4話 勇者の妹
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ノクトたちがミレオの隠れ家にいる頃。
ザルベック城の王座には、一人の男が座っていた。
本来なら、そこはバルザック王のための場所だった。
だが今、その玉座に座っているのは王ではない。
魔王軍の幹部。
六魔星ヴァルグランだった。
ヴァルグランは大きな体を王座に預け、退屈そうに頬杖をついていた。
黒い鎧に包まれた体は岩のように厚く、ただ座っているだけで周囲を圧迫するような威圧感がある。
その前に、一人の魔王軍兵士が膝をついていた。
「ヴァルグラン様。ご報告があります」
「言え」
「勇者ルシエルの妹であるエリシアが、このザルベックに入ったとの情報が入りました」
ヴァルグランの眉がわずかに動いた。
「勇者の妹か」
「さらにもう一つ。先ほど、街の巡回部隊が何者かに壊滅させられました」
「ほう」
ヴァルグランは少しだけ体を起こした。
「やられた部隊の階級は?」
「血契騎士が一名。魔兵長が三名。残りは魔兵です」
「なかなかじゃないか」
ヴァルグランの口元に笑みが浮かぶ。
血契騎士は、魔王と血の契約を結んだ精鋭だ。
普通の魔兵とは比べものにならない力を持っている。
魔兵長もまた、部隊を率いる中堅の兵士である。
その者たちをまとめて倒すなど、並の魔法使いにできることではない。
「それで、その相手は?」
「まだ数名の者にしか状況説明を聞いていないのですが… …どうやら魔法を使わない男だったそうです。剣だけで、全ての魔法を斬り伏せたと」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルグランは声を出して笑った。
「魔法を使わずに、魔王軍の精鋭を斬り倒す男か」
「心当たりが?」
「ああ。魔王軍以外でそんな真似ができる奴なんて、俺の知る限り一人しかいない」
ヴァルグランは楽しそうに笑った。
「まさか、あいつがこの国に来るとはな」
「あいつ、とは?」
「今に分かる」
ヴァルグランは王座の肘掛けを指で叩いた。
「しかも勇者の妹まで来ている。面白いことになってきたじゃないか」
「エリシアと、その男には何か関係が?」
「さあな。今はまだ分からん」
ヴァルグランは低く笑う。
「だが、もしあいつがエリシアと出会えば面白い。あいつは魔王を殺した裏切り者。そしてエリシアは魔王軍を憎む勇者の妹だ」
「では、エリシアがその男を?」
「殺すかもしれないな」
ヴァルグランは愉快そうに目を細めた。
「俺が手を下す前に、勇者の妹があいつを斬る。それはそれで悪くない」
「ヴァルグラン様。その男は、本当にそれほどの者なのですか?」
「ああ、強いぞ」
ヴァルグランはあっさりと言った。
「だが、俺の足元にも及ばない」
兵士は黙った。
ヴァルグランの言葉には、絶対の自信があった。
六魔星。
それは新魔王ゼルクに選ばれた、魔王軍最強の六人である。
一人で国を滅ぼす力を持つと言われる怪物たち。
その一人が、今このザルベックを支配している。
小国ザルベックに、静かに嵐が近づいていた。
一方その頃。
ザルベックの街道を、一人の女性が歩いていた。
陽光を溶かしたような金の髪。
澄んだ青い瞳。
純白の衣をまとい、その腰には一本の剣がある。
彼女の名はエリシア。
勇者ルシエルの妹だった。
兄であるルシエルは、かつて人々から希望と呼ばれた存在だった。
だがその幸せな日々は、魔王軍によって奪われた。
だからエリシアは旅をしている。
新魔王を討つために。
魔王軍を滅ぼすために。
そして兄の無念を晴らすために。
エリシアの胸には、静かな怒りが燃えていた。
「ザルベックまで支配されるなんてね」
彼女は寂れた街並みを見つめながら呟いた。
人々は怯え、店は閉まり、街からは笑い声が消えている。
魔王軍の支配がどれほど残酷なものなのかは、見ればすぐに分かった。
本来なら、このままザルベック城へ向かうべきだ。
城には魔王軍の幹部がいる可能性が高い。
もし六魔星がいるなら、なおさら放ってはおけない。
だがエリシアには、どうしても気になる場所があった。
「ヴェルノア学園……」
ザルベックには、ヴェルノア・マジック・アカデミーという学園がある。
国民たちは親しみを込めて、ヴェルノア学園と呼んでいた。
ザルベックの王は、教育こそが国の未来を作ると信じていた。
そのために多くの国費を使い、子どもたちに魔法と知識を学ばせていたのだ。
エリシアも以前、その学園を訪れたことがあった。
短い間だったが、生徒たちに剣と魔法の基礎を教えた。
真剣な目で話を聞く生徒たち。
上手く魔法を使えずに悔しがる子。
それでも何度も練習する子。
あの子たちは今、どうしているのだろうか。
無事なのだろうか。
エリシアは足を止めた。
城へ行くべきか。
学園へ行くべきか。
迷いは一瞬だった。
「先に学園ね」
エリシアは静かに決めた。
魔王軍の幹部を倒すことも大切だ。
だが、この国の未来を担う子どもたちが危険に晒されているなら、見捨てるわけにはいかない。
学園が無事である保証はない。
むしろ、魔王軍が支配した国で無事であるはずがない。
それでも、もし一人でも生きているなら。
一人でも助けられるなら。
エリシアはそこへ向かわなければならない。
彼女は白い衣を揺らしながら、ヴェルノア学園へ向かって歩き出した。
ザルベック城にいるヴァルグラン。
隠れ家でミレオを鍛えるノクトとライナ。
そして、学園へ向かうエリシア。
小さな国ザルベックで、それぞれの道が静かに交わろうとしていたのだった。
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