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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ベルナール革命編

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43/107

43話 革命前日の暁

いつも読んで頂きありがとうございます!

 革命前日。


 ノクトたちはリュカに連れられ、暁の拠点を回っていた。


 向かったのは、王都から少し離れたレンデルという街だった。


 運河と倉庫、工房が複雑に入り組んでいる。


 昼夜を問わず荷物を載せた船が行き交い、商人や職人、運搬人が絶えず通りを歩いていた。


 人が多い。


 荷物も多い。


 だからこそ、その中に紛れ込む影も多かった。


 暁がいくつもの拠点を置くには、都合のいい場所だった。


「今日はね、僕が暁にどんな人たちがいるのか、ちゃんと見せてあげる日!」


 リュカが胸を張った。


 体は小さいが、歩く速度は誰よりも速い。


「リュカ、ちょっと待ってよ!」


 ライナが慌てて追いかける。


「昨日まではちゃんとついてきてたのに、今日は遅いね!」


「修行と街歩きは別だよ!」


「何が違うの?」


「全然違う!」


 リュカは笑いながら路地を曲がった。


 細い道へ入るたびに、周囲の景色が変わっていく。


 油の臭いがする工房街。


 水の流れる音が響く運河沿い。


 積み上げられた木箱の間を抜ける倉庫街。


 リュカは迷うことなく、そのすべてを進んでいった。


「本当に街のことを知り尽くしてるんだな」


 ノクトが感心する。


「もちろんだよ」


 リュカは得意そうに鼻を鳴らした。


「魔王軍よりも、僕の方がこの街には詳しいからね」


 最初に向かったのは、ユリウスがいる暁の主要拠点だった。


 使われていない工房の裏口から建物へ入り、地下へ続く階段を降りていく。


 湿った空気に、鉄と油の臭いが混じっていた。


 壁や床は地属性魔法によって丁寧に補強されている。


 古い地下施設であるにもかかわらず、崩れそうな場所は一つもない。


 部屋の中央には、大きな石の卓が置かれていた。


 その上にはレンデルとベルナール王都の地図が広げられている。


 赤と黒の印。


 魔王軍の巡回経路。


 兵士が集まる詰所。


 武器や食料が運び込まれる道。


 徴税に来る時刻。


 住民が魔王軍へ通報する時の癖まで記されていた。


 あまりにも細かい。


 見ているだけで、暁がどれほど長い時間をかけて情報を集めてきたのか分かった。


 室内は静かだった。


 武器も防具も、綺麗に並べられている。


 話し声は少ない。


 聞こえるのは紙をめくる音と、剣を研ぐ音だけ。


 この場所は、戦場へ向かう前の頭脳だった。


「ここが、知っての通りユリウスの巣だよ」


 リュカが声を潜める。


「ね? 空気が違うでしょ」


「巣って言い方はやめろ」


 石卓の前に立っていたユリウスが顔を上げる。


 いつものように静かな表情だった。


 ノクトたちを一度見回し、それから小さく笑う。


「革命の前日だというのに、随分と楽しそうだな」


「うん」


 リュカは悪びれる様子もなく答えた。


「みんなに暁の仲間を覚えてもらわないとね」


「俺たちは楽しく遊んでるわけじゃないからな。」


「分かってるって」


 ユリウスの周囲にいた者たちは、二人のやり取りを聞いても声を上げて笑わなかった。


 だが何人かの口元が、わずかに緩んでいる。


 ユリウスが隣にいた小柄な女性へ目を向けた。


「せっかくだ。紹介しておこう」


 女性が一歩前へ出る。


 背は低く、暗い色の髪を短く切っていた。


 表情はほとんど変わらない。


「ミラだ。情報係を任せている」


 ユリウスが説明する。


「魔王軍の動きや兵の配置については、彼女に探ってもらっている」


「初めまして」


 ミラはそれだけ言って、軽く頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 ノクトも頭を下げる。


 ミラはもう一度だけ頷くと、すぐに地図へ視線を戻した。


「本当に必要なことしか喋らないんだね」


 ライナが小声で言う。


「それがミラだからな」


 ユリウスは苦笑した。


 もう一人、手を煤だらけにした青年が腕を上げる。


「俺はガストンだ。よろしくな」


「ガストンは工房班だ」


 ユリウスが続ける。


「武器や防具の修理を担当してもらっている」


 ガストンが部屋の奥を指差した。


 そこには大量の金属片や木材が、種類ごとに分けられて積み上げられている。


