうすぐよ」
その声は静かだったが、芯があった。少し進むと森の景色が変わった。
巨大な古木の幹と幹を渡すように、白木の回廊が枝の上へと伸びている。幹に寄り添うように造られた家々は、まるで森の一部みたいだった。壁は蔦と木板で編まれ、窓辺には淡く光る花が揺れている。人が森を切って作った村ではない。森そのものが、静かにエルフたちを抱いているような住まいだった。
ノクトが息を呑む。
「……すごいな」
「ここが私たちの集落よ」
セレフィナはそう言って、森の中ほどにそびえるひときわ大きな樹を見上げた。
その大樹の中腹には、他の家々よりもずっと大きな館があった。枝と枝を繋ぐ橋の先に建つその館は、豪華というより神聖だった。白銀の木肌を削り出したような柱、蔦で編まれた欄干、窓辺を飾る薄青い花。森の気配を損なわずに、それでもここが中心だと分かる佇まいだった。
「これが私の家。」
その家こそが統領の館だった。
ライナが目を丸くする。
「やっぱりセレフィナってすごい人だったんだね」
セレフィナは少し困ったように笑った。
館の前に着くと、二人の若いエルフが弓を構えて飛び出してきた。
だが次の瞬間、目を見開く。
「セ、セレフィナ様……!?」
「ご、ご無事ですか……!」
二人は慌てて膝をついた。
セレフィナは静かに手を上げた。
「頭を上げて。今は礼より先に、皆を集めて。急ぎの話があるわ」
その声には迷いがなかった。
若いエルフたちはすぐに立ち上がり、森の奥へ駆けていく。
ノクトは小さく息を吐く。
「景品にされていたのに、戻った瞬間もう統領の娘の顔だな」
セレフィナは前を向いたまま答える。
「泣くのは後にするわ。今は森を守らないといけないから」
その言葉に、ライナが強く頷いた。
「うん。アタシも手伝うよ」
やがて館の広間に、森のエルフたちが集まり始めた。
老人、戦士、若い母親、幼い子どもを抱いた者。皆、セレフィナの無事に安堵しながらも、その後ろにいるノクトたち人間と、気を失ったレオニルの姿を見て不安げにざわめいている。
そのざわめきを、セレフィナは一歩前に出て静めた。
「聞いて」
広間が静まり返る。
「お父様はまだヴォルツの王宮に囚われています。そしてヴォルツの城は、外部からは幻術で隠されている」
何人かのエルフが顔を曇らせた。
「ですが――希望はあります」
セレフィナは、ノクトたちを振り返る。
「ここにいる人たちは私を助けてくれた。そして、ヴォルツを倒すために戦ってくれる」
エルフたちの視線が一斉にノクトたちへ集まる。
ノクトは少したじろいだが、セレフィナはまっすぐ前を向いたままだ。
「私は統領の娘として命じます。今から森を守る者たちは、この方々に力を貸してください」
広間に緊張が走った。
すぐには返事がない。人間を信じていいのか。しかも今に会ったばかりの人間。ためらうのは当然だった。
その沈黙を破ったのは、一人の老いた女性エルフだった。
長い白銀の髪を背に流し、瞳には深い青の光を宿している。衣は質素だが、広間の空気そのものが彼女の周囲だけ静まっていた。
セレフィナが息を呑む。
「……お母様」
彼女こそ、セレフィナの母。森のエルフたちの中でも屈指の幻術魔法使いであり、統領の伴侶だった。
母は静かにノクトたちを見つめ、それから娘に視線を戻した。
「セレフィナ。あなたは自分の意志で、この者たちをここへ連れてきたのですね」
「はい」
「その責任を負う覚悟はありますか」
「あります」
短い問答だった。
だがその一つ一つが、統領の館の重さを帯びていた。
やがて母は小さく頷いた。
「ならば、私はあなたの判断を支持します」
その一言で、広間の空気が変わった。
エルフたちのざわめきが少しずつ静まり、代わりに決意の気配が広がっていく。
セレフィナの母は、今度はノクトを見た。
「私には分かる。あなたは普通の人間ではない。奇妙なマナが私には見えるの。それはおそらく大きな罪が染みついたマナ。あなたの背中にまるでゾウみたいに巨大な罪が乗っかっている。そんなマナの色をあなたから感じるわ。
でも私はあなたをしんじている。あなたが本当にこの森を救う意思を持つなら、私は幻術を破る力を貸しましょう」
ノクトは一歩前に出て、深く頭を下げた。
「お願いします」
母はゆっくりと頷く。
「ですが簡単ではありません。ヴォルツの王宮を隠す幻術は、複数のエルフを脅して維持させている大規模術式。破るには、この森の見えない道を辿り、幻の核を一つずつ外さなければなりません」
エリシアが眉を寄せた。
「つまり、真正面からは行けないのね」
「ええ。森を知らぬ者が進めば、同じ場所を永遠に歩くことになるでしょう」
ノエルがそっと言う。
「迷宮みたいだね……」
セレフィナの母は続ける。
「今夜はとにかく休みなさい。準備は徹底的にしないといけません。計画を練るに練って完璧になったとき、私はあなたたちを幻の入口まで導きます」
グリュネバルトの森の夜は深い。だがその静けさの奥で、次に向かうべき場所ははっきりしていた。
ヴォルツの王宮。幻術に隠された、森の奥の敵地。フェルナ村の真実も、統領の救出もその先にあるはずだ。ノクトら4人は大きな決意を抱いた。
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