65話 会場の人気者
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ライナはその後も順調に勝ち進んだ。
二回戦の相手は、両腕の長い痩せた男だった。
男は間合いの外から拳を伸ばし、足払いまで混ぜてくる。見た目よりもずっと戦い慣れている相手だった。
だが、ライナは一度も真正面から打ち合わなかった。
半歩ずつ体の位置をずらし、相手の拳をかわす。足払いも軽く跳んで避ける。
そして最後は、男の脇腹へ鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
男はその場に崩れ落ちた。
ライナの勝利だった。
三回戦。
今度の相手は、獣のように突っ込んでくる若い戦士だった。
最初から力任せに距離を詰めてくる。
だが、ライナは相手の勢いを見切っていた。
肩口を掴み、体を横へ流す。そのまま足を払うと、相手は土の上に転がった。
ライナはすぐに足を上げる。
踵が相手の首筋すれすれで止まった。
「そこまで!」
審判の声が響く。
勝負は一瞬だった。
四回戦。
巨体の相手が、ライナに組みつこうとした。
その瞬間、ライナは低く潜り込む。
膝への蹴りで相手の体勢を崩し、浮いた顎へもう一撃を入れた。
男は目を見開いたまま、その場に崩れ落ちる。
また、ライナの勝利だった。
試合を重ねるごとに、会場の熱はどんどん上がっていった。
「また勝ったぞ!」
「なんなんだ、あの仮面の女!」
「小さいのに強すぎるだろ!」
最初は色物扱いだった。
だが、今はもう誰も笑っていない。
観客たちの目は完全に変わっていた。
あの小柄な仮面の少女は、本当に優勝を狙える。
誰もがそう思い始めていた。
ノクトは観客席から小さく息を吐いた。
「やっぱりな。ライナは体術だけでも十分に強い」
エリシアも腕を組んだまま頷く。
「ええ。あっという間に会場の人気者ね」
ノエルは胸に手を当てて、ほっとしたように微笑んだ。
「よかった……でも、まだ油断はできないね」
「ああ。ここから先は、強い奴しか残らない」
ノクトはリングを見下ろした。
リングの上では、ライナが次の試合へ向けて静かに歩いている。
仮面の奥の瞳に、迷いはない。
勝つ。
最後まで勝ち残る。
そして、レオニルに真実を聞く。
そのためにライナは、土埃の舞う闘技場を、ただ前へ進んでいった。
五回戦も、ライナは勝った。
相手はとてつもないほどの力自慢だったが、ライナの速さに全くついてこられなかった。
腹へ一撃。
足を払う。
最後に顎へ拳を入れる。
それだけで、勝負は決まった。
そして次は、とうとう準決勝だった。
一方で、別の山ではレオニルも勝ち進んでいた。
市長という立場からは想像できないほど、その戦い方は実戦的だった。
無駄がない。
相手の攻撃を正面から受けず、半歩だけずらして急所を打つ。拳も蹴りも派手ではない。だが一発一発が的確で、気づけば相手の体勢は崩れている。
二回戦では大柄な男の突進を身をひるがえしてかわし、顎への一撃で沈めた。
三回戦では足技の使い手を相手に、逆に足首を払って勝負を決めた。
四回戦では組みついてきた相手の力を利用して投げ飛ばし、そのまま首元へ拳を止めた。
観客たちは、そのたびに歓声を上げる。
「やっぱりレオニル様は強ぇ!」
「市長は伊達じゃねえな!」
「優勝はレオニルで決まりだ!」
ライナが正体不明の仮面の少女として熱を集めるなら、レオニルはこの街の英雄として期待を背負っていた。
二人は、まだ一度も顔を合わせていない。
それでも、同じ場所へ向かって勝ち上がっていた。
そして、ライナの準決勝が始まる。
準決勝の相手は、ここまでの荒くれ者とは明らかに違っていた。
背丈はライナの倍近くある。
腕も脚も岩のように太く、腹ですら分厚い鎧のようだった。顔には古傷がいくつも走っている。
この男が、何度も危ない戦いをくぐり抜けてきたことは、見ただけで分かった。
開始の鐘が鳴る。
巨漢は、これまでの相手のようにすぐ突っ込んではこなかった。
両腕を高く構え、重い足取りでじりじりと間合いを詰めてくる。
ライナは右へ回る。
だが、男は焦らない。
正面を切らせないように、ゆっくりと体を向けてくる。
「うまいね」
ライナが小さく呟いた。
次の瞬間、巨漢の拳が飛んだ。
速くはない。
だが、重い。
風圧だけで、ライナの仮面が揺れた。
ライナは紙一重でかわす。
だが、すぐに肘打ちが横を薙ぎ払った。
避けても、避けても、相手の圧が消えない。
少しずつ、土俵際へ押し込まれていく。
観客席が沸いた。
「いいぞ!」
「そのまま押し潰せ!」
巨漢が低く踏み込み、今度は体ごとぶつかってきた。
ライナは受けずに横へ流れる。
だが、肩が少し触れただけで、体がぐらりと揺れた。
(重い……!)
