67話 黒翼将襲来
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レオニルの目が、大きく見開かれた。
頭の中が真っ白になる。
目の前にいる少女。
鮮やかな赤髪。
懐かしい瞳。
忘れるはずがない。
まさか。
そんなはずがない。
けれど、そこにいたのは確かに――
「……ライナ」
レオニルは、かすれた声でその名を呼んだ。
ライナは涙をこらえながら、まっすぐにレオニルを見下ろしていた。
「アタシの勝ちだよ」
声は震えていた。
それでも、逃げるような弱さはなかった。
「だから全部、話してもらうからね」
こうして覇拳闘宴は、仮面の少女――ライナの優勝で幕を閉じた。
会場は大きな歓声に包まれていた。
「仮面の少女が勝ったぞ!」
「レオニル様に勝った!」
「なんなんだ、あの子は!」
だが、ライナにはその声が遠く聞こえていた。
目の前にいるのは、ずっと会いたかった人。
そして、今は真実を聞かなければならない人だった。
「兄さん。アタシについてきてもらうよ」
レオニルは何かを言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。
「ライナ……ごめん……」
それだけを、どうにか絞り出した。
レオニルの目は赤くなっていた。
言いたいことはある。
伝えたいこともある。
でも、何から話せばいいのか分からない。そんな顔だった。
その時だった。
リングの上へ、二人の男がゆっくりと歩いてきた。
その後ろには、一人のエルフが連れられている。
一人は四十代ほどの男だった。
痩せた長身で、頬はこけている。だが、目つきだけは異様に鋭かった。漆黒の外套をまとい、その内側の深紅が風に揺れている。
胸元には、堕天の双翼の紋章。
黒翼将ライゴウ。
もう一人は六十代ほどの男だった。
背は低い。だが、体は妙に分厚く、湿った気配をまとっている。黒翼将の軍服をきっちりと着込み、深く刻まれたしわの奥で、濁った目だけが鈍く光っていた。
名を、ゲンスイという。
そして、ライゴウとゲンスイの後ろから、一人のエルフが連れてこられた。
セレフィナ。
統領の娘と呼ばれるだけあって、その姿は息をのむほど美しかった。
長い銀髪は、淡い光を含んだ糸のように腰まで流れている。切りそろえられた前髪の奥には、澄んだ碧の瞳が静かに揺れていた。
細く長い耳。
透けるような白い肌。
汚れたリングの上に立たされているのに、彼女だけが月の光でできているように見えた。
だが、その美しさは弱さではなかった。
両手を縛られ、景品として扱われている。
それでもセレフィナの背筋はまっすぐだった。
恐怖も屈辱もあるはずだ。
それでも、誇りだけは折れまいとしている。
ライゴウとゲンスイは、そんな彼女を物のようにリングの上へ連れ出した。
会場から下品な歓声が上がる。
だが、セレフィナだけは媚びなかった。
冷たい目で、観客たちを見返している。
ライナはその姿を見た瞬間、息を呑んだ。
「やっぱり……アタシの知ってるセレフィナだ」
ライナは一歩、前へ出る。
「どうして縛られてるの……?」
セレフィナの目が大きく見開かれた。
「ライナ!?」
二人は顔見知りだった。
ライナはすぐにセレフィナへ駆け寄り、その手首を縛る縄を解こうとする。
だが、縄はただの縄ではなかった。
特殊な拘束魔法がかけられている。
ライナの力では、外せない。
「外れない……!」
ライナは悔しそうに歯を食いしばった。
ライゴウが静かに尋ねる。
「お前たちは知り合いなのか?」
ライナはライゴウを睨んだ。
「アタシはもともと、グリュネヴァルトの森にあるフェルナ村に住んでいたの。だからエルフたちとは仲が良かった」
その言葉に、ゲンスイの目がぴくりと動いた。
「お主、今……フェルナ村と言ったかのぅ?」
「うん、そうだよ」
ライナはまっすぐ答えた。
「アタシはネフェルナ一族。レオニル兄さんの妹だよ。だからエルフたちとも仲が良かったの」
ゲンスイの顔が驚きに歪む。
「ネフェルナ一族の生き残りじゃとぉ!?」
ライゴウも目を細めた。
