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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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71/102

71話 幻術の森

今回も読んで頂きありがとうございます!

いつもマイペース投稿であるにも関わらず、読んでもらって嬉しいです!

 ヴォルツたちが空の向こうへ消えたあと、闘技場には重い静けさだけが残っていた。


 砕けたリング。


 凍りついた水の残骸。


 焦げた空気。


 さっきまで観客たちの歓声で揺れていた場所とは思えないほど、辺りは静まり返っていた。


 ノクトたちはすぐにセレフィナのもとへ駆け寄った。


「大丈夫か?」


 ノクトが尋ねると、セレフィナは小さく頷いた。


「ええ。助けてくれてありがとう」


 幸い、セレフィナに大きな傷はなかった。


 エリシアが彼女の体を確認し、ほっと息を吐く。


「怪我はないみたいね。よかったわ」


 一方、ライナは倒れたレオニルのそばに膝をついていた。


 レオニルは気を失っている。顔色は悪く、呼吸も浅い。ゲンスイの砂時計に苦しめられた影響が、まだ体に残っているようだった。


「兄さん……」


 ライナの声が震える。


 ノエルが静かに前へ出た。


「僕が運ぶよ」


 ノエルが手をかざすと、小さな雪の精霊たちが現れた。


 雪の精霊たちは、ふわふわとレオニルの周りに集まり、彼の体を優しく抱え上げる。


 まるで冷たい雪雲の上に寝かせるように、レオニルの体はゆっくりと浮かび上がった。


「命に別状はなさそう。でも、心と魔力の消耗が激しい。しばらく安静にした方がいいよ」


「ありがとう、ノエル」


 ライナは小さく頷いた。


 ノクトは壊れた闘技場を見渡す。


「これからどこに向かえばいいんだ?そもそもヴォルツはどこにいる?」


 一瞬、誰も答えられなかった。


 ヴォルツは逃げた。


 ライゴウとゲンスイも連れていかれた。


 このまま追いたくても、向かう場所が分からない。


 その時、セレフィナが口を開いた。


「ヴォルツは、グリュネヴァルトの森の中に王宮を構えているわ」


 ノクトたちはセレフィナを見る。


「でも、その王宮は外からは見えないの。たくさんのエルフがヴォルツに脅されて、幻術魔法で隠しているから」


「幻術魔法……」


 エリシアが眉を寄せる。


「厄介ね」


 ノクトも頷いた。


「ああ。幻術魔法は使える者が少ない。その分、俺たちにも耐性がない。まずは、その幻術を破らないと王宮には辿り着けないってことか」


「エルフの幻術なら、私の母なら破れるかもしれない」


 セレフィナは静かに言った。


「私の母は、エルフの中でも名高い幻術魔法使いなの」


 ライナが顔を上げた。


「本当だ。セレフィナのお母さんとお父さんの幻術、すごかったもんね」


 セレフィナは頷く。


「でも、お父様はヴォルツの王宮に捕らえられているの」


 その声が、少しだけ揺れた。


「だから……お父様を助けてほしい」


 セレフィナはノクトを見た。


 碧の瞳には、涙がたまっていた。


 ノクトはまっすぐに頷く。


「任せてくれ。俺たちが必ず、セレフィナのお父さんを助ける」


「ありがとう……」


 ひとまず、ノクトたちはセレフィナの案内で、森の中にあるエルフたちの住まいへ向かうことにした。


 セレフィナを先頭にして、ノクトたちはグリュネヴァルトの森の奥へ入っていく。


 開拓地の騒がしさは、少し進むだけで嘘のように遠ざかっていった。


 切り株だらけだった大地は、やがて湿った土と深い緑に変わる。


 見上げれば、古い木々の枝葉が何重にも重なっていた。昼だというのに、森の中は薄暗い。風はひんやりとしていて、さっきまで闘技場に満ちていた血と焦げた匂いを、少しずつ洗い流してくれるようだった。


