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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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64/102

64話 仮面の少女

今回も読んで頂きありがとうございます!

マイペースですが最後まで書ききりますので、ぜひ最後までお読み下さい!

 大会当日。


 百二十八人の参加者が集められた覇拳闘宴はけんとうえんは、始まる前から異様な熱気に包まれていた。


 会場に集まっているのは、この街じゅうの荒くれ者たちだった。酒瓶を片手に叫ぶ者。勝敗に金を賭ける者。まだ試合も始まっていないのに、殴り合いを始めそうな者までいる。


 覇拳闘宴はけんとうえんの会場は、かつて森を切り倒した巨大な伐採場を、そのまま闘技場に変えたような場所だった。


 中央には土を踏み固めて作られた円形のリングがある。その周りを、高い木製の観客席が何重にも囲んでいた。


 あちこちには切り株や太い根が残っている。


 ここが昔は森だったことを、嫌でも思い出させた。


 血と汗と土埃の匂いが混ざっている。そこにあるのは、楽しい祭りの空気ではない。この街の荒れた欲望を、そのまま形にしたような場所だった。


 ノクト、エリシア、ノエルの三人は、木製の観客席の一角に並んで座っていた。


 周りでは酒に酔った男たちが怒鳴り、笑い、金を賭けて熱くなっている。けれど三人だけは、その騒がしさから少し離れたように静かだった。


 ノクトは肘を膝に置き、リングをまっすぐ見下ろしている。


 まだライナの姿はない。


 それでも視線は、何度も入場口の方へ向かっていた。


 エリシアは腕を組んだまま、冷たい目で会場を見渡している。


 観客たちの下品な歓声にも、エルフを景品として扱っているこの大会にも、怒りを隠せていなかった。


 ノエルは二人の間で小さく息を吐き、控え室へ続く通路へ目を向けた。膝の上で組んだ手には、自然と力が入っている。


 それでもノエルの表情には、ライナならきっと勝てるという信頼があった。


 三人は魔王軍に顔を知られないように、旅装のフードを深くかぶっていた。


 砂埃よけにも見えるその格好は、この荒れた街ではそれほど目立たない。


 そして、とうとう覇拳闘宴はけんとうえんの幕が開けた。


 開始の鐘が鳴った瞬間、会場を埋める観客たちの歓声が一気に爆発する。


 怒号。笑い声。野次。賭けの叫び。


 それらが一つになって、闘技場全体を揺らした。


 リングでは、すぐに最初の試合が始まった。


 大男同士が正面から殴り合う。拳がぶつかるたびに、鈍い音が響いた。血を吐いて倒れる者もいれば、相手を持ち上げて土の上に叩きつける者もいる。


 蹴り。肘。頭突き。投げ。


 魔法は禁止されている。


 そして誰もが殺気を抱いて拳を振うのだった。


 ここにあるのは、美しい技の競い合いではない。


 力と意地と、獣のような本能のぶつかり合いだった。


 勝者が拳を振り上げるたびに歓声が上がる。敗者が土に沈むたびに、観客たちは次の戦いを待つようにさらに熱くなる。


 覇拳闘宴はけんとうえんは、最初の一戦から血と欲望の匂いに染まっていた。


「怖そうな人ばっかりだね。ライナ、大丈夫かな?」


 ノエルが心配そうにリングを見る。


 ノクトは落ち着いた声で答えた。


「ライナは大丈夫だ。たぶん、余裕で決勝まで行くと思う」


「そんなに?」


「ああ。ライナの体術は一級品だからな」


 ノクトの声には、迷いがなかった。


 エリシアも小さく頷く。


「魔法禁止なら、むしろライナ向きね。あの子、身体能力だけでもかなり強いもの」


 何試合かが終わったあと、ついにライナの名が呼ばれた。