「レオニル以外は、全員死んだと聞いていたが……」
レオニルは何も答えなかった。
ただ、気まずそうに目を逸らしている。
ライゴウはレオニルを見る。
「殺せ」
その一言で、空気が凍った。
「……え?」
レオニルが思わず聞き返す。
ライゴウは表情を変えない。
「今この場所で、その女を殺せと言っている」
「そんなの無理に決まってるだろ!」
レオニルの声が荒くなる。
「実の妹なんだぞ!」
「そうか」
ライゴウは小さく息を吐いた。
「なら仕方がないな。ゲンスイ、頼む」
ゲンスイが懐から一つの砂時計を取り出した。
それを見た瞬間、レオニルの表情が変わる。
顔から血の気が引いた。
「やめてくれ!」
ライゴウが冷たく尋ねる。
「なら、その女を殺せるか?」
「そんなこと、できるわけないだろ!」
レオニルが叫ぶ。
ゲンスイはにやりと笑い、砂時計を逆さにした。
その瞬間、レオニルが悲鳴を上げた。
「ぐあああああああっ!」
「兄さん!?」
ライナが駆け寄ろうとする。
だが、レオニルにはその声も届いていないようだった。
彼は地面に爪を立て、のたうち回る。
まるで頭の中を、無数の針でかき回されているような苦しみ方だった。
「やめて!」
ライナの叫びがリングに響く。
だが、ゲンスイは楽しそうに砂時計を見つめているだけだった。
ライゴウはライナを見る。
「レオニルが動かないなら、俺たちが殺すとするか」
ライゴウとゲンスイは、同時に魔法を詠唱した。
「雷鬼変身・赤雷鬼神」
「水妖変身・蒼淵河童」
次の瞬間、ライゴウの全身を赤い雷が走った。
黒翼将の外套が内側から裂ける。筋肉が膨れ上がり、皮膚は赤く染まっていく。額からは鋭い二本の角が突き出し、口元には牙がのぞいた。
両腕には、赤い雷をまとった鬼のような筋が浮かび上がる。
赤雷鬼神。
それは、雷そのものが人型の鬼になったような姿だった。
一方、ゲンスイの体はぬるりと歪んだ。
背がさらに低く沈み、手足は短く太く変わっていく。指の間には水かきが広がり、肌は濡れた青緑色に染まった。
頭の上には皿のように水がたまり、口元は裂けるように横へ広がる。
蒼淵河童。
底なしの沼から這い出してきたような、不気味な水妖だった。
会場が凍りつく。
さっきまで歓声を上げていた観客たちが、今度は悲鳴すら呑み込んで後ずさった。
黒翼将二人の殺気が、闘技場全体を一気に塗り潰していく。
ライゴウが赤い雷を鳴らしながら、一歩前へ出た。
「小娘一人、ここで灰に変えてやる」
ゲンスイも湿った笑いを漏らす。
「その前に、その兄の悲鳴をもっと聞かせてもらおうかのぅ」
砂時計を向けられたまま、レオニルは苦しみ続けていた。
「やめて!!」
ライナの声が響く。
だが、次の瞬間にはライゴウが跳んでいた。
赤い雷をまとった巨体が、一直線にライナへ迫る。
轟音が響いた。
その拳を、横から飛び込んだノクトが黒焔をまとった腕で受け止めていた。
衝撃でリングの土が爆ぜる。
観客たちが悲鳴を上げた。
ノクトはライゴウの拳を押し返しながら、低く呟く。
「久しぶりだな、ライゴウ」
ライゴウは赤い雷を散らしながら、ノクトを見下ろした。
「まさかこんなところで会えるとはな。ノクト」
その声には、怒りが混じっていた。
「魔王様だけでなく、ヴァルグラン様まで殺した。二人とも、お前にとって親のような存在だったはずだろう」
ライゴウの目が鋭くなる。
「お前は恩を仇で返すことしか知らないんだな」
ノクトはライゴウを睨み返した。
「どう思われたっていい」
黒焔が、ノクトの腕で静かに燃える。
「どう思われようと、俺の目的は魔王軍を潰すことだけだ」
ゲンスイが、にやりと笑った。
「ライゴウ。いつものやつでいくかのぅ。なら、この小僧も殺せるかもしれんぞぅ」
「そうだな」
ライゴウは雷を強める。
「俺たちの連携を見せてやろうじゃないか」
ノクトは先手を打った。
漆黒の杖を召喚し、黒焔を一気に放つ。
黒い炎が、リングの上を舞った。
今回もありがとうございました!ただいま全話ん改稿しております。編集日が2026年6月以降のものをお読み下さいませ。




