68話 六魔星ヴォルツ
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ノクトの黒焔が、ライゴウとゲンスイを襲った。
だが、ライゴウは全身に走る赤い雷を強める。黒焔はその雷に弾かれ、空中でかき消された。
「やるじゃないか、ノクト」
ライゴウが赤い雷をまとったまま笑う。
その間に、エリシアとライナもリングへ降りてきていた。
エリシアはすぐにセレフィナの手首を縛る縄を見る。ただの縄ではない。特殊な拘束魔法がかけられている。
エリシアは聖剣を構え、静かに魔法を唱えた。
「聖光解鎖」
白い光が縄を包む。
次の瞬間、拘束魔法の紋が、ぱきぱきと音を立てて砕けた。
セレフィナの両手が解放される。
「大丈夫!?」
エリシアがセレフィナを支えた。
一方、ライナは苦しむレオニルへ駆け寄る。
「兄さん!」
レオニルは地面に爪を立てたまま、荒い息を繰り返していた。
ノクトは黒焔をまとったまま、ライゴウを睨む。
赤い雷と黒焔がぶつかり、リングの上に火花が散った。
闘技場の空気は、完全に変わっていた。
もう祭りではない。
ここは戦場だった。
「ゲンスイ!今度こそあれをやるぞ!こいつら全員、皆殺しだ!」
「おほほ。任せておけぃ」
河童と化したゲンスイが、にたにたと笑いながら両手を広げた。
「濁流氾界」
ゲンスイの掌から、濁った水が滝のように噴き出した。
水は一気に地面を飲み込み、リングも観客席の足元も、まとめて押し流そうとする。
まるで村ひとつを沈めるような大洪水だった。
濁流がノクトたちを飲み込もうと迫る。
その瞬間、ノエルが前へ出た。
「止める!」
ノエルの両手から冷たい魔力が広がる。
次の瞬間、目の前に迫っていた濁流が一気に凍りついた。
巨大な水の壁が、氷の山へ変わる。
間一髪だった。
「ノエル、ナイスだ!」
ノクトが叫ぶ。
「危うくライゴウの雷で、全員感電するところだった!」
ライゴウとゲンスイの狙いは単純だった。
ゲンスイの水で闘技場を飲み込み、そこにライゴウの雷を流す。
逃げ場のない水の中で雷を受ければ、誰も無事では済まない。
「まさか氷属性の魔法使いがおるとはのぅ」
ゲンスイは目を細める。
そして再び砂時計を逆さにした。
レオニルが再び悲鳴を上げる。
「ぐああああああっ!」
「兄さん!」
ライナが叫ぶ。
ゲンスイは砂時計を見つめながら、いやらしく笑った。
「レオニル。もう小娘は殺さなくてよい。その代わり、他の者を殺せ。そうすれば、この痛みは止めてやるぞぅ」
そう言い終えると、ゲンスイは砂時計の向きを戻した。
レオニルの悲鳴が止まる。
ライゴウが叫んだ。
「レオニル!妹以外を殺せ!それならできるだろ!とにかく、この氷を溶かせ!」
レオニルは地面に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
目は虚ろだった。
それでも、体は動いてしまう。
「紅蓮獅霊召喚」
レオニルの背後に、赤い炎が獅子の形を取って立ち上がった。
それは、ライナが召喚する獅子よりもひと回り大きい。
赤い炎の獅子は、低く唸りながらレオニルの背後で揺れていた。
「紅蓮獅霊同化・獅皇焔身」
紅蓮獅霊が咆哮した。
そして、その体がレオニルへ溶け込んでいく。
次の瞬間、レオニルの全身から凄まじい炎が噴き上がった。
赤い熱気が、闘技場の空気を歪ませる。
髪も、拳も、脚も、すべてが獅子の焔を宿していた。立っているだけで、周囲の空気が焼けていく。
それはただ炎をまとうだけの魔法ではない。
紅蓮獅霊そのものと一体化した、灼熱の戦闘形態だった。
レオニルは、氷山と化したゲンスイの魔法へ向かって拳を振り抜いた。
巨大な火の渦が巻き起こる。
凍りついていた濁流は、一気に溶けた。
再び、大洪水が闘技場に広がる。
ライゴウはその瞬間を見逃さなかった。
赤い雷をまとった腕を空へ掲げる。
次の瞬間、巨大な雷がノクトたちへ向けて落ちた。
水と雷。
避けても、水を通して体を壊される。
大量の水と巨大な雷が、同時にノクトたちを襲った。
その時、エリシアが聖剣を掲げた。
「熾祈連環・聖印合致――天輝護将、降臨」
光が集まり、巨大な光の戦士が現れる。