 セレフィナは先頭を歩く。


 拘束は解かれたが、手首にはまだ赤い跡が残っていた。それでも彼女は弱った様子を見せない。枝をかき分け、迷いなく獣道を進んでいく。


 ライナは、雪の精霊に支えられたレオニルを振り返った。


「兄さん……」


 レオニルはまだ目を覚まさない。


 苦しげな表情だけが、砂時計の呪いの深さを物語っていた。


 ノクトの表情も晴れなかった。


 ヴォルツは逃げた。


 王宮の場所も幻術で隠されている。


 急がなければならない。だが、無理に突っ込めば今度こそ全滅しかねない。


 ヴォルツは最終兵器があると言っていた。


 あの言葉も、ただのはったりではないはずだ。


 そんな重い空気を切るように、セレフィナが振り返った。


「もうすぐよ」


 その声は静かだった。


 けれど、芯があった。


 少し進むと、森の景色が変わった。


 巨大な古木の幹と幹を渡すように、白い木の回廊が枝の上へ伸びている。


 幹に寄り添うように造られた家々は、まるで森の一部のようだった。壁は蔦と木板で編まれ、窓辺には淡く光る花が揺れている。


 人が森を切って作った村ではない。


 森そのものが、静かにエルフたちを抱いているような場所だった。


 ノクトは思わず息を呑む。


「……すごいな」


「ここが、私たちの集落よ」


 セレフィナはそう言って、森の中ほどにそびえるひときわ大きな樹を見上げた。


 その大樹の中腹には、他の家々よりもずっと大きな館があった。


 枝と枝をつなぐ橋の先に建つその館は、豪華というより神聖だった。


 白銀の木肌を削り出したような柱。


 蔦で編まれた欄干。


 窓辺を飾る薄青い花。


 森の気配を壊さず、それでもここが集落の中心だと分かる佇まいだった。


「これが、私の家」


 そこは、統領の館だった。


 ライナが目を丸くする。


「やっぱりセレフィナって、すごい人だったんだね」


 セレフィナは少し困ったように笑った。


 館の前に着くと、二人の若いエルフが弓を構えて飛び出してきた。


 だが、セレフィナの姿を見た瞬間、二人は目を見開く。


「セ、セレフィナ様……!?」


「ご無事だったのですか……!」


 二人は慌てて膝をついた。


 セレフィナは静かに手を上げる。


「頭を上げて。今は礼より先に、皆を集めて。急ぎの話があるわ」


 その声に迷いはなかった。


 若いエルフたちはすぐに立ち上がり、森の奥へ駆けていった。


 ノクトは小さく息を吐く。


「さっきまで捕まっていたのに、戻った瞬間に統領の娘の顔だな」


 セレフィナは前を向いたまま答えた。


「泣くのは後にするわ。今は森を守らないといけないから」


 その言葉に、ライナが強く頷いた。


「うん。アタシも手伝うよ」


 やがて館の広間に、森のエルフたちが集まり始めた。


 老人。


 戦士。


 若い母親。


 幼い子どもを抱いた者。


 皆、セレフィナの無事に安堵していた。だが、その後ろにいるノクトたち人間と、気を失ったレオニルの姿を見ると、不安げにざわめいた。


 そのざわめきを、セレフィナが一歩前に出て静める。


「聞いて」


 広間が静まり返った。


「お父様は、まだヴォルツの王宮に囚われています。そしてヴォルツの城は、外からは幻術で隠されている」


 何人かのエルフが顔を曇らせる。


「ですが、希望はあります」


 セレフィナは、ノクトたちを振り返った。


「ここにいる人たちは、私を助けてくれました。そして、ヴォルツを倒すために戦ってくれます」


 エルフたちの視線が、一斉にノクトたちへ集まる。


 ノクトは少したじろいだ。


 けれど、セレフィナはまっすぐ前を向いたままだった。


「私は統領の娘として命じます。森を守る者たちは、この方々に力を貸してください」


 広間に緊張が走った。


 すぐには返事がない。


 人間を信じていいのか。


 しかも、今会ったばかりの人間を。


 ためらうのは当然だった。


 その沈黙を破ったのは、一人の老いた女性エルフだった。


 長い白銀の髪を背に流し、瞳には深い青の光を宿している。衣は質素だったが、彼女が歩くだけで広間の空気が静かになる。


 セレフィナが息を呑んだ。


「……お母様」


 彼女こそ、セレフィナの母。


 森のエルフたちの中でも屈指の幻術魔法使いであり、統領の妻だった。


 セレフィナの母は、静かにノクトたちを見つめる。


 そして、娘へ視線を戻した。


「セレフィナ。あなたは自分の意志で、この者たちをここへ連れてきたのですね」


「はい」


「その責任を背負う覚悟はありますか」


「あります」


 短い問答だった。


 だが、その一言一言には重みがあった。


 やがて、セレフィナの母は小さく頷いた。


「ならば、私はあなたの判断を支持します」


 その一言で、広間の空気が少し変わった。


 エルフたちのざわめきが静まり、代わりに張り詰めた決意が広がっていく。


 セレフィナの母は、今度はノクトを見た。


「あなたは、普通の人間ではありませんね」


 ノクトの体がわずかに強ばる。


「私にはマナの色が見えます。あなたのマナには、大きな罪の影が染みついている」


 広間の視線が、ノクトに集まった。


 ノクトは黙っていた。


「けれど、同時に分かります。あなたはその罪から逃げようとしているのではない。背負ったまま、何かを救おうとしている」


 セレフィナの母は、静かに続けた。


「あなたが本当にこの森を救う意志を持つなら、私は幻術を破る力を貸しましょう」


 ノクトは一歩前に出て、深く頭を下げた。


「お願いします」


 セレフィナの母はゆっくりと頷く。


「ですが、簡単ではありません。ヴォルツの王宮を隠す幻術は、複数のエルフを脅して維持させている大規模な術です」


 エリシアが眉を寄せた。


「それを破るには、どうすればいいの?」


「森の見えない道を辿り、幻の核を一つずつ外さなければなりません」


「つまり、真正面からは行けないのね」


「ええ」


 セレフィナの母は頷いた。


「森を知らない者が進めば、同じ場所を永遠に歩くことになるでしょう」


 ノエルが小さく呟く。


「迷宮みたいだね……」


 セレフィナの母は、ノクトたちを見渡した。


「今夜は休みなさい。準備は徹底しなければなりません。計画を立て、全員の状態を整えてから、私はあなたたちを幻の入口まで導きます」


 グリュネヴァルトの森の夜は深い。


 けれど、その静けさの奥で、次に向かうべき場所ははっきりしていた。


 ヴォルツの王宮。


 幻術に隠された、森の奥の敵地。


 そこに、セレフィナの父がいる。


 そこに、フェルナ村の真実がある。


 ノクト、エリシア、ライナ、ノエル。


 四人はそれぞれの思いを胸に、次の戦いへ向けて静かに決意を固めた。

これからも末長くよろしくお願いします!


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