 折れた剣。


 曲がった鉄板。


 壊れた荷車の部品。


 ただの廃材に見える。


 だが、その一つ一つが武器やユリウスの兵士へ生まれ変わる予定だった。


「こんなに集めたの?」


 ノエルが小さく息を呑んだ。


「ああ」


 ガストンは頷く。


「明日になれば、使える物は何でも使う。武器が足りないなんて言っていられないからな」


 ガストンは積まれた金属へ手を置いた。


「準備しなければ、魔王軍は止められない」


 その目には、強い決意が宿っていた。


 ライナは改めて部屋の中を見渡した。


「前に行ったアジトとは、全然雰囲気が違うね」


「前に行ったところ?」


「レオンのところだよ」


 ライナは鼻をつまむような仕草をした。


「あっちは酔っ払いばかりで、お酒の臭いがすごかったもん」


 ユリウスが小さく笑った。


「確かに、レオンのところはいつも騒がしいな」


「ユリウスは平気なの?」


「俺は長くいると疲れる」


 迷わず答えた。


「だから、あの雰囲気を苦手とする者はこっちに集まってくるんだ」


「見事に分かれてるんだね」


「性格が違うだけだ。目指しているものは同じだよ」


 ユリウスの率いる拠点は、常に静けさを保っていた。


 誰も無駄な話をしない。


 それでも冷たい場所ではない。


 必要な時には互いを助け、言葉がなくても役割を理解している。


 ユリウスは石卓の上に置かれた地図へ視線を落とした。


「俺たちは、明日の革命へ向けて準備を進めている」


 地図の上には、いくつもの駒が置かれている。


「予定どおり、住民の避難も始まっている。残っているのは戦う意思を持つ者だけだ」


 ユリウスはノクトとエリシアを見た。


「明日は共に頑張ろう」


「ああ」


 ノクトが答える。


「俺たちは必ずヴァルグランを倒す」


「君たち二人ならできると信じている」


 ユリウスは穏やかに微笑んだ。


「無事に戻ってきてくれ」


 ノクトたちはユリウスの拠点をあとにした。


「次は、一番騒がしいところ!」


 リュカが先頭に立って走り出す。


「言わなくても分かるわね」


 エリシアが呟く。


 次に向かったのは、レオンが率いる拠点だった。


 地下へ続く階段へ近づく前から、酒の臭いが鼻をついた。


「もう臭うんだけど」


 ライナが顔をしかめる。


 扉を開けた瞬間、今度は大きな音がノクトたちへぶつかってきた。


 笑い声。


 怒鳴り声。


 剣を研ぐ音。


 酒瓶が床を転がる音。


 歌っている者までいる。


 静かだったユリウスの拠点とは、まるで別の組織のようだった。


 部屋の中央には、粗い木で作られた丸い卓が置かれている。


 その上には地図と、色の違う石の駒。


 赤い印。


 黒い印。


 部隊の進路を示す金色の線。


 壁際には形も大きさも違う武器が並んでいた。


 剣。


 槍。


 斧。


 どこから手に入れたのか分からない物ばかりだ。


 その隣には包帯や治療道具。


 羊皮紙と魔導書の束まで置かれている。


 戦場。


 学び舎。


 治療所。


 そのすべてを、無理やり一つの部屋へ押し込めたような場所だった。


「おーい!」


 リュカが大声で叫ぶ。


「ザルベックから来た援軍だぞ!」


 アジトにいた何人もの隊員が、一斉に振り返った。


「おお!来たか!」


 酔っ払いのマルクが酒瓶を掲げる。


 すでに顔は真っ赤だった。


「明日死ぬなら今日飲む!明日勝つなら今日も飲む!」


 酒瓶を大きく振り上げる。


「どっちにしても飲む!」


「飲みすぎよ」


 エリシアが即座に言った。


 周囲から笑い声が上がる。


「いいじゃねえか。革命の前日くらい!」


「あなたは毎日飲んでいるでしょう」


「毎日が革命前日みたいなもんだからな!」


「意味が分からないわ」


 エリシアは呆れたように息を吐いた。


 その奥には、レオンが立っていた。


 灰金色の髪。


 琥珀色の瞳。


 頬に走る古い傷。


 焼け焦げた腕には、雷の紋様が刻まれている。


 ただ立っているだけで、周囲の空気がわずかに震えていた。


 だが本人からは、それ以上に強い酒の臭いがする。


「今日は紹介か?」


 レオンが尋ねる。


「そうだよ!」


 リュカが答える。


「ノクトたちに、レオンのところの人たちも覚えてもらうんだ」


「必要あるか?」


「ある!」


 リュカは即答した。


「レオンのところは、何も考えず突っ込んで死にそうな奴が多いから!」


 アジトのあちこちから笑い声が起こる。


 レオンも豪快に笑った。


「確かにそうだな!」


「認めるんだ……」