ライナは一度、距離を取った。
ここまで真正面からの圧が強い相手は、この大会で初めてだった。
巨漢は鼻を鳴らす。
「小さいくせに、よく避けるな」
ライナは答えない。
仮面の奥で、静かに息を整えた。
(次で決める)
男がまた前へ出る。
今度は左の大振り。
ライナはあえて半歩だけ遅らせてかわした。
すぐに膝蹴りが来る。
そこも読んでいた。
体をひねりながら外へ流れ、巨漢の脇腹へ蹴りを打ち込む。
だが、浅い。
筋肉の壁に阻まれ、男は止まらなかった。
逆に、振り向きざまの裏拳が飛んでくる。
鈍い音が響いた。
ライナの肩をかすめる。
小柄な体が弾かれ、土の上を滑った。
会場がどよめく。
「初めて当てたぞ!」
「仮面の女、危ないぞ!」
ライナはすぐに立ち上がった。
肩が熱い。
少し痺れる。
でも、まだ目は死んでいない。
巨漢は息を荒くしていた。
ライナを捕まえきれないことに、少しずつ苛立っている。
(ここだ)
男が怒りのまま踏み込んできた。
拳。
肘。
肩。
重さに任せた連打。
ライナは、それを最低限の動きでかわし続けた。
一発。
二発。
三発。
そして四発目。
男が大きく右拳を振りかぶる。
ライナの瞳が細くなった。
「――もらった!」
ライナは懐へ潜り込んだ。
拳の下を抜け、巨漢の支え足の外側へ回る。
そこへ、低い蹴りを叩き込んだ。
巨体が、がくんと傾く。
同時にライナは地面を蹴った。
浮いた顎めがけて、跳ね上がるように足を振り抜く。
重い音が響いた。
さっきまでの一蹴りとは違う。
何度も避けて、見切って、相手を崩した末の一撃だった。
巨漢の頭が跳ね上がる。
体が二歩、三歩とよろめく。
そして最後には、地響きを立てて土の上へ倒れ込んだ。
静寂。
そのあと、歓声が爆発した。
「うおおおおおお!」
「勝った!」
「また仮面の女だ!」
ライナは荒い息を吐きながら、倒れた男の前へ歩いた。
「……大丈夫?」
巨漢は意識がぼんやりしたまま、かすかに笑った。
「……強ぇな、お前……」
ライナは少しだけ肩をすくめる。
「ありがとう。そっちもすごく強かったよ」
こうしてライナは、少し時間のかかった激戦を制した。
とうとう決勝へ進んだのだ。
そして、決勝戦。
リングの空気は、これまでとはまるで違っていた。
観客たちの熱が、会場全体を揺らしている。
先に入場したのは、レオニルだった。
大きな歓声が上がる。
「レオニル様ぁぁぁ!」
「市長!優勝してくれ!」
「やっぱり最後はあんただ!」
レオニルは歓声を浴びながら、静かにリングの中央へ歩いた。
その表情は落ち着いている。
強さを見せびらかすわけでもない。ただ、当然のように勝つ者の顔をしていた。
次に入場したのは、ライナだった。
黒い外套。
顔を隠す仮面。
小柄な体。
だが、もう誰も笑わなかった。
「仮面の少女だ!」
「ここまで来たぞ!」
「レオニル様とどっちが強いんだ!?」
歓声がさらに大きくなる。
ライナはリングに上がり、レオニルと向かい合った。
レオニルは、目の前の小柄な選手を静かに見ていた。
本当にこの少女が、自分の決勝の相手なのか。
そんな疑問が、少しだけ表情に出ている。
一方で、ライナは仮面の奥で息を整えていた。
久しぶりに見るレオニル兄さん。
変わっていないようで、変わっている。
優しかった兄の顔。
けれど今は、この街の市長として立っている男。
聞きたいことがある。
確かめたいことがある。
でも、その前に勝たなければならない。
ライナはゆっくりと息を吸った。
そして、構える。
レオニルも静かに構えた。
会場の歓声が、少しずつ遠くなる。
ライナにはもう、レオニルしか見えていなかった。
とうとう、覇拳闘宴最後の戦いが始まる。
開始の鐘が鳴った。
今回も読んで頂きありがとうございました!




