69話 理不尽な暴力
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ヴォルツは、常に余裕のある笑みを浮かべていた。
目の前にノクトがいても、恐れている様子はない。むしろ、久しぶりに面白い相手を見つけたような顔だった。
「暇つぶしに来てみたら、なんというザマだ」
ヴォルツはライゴウとゲンスイを見て、鼻で笑った。
「年寄りの鬼と河童じゃ勝てませんってか?まぁ、相手はノクトだ。それも仕方ねぇか」
それから、ヴォルツはノクトへ視線を向けた。
「あいつはな、自分の父親を殺したうえに、自分を育ててくれた恩師まで殺したクソ野郎だ」
ヴォルツの笑みが、少しだけ鋭くなる。
「俺が成敗してやるよ。お前のせいで、魔王軍はめちゃくちゃだ!」
次の瞬間、ヴォルツが一直線にノクトへ突っ込んだ。
速い。
ヴォルツは地面に掌を叩きつける。
「爆界裂掌!」
足元から、爆発の輪が一気に走った。
赤い閃光と轟音がリングを裂き、ノクトごと周囲を吹き飛ばそうとする。
「くっ……!」
ノクトは避けきれず、爆風に飲まれて吹き飛ばされた。
地面を転がりながらも、すぐに立ち上がる。
「さすが六魔星だな。最近戦ってきた奴らとは訳が違う」
ヴォルツは楽しそうに笑った。
「当たり前だろ?そこらへんの奴らと一緒にされちゃ困る」
ヴォルツは指先で火花を散らしながら、ノクトを見る。
「なぁ、ノクト。どうして魔王軍の敵になる?」
「……」
「お前はどうして、自分の父でもある魔王様を殺したんだ?ゼルク様もご立腹だぞ。捕まれば、殺してすらもらえないだろうな。一生拷問地獄だ」
「そんなことは分かってる」
ノクトは杖を握り直した。
「でも、俺が父さんを殺したことは、この世界にとって必要なことだったんだ」
ヴォルツの眉が動く。
「どうしてそんな親不孝が許されるっていうんだ?」
「この世界から、理不尽な暴力を減らすためだ」
一瞬、空気が止まった。
次の瞬間、ヴォルツは腹を抱えるように笑い出した。
「はははははっ!」
その笑い声は、闘技場に響き渡った。
「何を言い出すかと思えば、綺麗事かよ。理不尽な暴力をなくす? そんなもの、魔王軍がなくなったって消えねぇよ」
ヴォルツの目が、わずかに暗くなる。
「なぁ、ノクト。魔王軍ができる前から、暴力に泣いていた奴らはたくさんいたんだ。お前だって、それくらい分かるだろ?」
ノクトは黙って聞いていた。
「俺は幼い頃に両親を殺された。でも、俺の両親を殺したのは魔王軍じゃない」
ヴォルツの声が低くなる。
「もともとこの世界は、暴力で支配されていたんだ。最初から腐ってるんだよ」
ヴォルツは両手を広げた。
「だからこそ、俺たち魔王軍がもっと強い暴力で、この腐った世界を押さえつける必要がある。暴力を止められるのは、暴力だけだ」
そして、ノクトを睨む。
「お前が一番分かってるはずじゃないか。ノクト」
「……分かってる」
ノクトは小さく呟いた。
「この世界から暴力が全部なくならないことくらい、俺だって分かってる」
ノクトは顔を上げる。
「それでも、俺は自分の見えている場所から変えていきたいんだ」
「何?」
「世界中すべてを一気に救うなんて、俺にはできない。でも、俺の近くにいる人たちを守ることはできる。目の前の理不尽を止めることはできる」
ノクトの声に迷いはなかった。
「そうやって少しずつ、悲しむ人を減らしていきたいんだ」
ヴォルツは顔をしかめた。
「綺麗事野郎とは話にならねぇな」
ヴォルツの全身から爆発のマナがあふれる。
「なら、俺を止めてみろよ」
「随分と生意気な年下だな」
ノクトはエリシアのそばへ寄った。
そして、彼女の手を握る。
「エリシア。行くぞ」
「ええ」
二人は呼吸を合わせる。
ノクトの闇と、エリシアの光が重なっていく。
完全に混ざるわけではない。
ただ、二つの力が同じ場所で響き合う。
光でも闇でもない、新しいマナが生まれる。
冥澄。
生と死。
光と闇。
存在と無。
相反するものの境目から生まれる、不思議なマナだった。
「冥澄神降・無涯女神顕現!」
ノクトとエリシアの足元に、白と黒の魔法陣が重なった。
次の瞬間、世界が一瞬だけ静かになる。
音が遠のく。
影が薄れる。
空間の中心から、何かが立ち上がった。
冥澄の女神。
その輪郭ははっきりしない。顔も形も分からない。
それなのに、そこにいるだけで分かる。
この存在は、ただの魔法ではない。
世界の境目に立つものだ。
ヴォルツの笑みが消えた。
指先に灯っていた火花も、一瞬だけ弱まる。
「……これが、ヴァルグランを殺した魔法か」
ヴォルツは本能で理解した。
これは危険だ。
今まで感じたことのないマナだった。
冥澄の女神が、静かに指先を上げる。
虚空が薄く裂け、そこから一つの輪が現れた。
境界輪。
白でも黒でもない、無彩の輪だった。
光を返さず、影も落とさない。
ただそこにあるだけで、周りの空間が静かに震えていた。
冥澄の女神は、その境界輪を手に、ゆっくりとヴォルツへ近づいていく。
ヴォルツの顔から、完全に笑みが消えた。
代わりに、空そのものが赤く脈打ち始める。
「爆獄崩星・天墜終界!」
低い詠唱とともに、頭上に巨大な灼熱の球が生まれた。
それは炎ではない。
爆発そのものを、無理やり星の形に押し固めたような塊だった。
赤黒い光を脈打たせながら大きくなり、周囲の空気をきしませる。
ヴォルツが口元をゆがめた。
「全部まとめて消し飛ばしてやるよ」
次の瞬間、崩れた星が落ちた。
轟音とともに、灼熱の終末がノクトたちへ迫る。
触れる前から地面が爆ぜる。
空気が歪む。
落下の先にあるものすべてを、爆発で消し飛ばそうとしていた。
だが、冥澄の女神は動じなかった。
曖昧な輪郭のまま、静かに境界輪を掲げる。
輪が音もなく回り始めた。
白でも黒でもない輪は、回るたびに周囲の色を薄めていく。
女神が、その輪を前へ滑らせた。
境界輪は、落ちてくる爆獄崩星へまっすぐ進む。
ぶつかったようには見えなかった。
ただ、輪が星に触れた瞬間。
灼熱の巨塊の中心に、細い円が走った。
その円は、ゆっくりと内側へ沈み込んでいく。
爆発の核。
星の形を保っていた力。
すべてを消し飛ばすはずだった魔法の中心。
それらを、境界輪が静かに切り抜いていった。
ヴォルツの目が見開かれる。
「なっ……」
赤黒い星は爆ぜなかった。
爆発は起きる前に力を失う。
灼熱は熱であることを忘れたように薄れていく。
落ちてくるはずだった終末が、境界輪の軌道に沿って分解されていく。
遅れて、空気だけが大きく揺れた。
巨大な爆獄崩星は、境界輪に触れた部分からほどけるように消えていった。
残ったのは、赤い火の粉ですらない。
そこには、爆発があったはずの空白だけが残っていた。
ヴォルツの最強魔法。
爆獄崩星・天墜終界。
それは、冥澄の女神によって正面から打ち破られた。
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