天輝護将は両手を合わせるようにして、ノクトたち全員をその手のひらへ乗せた。
水と雷が襲いかかる。
だが、光の戦士はその攻撃から全員を守った。
「助かった……!」
ノエルが息を吐く。
しかし、すぐにレオニルが動いた。
凄まじい脚力で、光の戦士へ向けて跳ぶ。
「紅蓮獅霊召喚。焔獅子乱舞!」
大きな紅蓮の獅子が、光の戦士へ襲いかかる。
天輝護将は、その獅子を正面から受け止め、打ち破った。
だが、レオニルの狙いはそこではなかった。
その隙に、レオニルは光の戦士の手のひらへ着地していた。
「兄さん!」
ライナが叫ぶ。
レオニルは腕に莫大な火の渦をまとい、ノクトへ殴りかかった。
ノクトは黒焔をまとった腕で受け止める。
炎と黒焔がぶつかり合い、光の戦士の手のひらの上で火花が散った。
「どうして!?」
ライナの声が震える。
レオニルは苦しそうに顔を歪めながら叫んだ。
「ごめん……分かってる。分かってるんだ……!」
それでも拳は止まらない。
「でも、あの苦痛だけは……耐えられないんだ!」
レオニルがさらに拳を振るう。
だが、ノクトは冷静だった。
レオニルは強い。
だが、今は苦しみと命令で無理やり動かされているだけだ。動きに迷いがある。
ノクトは一瞬で懐へ入り、レオニルの腹へ黒焔をまとわない拳を叩き込んだ。
「がっ……!」
レオニルの体が折れる。
ノクトはそのまま首筋へ軽く一撃を入れた。
レオニルは意識を失い、倒れ込んだ。
「兄さん!」
ライナがすぐに駆け寄り、レオニルを抱きかかえる。
その間に、ノエルが再びゲンスイの濁流を凍らせた。
大洪水が氷に変わる。
その瞬間、エリシアは地上へ飛び降り、ゲンスイへ向かって斬りかかった。
同時に、ノクトはライゴウへ向かう。
天輝護将は役目を終え、光の粒になって消えていった。
ライナはレオニルを抱えたまま地面へ降りる。
「大丈夫……大丈夫だからね、兄さん」
ライナは心配そうに兄の顔を見つめた。
ノクトとエリシアは、黒翼将二人を圧倒していた。
ライゴウとゲンスイは焦っていた。
本来なら、ゲンスイの濁流魔法とライゴウの雷魔法を組み合わせ、相手に何倍もの威力で雷を叩き込む。
それが二人の戦い方だった。
だが、ノエルの氷魔法が思った以上に強い。
この規模の洪水をすべて凍らせるなど、普通なら簡単にできることではない。
さらに、ノクトとエリシアも強すぎる。
このままでは負ける。
二人がそう感じ始めた、その時だった。
「爆砕走破」
低い声が響いた。
同時に、地面が一直線に爆ぜる。
大きな爆音が、闘技場を揺らした。
リングの端から端へ、赤い爆炎が走る。
石畳を砕き、凍りついた濁流を内側から吹き飛ばし、闘技場そのものに大きな裂け目を刻んだ。
ノクトとエリシアは、とっさに飛び退く。
爆風で土煙が舞い上がり、視界が一気に白くなった。
「何だ!?」
ノクトが顔を上げる。
土煙の向こうに、一人の青年が立っていた。
肩の力を抜いたような軽い立ち方。
目つきは鋭い。
だが、口元にはどこか面白がるような笑みがあった。
指先には、まだ小さな火花が弾けている。
ヴォルツ。
六魔星。
爆発魔法の使い手だった。
ヴォルツはまだ若い。
髪は爆ぜる火花のような赤橙色で、無造作に跳ねていた。目つきは鋭く、口元にはいつも喧嘩を楽しんでいるような笑みが浮かんでいる。
体つきは細身だが、しなやかに鍛えられていた。
黒を基調にした軽装の軍服を、ラフに着崩している。
立っているだけで、落ち着きのない危うさを放っていた。
若さと荒々しさ。
その両方を、そのまま人の形にしたような男だった。
「おいおい」
ヴォルツは、黒翼将二人を見る。
「黒翼将が二人そろって押されてるとか、笑えねえな」
そして、今度はノクトへ視線を向けた。
ヴォルツの笑みが深くなる。
「まさか、父親殺しのノクトじゃねぇか」
ノクトは黙ってヴォルツを睨んだ。
「この裏切り者が、俺たちの国に何の用だ?」
ヴォルツ。
最年少で六魔星に抜擢された、天才の爆発魔法使い。
油断は一切できない。
ノクトは漆黒の杖を握り直した。
ここからは、全力で行くしかない。
こうして、ノクトたちと六魔星ヴォルツの戦いが始まった。
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