 ノエルが困ったように笑う。


 レオンはノクトへ目を向け、肩をすくめた。


「こっちは前線班だ」


 自分の背後にいる者たちを指差す。


「腹の括り方だけは一流だ。その代わり、細かい作戦を立てるのは苦手だ」


「堂々と言うことじゃないだろ」


 ノクトが口元を緩めながら言う。


「だからユリウスがいるんだよ」


 レオンは平然と答える。


「得意な奴が得意なことをする。分担ってやつだ」


「それなら少しは酒を控えて、作戦を覚えなさい」


 エリシアが言う。


「それは別の話だ」


「同じ話よ」


 レオンの後ろから、大柄な男が前へ出た。


 顔には古い傷。


 丸太のように太い腕。


 拳は岩の塊のようだった。


「ブノワだ」


 レオンが紹介する。


「殴り込みを担当している。魔法は使えない」


「魔法が使えないのに、魔王軍と戦うのか?」


 ノクトが尋ねる。


「魔法なんざなくても、殴れば倒れる!」


 ブノワは豪快に笑った。


「彼が殴れば、大抵の奴は倒れる」


 レオンも真顔で言う。


「めちゃくちゃだな」


 ノクトが呟く。


「何でも最初は一発からだ!」


 ブノワが巨大な拳を握る。


「誰かが最初に殴りに行かなきゃ、後ろの奴らは前へ進めない」


 笑ってはいた。


 だが、その言葉は本気だった。


「だから俺が最初に殴る。それが俺の役目だ」


 乱暴な理屈だった。


 それでも嘘はない。


 この場所では、怒りが戦うための燃料になっている。


 恐怖を酒で流し、笑い飛ばし、それでも前へ進む。


 だからこそ、簡単には折れない。


 人混みの中から、背の高い青年が歩いてきた。


 すらりとした体つき。


 長い髪を後ろへ束ねている。


 彼も酒を飲んでいたらしく、頬が少し赤かった。


「クロードだ」


 青年は自分から名乗った。


「明日の夜は、ここで革命の前夜祭をするんだ」


「前夜祭?」


 ライナの目が輝く。


「ああ。食べ物も酒も出す」


 クロードはノクトたちを見回した。


「よかったら、君たちも来ないか?」


 ノクトは仲間たちへ視線を向けた。


「みんなで参加しよう。いいよな?」


 ライナはすぐに頷いた。


「何だか楽しそう!」


「うん」


 ノエルも笑った。


「僕も行ってみたい」


 エリシアだけは、酒瓶を抱えるマルクたちを見て少し嫌そうな顔をしていた。


「ちゃんと明日に影響しない程度にするならね」


「決まりだな!」


 クロードが両手を叩いた。


 レオンの拠点を出たあとも、リュカはノクトたちを別のアジトへ案内した。


 三つ目。


 四つ目。


 どの場所にも、それぞれ違った役割を持つ暁の者たちがいた。


 食料を集める者。


 負傷者を治療する者。


 住民を安全な場所へ案内する者。


 武器を運ぶ者。


 魔王軍の動きを見張る者。


 だが、どのアジトにも酒瓶が転がっていた。


「ユリウスのところだけ別世界だったね」


 ライナが呟く。


「ユリウスのところには、レオンのところから逃げてきた人も多いから」


 リュカが笑う。


 ノクトたちは、行く先々で暁の者たちに囲まれた。


「ヴァルグランと戦ったって本当か?」


「姉ちゃんの剣ってどれくらい強いんだ?」


「赤髪の姉ちゃん、飲めるか?」


「氷の兄ちゃん、酒を凍らせられる?」


 次々と話しかけられる。


 肩を組まれる。


 食べ物を押しつけられる。


 酒まで飲まされそうになる。


「アタシはまだ修行があるから飲まないよ!」


「僕もお酒はいいかな」


 ライナとノエルは慌てて逃げた。


 エリシアは近づいてくる酔っ払いを、冷たい目だけで追い返していた。


 ノクトも何度か酒を渡されたが、すべて断った。


 騒がしくて。


 酒臭くて。


 距離の近い者ばかりだった。


 それでも、不思議と嫌いにはなれない。


 明日には命を落とすかもしれない。


 皆、そのことを理解している。


 だから今日くらいは笑っていたかったのだろう。


 リュカに案内されながら、ノクトたちは多くの暁の仲間と出会った。


 静かな者。


 騒がしい者。


 怖がっている者。


 覚悟を決めている者。


 全員が同じではない。


 それでも、ベルナールを変えたいという想いだけは同じだった。


 レンデルの街を歩き終える頃には、ノクトたちも暁の一員になったような気がしていた。


 明日の戦いは、もう他人の国のための戦いではない。


 今日出会った者たちと共に生きるための戦いだった。


 そして夜。


 暁の前夜祭が始まろうとしていた。

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