63話 森を失った国
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ノクトたちは、グリュネヴァルト王国に辿り着いた。
グリュネヴァルト王国は、かつて深い森に囲まれた霧の国だった。
古い木々と精霊。そして森の掟。
この国は、長い間それらに守られてきた。
だが、今は違う。
森の一部は大きく切り開かれ、そこには開拓地と荒れた土地が広がっていた。かつて静かな森だった場所には、人が作った街ができている。
国内では、エルフを追い出そうとする反対派と、森との共存を守ろうとする守護派が激しく対立していた。
豊かな森の国だったグリュネヴァルトは、今も昔の面影を残している。
けれど、その内側は少しずつ壊れ始めていた。
「ここがグリュネヴァルト王国?森がなくなってる……。まるで違う国に来たみたい」
ライナは、信じられないものを見るように呟いた。
反対派が作り上げた街は、かつて森だった土地を無理やり切り開いて作られていた。
切り株だらけの赤茶けた大地。
木材と石を継ぎ足した建物。
あちこちから上がる煙。
そこに古い森の静けさはもうなかった。
聞こえてくるのは斧の音。荷車のきしむ音。怒号と人々の騒がしい声。
森を守る者たちから見れば、そこは繁栄した街ではない。
森の傷口の上に作られた街だった。
「グリュネヴァルトは、どうしてこんなことに……」
ノクトは街を見回しながら歩いていた。
その時、一人の中年男性が声をかけてきた。
「そこの兄ちゃん。一発、エルフと遊んでいかないかい?」
ノクトは足を止めた。
「エルフと遊ぶ?どういうことだ?」
ノクトが尋ねると、男はいやらしく笑った。
「遊ぶって言ったら、そういうことだよ。男ならみんな好きだろう?まさか何も知らずにこの通りへ来たのかい?」
男は通りを指さす。
「ここの店は、だいたいそういう店だよ。隣も、その隣もな。でも俺のところのエルフが一番綺麗だ。耳の長さも上品でな」
ノクトの表情が変わった。
「どうしてエルフが売られているんだ?」
男は肩をすくめる。
「だってさ。耳の長い女なんて、こういう時くらいしか役に立たねえだろ?」
その言葉に、ノクトの胸の奥が冷たくなる。
ノクトは男の後ろにある路地を見た。
薄汚れた店が並んでいる。鉄格子の奥には、怯えた目をしたエルフたちが座らされていた。
長い耳。
やせた肩。
うつむいた顔。
誰も笑っていなかった。
ライナの目が揺れる。
「どうして……グリュネヴァルトの森を守ってきたエルフが、売りものにされているの?」
ライナは男を睨んだ。
男は慌てたように両手を上げる。
「そんな怖い顔で睨まないでくれよ。あんたたちは、エルフが何をしたのか分かってないから、そんなことが言えるんだ」
エリシアが冷たい声で尋ねる。
「エルフが何をしたというの?」
「エルフはネフェルナ一族を滅ぼしたんだよ。最低な奴らだ」
ライナの体が、ぴくりと動いた。
「……誰から、そんな話を聞いたの?」
「誰からって、国中で有名な話だよ」
男は当然のように言う。
「エルフがネフェルナ一族を滅ぼした。だから今さら何をされても文句は言えねえのさ」
ノクトたちは黙り込んだ。
この国では、嘘が真実として広まっている。
グラヴィルは言っていた。
ネフェルナ一族を呼び集め、殺したのは自分だと。
それなのに、この国ではエルフが犯人にされている。
ライナは拳を握りしめた。
男は空気を変えるように、わざと明るい声を出した。
「そういや、あんたたちはもうすぐ開かれる覇拳闘宴を知ってるか?」
「何それ?」
ライナが尋ねる。
男は待ってましたと言わんばかりに笑った。
「すごく面白い祭りだよ。魔法禁止の殴り合いで、この街の最強を決めるのさ」
「魔法禁止の殴り合い……」
「しかも今回は、この街の市長であるレオニルさんも出場するんだ」
その名前を聞いた瞬間、ライナの動きが止まった。
「レオニル……兄さん……」
男は気づかずに話を続ける。
「それだけじゃない。優勝者への景品がまたすごい。とんでもなく綺麗なエルフのセレフィナだ。だから、みんな目の色を変えてるってわけよ」
ライナの表情が消えた。
ノクトも、エリシアも、ノエルも言葉を失う。
景品。
人を、人として扱っていない。
ライナはゆっくりと男を見る。
「それって、誰でも出られるの?」
「あ、ああ……出るだけならな。まさか、お嬢ちゃんが出るってわけじゃないだろうな?」
ライナはまっすぐ言った。
「みんな。アタシ、この大会に出るよ」
ノクトたちはライナを見る。
ライナの目には、迷いがなかった。
「そして、必ず優勝する」
男は慌てて声を上げた。
「馬鹿なこと言うな!あの大会は猛者だらけだぞ!? お嬢ちゃんみたいな小柄な子が勝てるわけないだろう!命が何個あっても足りないぞ!」
ライナは男に向かって、少しだけ笑った。
「なら、大会で見ててよ。自信はあるからね」
その声は静かだった。
けれどノクトには分かった。
ライナの中で何かが決まったのだ。
この大会で優勝する。
そしてレオニル兄さんに真実を聞く。
エルフが本当にネフェルナ一族を滅ぼしたのか。
レオニルはなぜ、この街の市長になっているのか。
そして、なぜセレフィナというエルフが景品にされているのか。
確かめなければならないことが多すぎた。
ノクトは周囲を見回した。
「大会まで数日あるんだよな。なら、とりあえず宿を探そう」
「そうね。ここで動き回るにも、まずは拠点が必要だわ」
エリシアが頷く。
ノエルも不安そうに街を見る。
「この街……思っていたより、ずっとおかしいね」
「ああ」
ノクトは短く答えた。
「でも、だからこそ放っておけない」
ライナはもう一度、街の奥を見た。
森を失った国。
嘘に覆われた過去。
売られるエルフたち。
そして、レオニルの名前。
止まっていたライナの過去が、少しずつ動き出そうとしていた。
ノクトたちは宿を探し、その日は街に泊まることにした。
覇拳闘宴まで、あと数日。
ライナは窓の外に広がる街を見つめながら、静かに拳を握った。
「待っててね、兄さん」
その声は、小さかった。
けれど、確かな決意がこもっていた。
いつも読んで頂きありがとうございます!当作品はただいま全話を改稿中です。編集日が2026年6月以降のものをお読み頂きたいです。よろしくお願い致します。