 観客席がざわつく。


 入場口の暗がりから現れたのは、小柄な一人の選手だった。


 黒い外套のフードを深くかぶり、顔には簡単な仮面をつけている。見えているのは口元だけだった。


 体格だけを見れば、この闘技場にいる誰よりも細く、軽い。


 荒くれ者たちは、その姿を見て笑った。


「なんだ、子どもか?」

「一回戦で潰れるな!」

「賭ける価値もねえ!」


 下品な笑いが広がる。


 だが、ライナは気にしなかった。


 仮面の下で静かに息を吐き、リングの中央へ歩く。


 見ているのは、ただ一つ。


 目の前の対戦相手だけだった。


 相手は、観客たちが騒ぐのも無理はないほどの巨漢だった。


 肩幅は樽のように広く、腕は丸太のように太い。鼻は潰れ、顔には古い傷がいくつも走っている。上半身には分厚い筋肉が乗っていて、立っているだけで威圧感があった。


 男はライナを見下ろし、鼻で笑う。


「嬢ちゃん。怪我する前に降りな」


 ライナは何も答えなかった。


 ただ、足を半歩引いた。


 開始の鐘が鳴る。


 先に動いたのは、巨漢だった。


 男は土を蹴り、うなり声を上げながら突っ込んでくる。拳一発で人の頭を砕けそうな勢いだった。


 観客席からも声が飛ぶ。


「終わったな!」


 次の瞬間だった。


 ライナの体が、消えたように見えた。


 いや、違う。


 低く沈み込み、男の懐へ一瞬で入り込んでいた。


「……っ?」


 巨漢の目が見開かれる。


 ライナはそのまま体をひねり、片足を振り抜いた。


 鈍く、重い音が響いた。


 一蹴りだった。


 魔法も使っていない。肉体だけの一撃。


 だが、その蹴りは巨漢の顎を正確に捉えていた。


 男の巨体が、一瞬だけ宙に浮く。


 次の瞬間には、白目をむきながら後ろへ吹き飛び、土の上に大の字で叩きつけられていた。


 会場が静まり返った。


 ほんの一瞬。


 誰も声を出せなかった。


 そして――


「うおおおおおおおお!!」


 割れんばかりの歓声が上がった。


「なんだ今の!?」

「一蹴り!?一蹴りで倒したぞ!」

「あの大男を一発で!?」


 さっきまでの野次も笑いも消えていた。


 今度は興奮と熱狂が、リングへ降り注ぐ。観客たちは立ち上がり、木の観客席を踏み鳴らし、酒をこぼしながら叫んでいる。


 リングの中央で、ライナはすぐに構えを解いた。


 そして倒れた男のそばへ歩み寄ると、しゃがみ込んだ。


「ねえ、大丈夫?顎、外れてない?」


 会場がまたざわついた。


 勝った者が敗者を見下ろすのが、この闘技場の空気だった。


 なのに、この仮面の選手は本気で相手の心配をしている。


 巨漢の男は気を失っていた。


 だが、ライナが手加減したおかげで、大きな怪我はしていない。気絶したのは、強い衝撃を受けたからだった。


 観客席は、さらに沸き続ける。


 小柄で、仮面をつけた謎の選手。


 恐ろしく強い。


 それなのに、相手を気遣う余裕まである。


 その不思議な存在感が、逆に人々の熱を煽った。


「いいぞ、仮面の嬢ちゃん!」

「次も見せろ!」

「賭けを変えろ!あいつ本物だぞ!」


 ノクトは観客席から、その様子を見て小さく笑った。


「やっぱりな」


 エリシアも少しだけ口元を緩める。


「思ったより派手にやったわね」


 ノエルはほっとしたように胸をなで下ろした。


「よかった。ライナ、ちゃんと手加減してた」


 こうして、覇拳闘宴はけんとうえんに一人の謎の選手の名が広がった。


 小柄な体で巨漢を一撃で倒した、仮面の少女。


 ライナの戦いは、ここから始まった。

お読み頂きありがとうございました!

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