7話 ヴェルノア・マジック・アカデミー
早朝からノクト達は隠れ家を発った。そしてヴェルノアに辿り着いたときには正午を過ぎようとしていた。
ザルベックの東、緩やかな丘の上に、かつてこの国で最も美しい学び舎があった。その名をヴェルノア学園という。
白い石造りの校舎が陽光を反射し、風が渡るたびに鐘楼の音が静かに響く。
校庭を囲むように整えられた花壇には四季折々の花が咲き、学生たちはその中で笑い、魔法の基礎理論や礼法、そして人としての在り方を学んでいた。
それはバルザック王が掲げた理想そのもの。
「力ではなく、知と心で国を導く」ための学びの場だった。
だが今、その面影はほとんど残っていない。石壁はひび割れ、かつて光を反射していた大理石の床は土埃にまみれている。
噴水は枯れ、静寂の中に小鳥の鳴き声さえ響かない。窓から吹き込む風が、破れたカーテンを寂しく揺らした。
「ひどい‥‥僕の知ってるヴェルノアとはまるで違う‥‥」
ミレオは変わり果てた学園を見て呆然としていた。すると校庭に歩いている男を発見した。
彼の名はアルト・レイン。ヴェルノア学園の首席として名を知られる少年だった。
整った顔立ちと冷静な瞳が印象的で、金でも銀でもない淡い灰色の髪が風に揺れるたび、どこか孤高な雰囲気を漂わせていた。
彼の瞳は澄んだ青――だがその奥には、常に世界を俯瞰するような静かな光が宿っている。
「アルト!久しぶりだね!」
「ミレオ様⁉︎」
久しぶりの再会に嬉しそうなミレオとは違って、アルトは完全に困り果てた様子だった。
「どうしてこんなところにいるんですか⁉︎早く逃げて下さい!
ここは魔王軍に占領されています。早く逃げないと殺されてしまいますよ!」
「アルト。誰だそのガキは。」
アルトの背後から一人の男性が歩いてくる。
「バルド様!このお方はバルザックの王子です。」
「はぁ⁉︎王子だと⁉︎もうこの国に王様はいないんだよ、馬鹿かお前は!次そんなこと言ったら殺すからなぁ⁉︎」
「す、すいませんバルド様‥‥」
「殺せ!」
「へ?」
「貴様の手でそのガキを殺せ!」
アルトは恐怖に震えた目でミレオを見た。
「早く殺せ!」
「そ、それはできません!」
「ならザイモン様に言いつけてやる。」
アルトの体はその名前を聞いた瞬間にガタガタ震え出した。
彼は完全に恐怖に囚われていた。そしてノクトもその名を聞いてハッとした。
「ゼルマンさん!ミレオくんを連れて少し離れて下さい!」とノクトが叫ぶ。
ミレオがゼルマンの背後に走って隠れる。
「アルトォォォォォ!どうして俺の言うことを聞いてガキを殺さなかった⁉︎そいつら全員殺せぇぇぇ!
じゃないとお前もお友達みたいに食べられてしまうぞ⁉︎」
「うわぁぁぁぁぁ!」
アルトがノクト達に向かって風属性魔法を発動した。しかしその魔法もライナによって受け止められた。
「アルト!そいつらを殺さないとお前もザイモン様に噛み砕かれるぞぉぉぉ!ハハハハハ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
アルトは次々と風魔法を連発した。
「ライナ!その子はライナに任せる!ゼルマンさんはミレオを守ることだけに集中して下さい!」
「任せて!」とライナが叫ぶ。
ライナとアルトの戦闘が始まった。
炎が弾ける。ライナの拳が空を裂き、爆ぜるような熱が地を焦がす。赤い閃光が連続し、空気が焼けた。
その瞬間、アルトの足元で風が逆巻く。風が流れを変え、炎の軌道を逸らす。
ライナは止まらない。踏み込みと同時に炎が爆発し、地面が砕ける。
拳が火線となり、連撃が走る。風がそれを受け止め、切り裂き、流す。
衝撃が爆ぜるたびに砂と光が舞い上がり、視界が白く染まる。
アルトの周囲に、数十の風輪が出現した。透明な刃が空気を震わせ、炎を細かく切り裂く。
ライナの炎は形を変え、風に食らいつくように渦を巻いた。燃焼と流動――力と制御がせめぎ合う。
地が揺れた。ライナが両腕を振り抜くと、紅蓮の渦が空に向かって爆発して、風輪を一気に破砕する。熱風が爆ぜ、空が赤に染まった。
アルトは風を圧縮し、爆風を切り裂いて立ち上がる。膝を沈め、風の流れを一点に集束させる。
風と炎が激突した。瞬間、轟音。
赤と白の光が交わり、爆風が大地をえぐる。草原が抉れ、石が宙を舞い、空間が歪む。衝突の中心で、風が炎を包み、炎が風を染めていく。
渦の中で、二人の力はひとつの流れとなって螺旋を描いた。爆炎が弾け、風が散る。砂煙の中、二人の影がゆっくりと立ち上がった。
風は消え、炎は揺らめき、残ったのは焦げた地面と静寂。戦いの余韻だけが、熱と共に大地に残った。
風属性魔法を使うアルトにとって、ライナの火属性魔法は分が悪い。しかしライナもアルトに大きな怪我をさせるのが嫌で本気を出せなかった。
ノクトはバルドと争いを始めた。バルドはお得意の水魔法でノクトを襲う。
鋭い刃のような水が高圧で放たれる。しかしノクトはそれを軽くかわした。
そしてノクトが目にも見えぬ速さでバルドを斬り倒した。
ノクトは一瞬でバルドを仕留めてしまった。すると魔王軍が外の争いに気づいて、次から次にノクトの前に現れた。
ノクトはただ一人、無数の魔王軍を前に立っていた。空気が張り詰める。
敵の兵は五〇を超える。この光景を見ていたゼルマン、ミレオは絶望をした。戦闘中のライナもこの異様な光景に恐れおののいた。
ライナは魔王軍と戦うということの現実を今初めて知ったような気がした。
空気が張り詰める。火、風、土、水――あらゆる属性の魔法が同時に詠唱される。
それでもノクトは一度おさめた剣を抜かない。鞘のまま、ただ静かに呼吸を整える。
――次の瞬間。
轟音と共に、天地を裂くような爆発が起こった。無数の魔法弾が彼を包み込む。炎が燃え、雷が走り、地面がえぐれる。
だが煙が晴れたとき、そこに立っていたのは一人の剣士。彼の足元に傷一つなく、黒髪が風に揺れた。




